第97話 聖都騒乱・17

 中央教会に向かう道すがら、街の人たちの言葉が聞こえてくる。

 既にスタンピードの話が伝わっているのか、降臨祭の話題が消えてスタンピードの話一色になっている。不安そうに語る者、街を出ようと店を閉じる者、食糧を買う者、皆が忙しそうに歩き回っている。


「主様、結構早く話が伝わっているさ」

「緊急事態だからしょうがないんじゃないのか?」

「主、それは違うと思う」

「どういうことだ?」

「話が広がるのが早すぎる。普通なら考えられない」


 ヒカリの言っていることが今一つ理解出来なかった。

 だが今は教会に行くこと優先だ。考えるのは後だ。

 中央教会の建物が大きく見えてきたその時、轟音が響き、教会の窓という窓が衝撃で内側から外側に吹き飛んだ。

 皆が驚き足を止めて、教会を見上げる。

 窓からは煙幕が立ち上り、一瞬火事かと思ったが違うようだ。

 入口から雪崩のように人が飛び出てくる。

 何があった?

 皆が注目する中、一人の煌びやかなローブに身を包んだ男がしっかりとした足取りで入口から出て来た。慌てた様子が一切ない。

 その場にいた半数以上の人が、その男を見て一斉にひざまずいた。


「我が子たちよ。今、私は悲しみに暮れている。どうか、このことを告げる苦しみを理解し、受け止めて欲しい。私は神の啓示を受けた。その内容は驚愕で、到底信じることが出来なかった。だがしかし、我らの神が虚実を告げるわけはない。なのでこのことを皆に告げねばならない」


 ざわめきがなくなり、拡声器もないのに男の声は不思議と良く通った。


「聖女ミアは、災いを招く者だった。この度のスタンピードは、彼女が偽りをもって神を欺いたために与えられた罰だという。聖女ミアはこの事を告げられると、卑怯にも従者を連れて逃げ出した。どうか、我が子たちよ。力を貸して欲しい。神の敵ミアを、捕らえ、連れてきて欲しい」


 教皇が深々と頭を下げると、怒号が響いた。それは瞬く間に感染していき、広がっていく。誰もが怒りに顔を染め、口々に言う。


「神の敵を探せ」

「神の敵を捕らえよ」

「神の敵に罰を」と。


「主……」


 ヒカリが見上げてくる。ミアのことが心配なんだろう。

 信者と思われた人たちは去り、今この場には少数の困惑した人たちだけが残った。

 MAPを表示させてミアを追う。誰かと一緒に移動している?


「二人とも付いてこい」


 俺はひとまず元来た道を引き返す。

 教会が見えなくなる位置まで来たら横道に入り、人のいない道を選んで進んでいく。

 教皇の言葉は、その間も徐々に広がっている。伝言ゲームのように、徐々に原型がなくなり悪意のある言葉に変換されている。


「主様、当てがあるのか?」


 迷いなく進んでいくからな。しかも人のいないルートを。

 けどスキルのことを思い出したのか、黙って付いてきている。


「ああ、彼女のいる場所は分かってる」


 そこは何処にでもあるような一軒家。あの扉を開いたら、老夫婦がひょっこり顔をだしても驚かない。そんな周囲に溶け込んだ素朴な家だ。

 ドアをノックする。

 中の人は動かない。

 ん? いつの間にか三人になっているな。しかも知った反応だ。

 もう一度ノックをする。今度は強めに。


「なんか怪しいな。壊して中に入るか」


 中の人に聞こえるように大声で叫ぶ。

 うん、二人の視線が痛いな。なんか可哀そうなものをみるような目だ。

 だが中に動きがあった。

 ドアの方に近付いてくる。

 ドンドンとまたノックする。

 鍵が開けられて、隙間から顔が覗く。知らん顔だな。


「何か用か?」


 じっと観察するような目だ。


「中にいる人物に用がある」

「何を言っている。ここは私が一人で住んでいる家だ」


 警戒が上がったな。


「大声で名前を叫んでもいいんだぞ? きっと信者がたくさん集まるだろうな」


 表情に焦りの色が見えた。


「判断がつかないなら奥にいるダンのおっさんを呼べ。ただし、ミアを傷付けたら許さない」


 声が家の奥に届くように、風魔法に声を乗せた。

 動く気配があった。ゆっくりとした足取りで奥の部屋のドアが開き、疲れた表情のダンが顔を出した。


「シグルド、その男は大丈夫だ。中に入って貰え」


 男は眉をひそめたが、ダンの言葉に従って中に入れてくれた。

 三人が中に入ると鍵を閉め、無言で先に歩くように促す。

 背後から襲われるのを警戒してるのか? それとも襲うつもりか?

 気にせず歩き、ダンの消えた部屋に入った。

 そこにはミアが横たわり、苦しそうに顔を歪めている。顔は真っ青だ。


「何故ここが分かった」


 何か聞きたそうにしたが手で遮った。

 アイテムボックスから解毒薬を二本取り出した。

 体を起こし、姿勢に気を付けながら口から流し込もうとしたが上手くいかない。

 口に入れた液体が吐き出されこぼれ落ちていく。

 シグルドが何か言おうとしたが、今度はダンがそれを止めた。

 これはあれか。伝説の。こんなシチュエーションにまさか遭遇するとは。

 ふう、落ち着け。これは人助けだ。ノーカウントだ。

 俺は麻痺の解毒薬を口に含むと、口移しでそれをミアに流し込む。喉に詰まらせないように注意しながら、ゆっくりと。

 それが終わったら次は毒の解毒薬。麻痺が治ったから一人で飲めるかと思ったが、無理だったからもう一度。

 鑑定すると、状態から麻痺と毒の項目が消えた。

 体を横たえると、静かな寝息に変わっていた。意識を取り戻さないのはMP切れか。顔に少し赤みが戻ってきたな。

 後日神聖魔法を使えば良かったと気付いたが後の祭りだった。うん、自分で思っている以上に冷静じゃなかったようだ。


「だいたいの事情は教皇から聞いた。それでどうなっている?」

「正直私にも分からない。昨夜教皇様よりミア様をお連れするよう通達を受けて降臨祭の準備をしていたと思ったら、今日の昼過ぎに突然彼女が災いの元凶だとおっしゃって襲われた」

「それで教会の方針としてはミアを処断したい、といったところか」

「ああ」

「なら何故助ける?」


 チラリとシグルドを見た。


「彼は大丈夫だ。私が信頼している者の一人で、ミア様の護衛に付けていた。もう一人は残念ながら他の派閥が用意した者でな……。それに今回のことは何か不自然だ。そもそも教皇様が神の声を聞くなど今まで一度としてなかったのに。それにそもそも……」

「スタンピードだったか? その危機で目覚めたとかないのか?」

「それならミア様や、他の者にも啓示があっても良さそうだ。それがないから変なのだ」


 教会には教会の仕組みが存在するのか? これ以上ここで考えても仕方ないか。シンプルにいこう。


「それで、おっさんたちはどうしたい。悪いが俺はこのままミアを見捨てるという選択はない。必要なら連れ出してでも守るつもりだ」


 はっきりしておこう、俺の立ち位置を。俺の気持ちを。

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