第96話 聖都騒乱・16(ミア視点)
ダン枢機卿に連れられて教会に戻りました。夢のような時間は終わってしまいました。
教会に一歩足を踏み入れた時、何か違和感を感じました。
通路を歩いて私室に向かう間、いつものように頭を下げられましたが、そのうちの何人かの視線に負の感情、敵意のようなものを感じました。
お勤めを放棄していた私に、怒っているのかもしれません。
身を整えているとレグルスがやってきました。
私の我が儘で振り回してしまったことに対して謝罪をしたら、優し気な微笑みを浮かべて許してくださいました。
それから午前中はお祈りと、降臨祭の手順の確認を行いました。
私がすることは枢機卿の皆さんが教皇様に挨拶したあとに続き、教皇様の前で
最初の一年目は慌ててしまって皆さんの前で転んで恥ずかしい思いをしたので、それからは失敗しないように努めてきました。今年は大丈夫です、きっと。
そろそろお昼の時間かな、と思った時に、難しい顔をしたダン枢機卿が訪ねてきました。何か言いたそうにしてましたが、結局ここ数日の出来事を話しているうちに呼びに来た方に連れられていってしまいました。
それから食事を摂り、お昼のお祈りをしていたら教皇様に呼ばれて大広間に行きました。
到着するとそこには教皇様をはじめ、枢機卿も勢ぞろい、各教会に出向いている大司祭様もいます。今からすぐにでも降臨祭を開始すると言っても大丈夫な集まりです。
私は衛士に連れられて大広間の中央まで来て立ち止まるように声をかけられました。皆さんの視線が集中してきて緊張します。
「皆さん揃いましたね。今日、私は神より言葉を授かりました」
教皇様の声に耳を傾けます。
「この地に災いが訪れる、と」
息を呑む音があちこちから聞こえました。
「そして先ほど、冒険者ギルドより連絡がありました。スタンピードの兆候あり、と」
驚く人、平静を装う人、静かに頷く人。色々な人がいます。枢機卿の方々は誰も反応しません。もう、そのことを知っていたかのように。
「ですがこれには続きがあります。このスタンビートには原因がある、と啓示を受けました」
視線が教皇様に集中します。私も耳を傾けて言葉を待ちます。
「そこにいる聖女ミアは偽りの聖女である。神を欺いた罰を与えるため、この地に災いが訪れる、と」
エ、ナニヲイッテイルノ?
私は驚き、息が止まったかと思った。言葉の意味が分からなかった。
ゆっくりと、教皇様に注がれていた視線が私に移る。
「残念です。貴女の献身的な姿には、私も騙されていました」
イタイ。
動揺して一歩下がったところで、体に衝撃が走った。焼けるような痛みが左の脇腹から広がっていく。
視線を下ろすと、白を基調とした服に真っ赤な花が咲いていた。
反射的にヒールを唱えようとして、上手く発動できなかった。
膝から崩れ落ち、顔を上げて後ろを見た。
そこには短剣を持った衛士がいて、視線が合った。
憎悪。その瞳はそれ一色に染まっていた。
怖い。本能が逃げろと叫ぶが体が動かない。
誰か助けて。助けを求めたいのに声が出ない。
代わりに目からは涙が次々と流れ落ちていく。
誰かの悲鳴が響いた。
騒音が耳に飛び込んでくる。
何を言っているのか、言われているのか分からない。
意識が朦朧とする。
地面に吸い込まれそうな視線が、体の浮遊感とともに浮き上がる。
視線が元に戻り、皆を見る。一様に驚いた表情を浮かべている。
その顔が、徐々に遠ざかって行く。
違う。離れているのは私だ。
枢機卿の一人が前に出てきた。
小柄な彼は一番若く、最年少でその地位に就いた天才と呼ばれている人だ。
教皇様が何か話しかけている。
彼は頷き、手を前に突き出した。
私は引き付けられるようにその手を凝視した。
魔力が集まっているのを感じた。
危険、きけん、キケン。警鐘が鳴り響く。
濃縮された魔力は肉眼で見れるほどで、不覚にも綺麗と思ってしまった。
魔力が追いかけてくる。距離など関係ない。一瞬だ。
だけど私にはひどくゆっくり見えた。
死が、一歩一歩近付いてくる幻想を見た。
もう、目と鼻の先だ。
ああ、死ぬんだ。
いや、いや、いや、死にたくない。
私は叫んだ。声にならなかったけど叫んだ。
望んだ。生きたいと望んだ。
こんな訳も分からなず死ぬなんて悲しい。悲しすぎる。
我が儘を言った罰にしても、これはあんまりだ。
友達が出来た。楽しい思い出も出来た。
まだまだ、これからも一杯作っていきたいと思った。
灰色だった景色に、彩が加わった。
何より、気になる人が出来た。
この不思議な思いは何か分からないけど、大切な、大切なものだって分かる。
魔力が爆発して、轟音が響いた。教会の建物全体が震えたように感じた。
私は激しい倦怠感に襲われ、意識が朦朧としてきた。
けどまだ生きている。何故かは分からない。
私は衛士に抱えられて、その不思議と安心させられる揺れに促されるように意識を手放した。
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