第94話 聖都騒乱・14

「ミア様。降臨祭の準備もありますし、戻って貰っても大丈夫ですか?」


 早朝、ダンは戻るなりミアに頭を下げた。

 降臨祭で聖女の仕事は、式典では立ってるだけで特になく、教皇主導で行われるといった話だった。なので前日まではこちらに居られるはずだったのに、予定が変わったようだ。

 ミアは一度こちらを見て何か言いたそうだったけど、一礼して、ダンと共に馬車に乗り込み出掛けて行った。


「主、行っちゃった」

「そうだな。けどまた会う機会もあるさ。改めてここを発つ時にお別れの挨拶をすればいいよ」


 ミアも我が儘を言っている自覚はあったんだろう。素直に戻っていった。


「あとはお姉様が心配です。昨夜は帰って来てなかったようですし」


 慌ただしい朝の中、ヨルがポツリと呟く。

 何も問題もなければ帰ってくるはずだし、連絡の一つもないのが気になるようだ。


「ギルドに行った方が良いかもしれない」


 タリアも不安そうに窓の外を眺める。

 ここからは見えないけど、街中は既に降臨祭に向けての準備がほぼ完了している。一般のお祭りと比べるとそこまで騒がしくないようだけど、熱に浮かれたような雰囲気に包まれている。

 街に来た時とは、明らかに違っている。信者の数も増えているようで、地方からやって来た人たちは教会や、教会関係者の宿舎に泊っているらしい。もちろん溢れた人は一般の宿にも泊っているようだけど。

 確かにこれだと、普通に宿に泊まるのは難しかったかもしれない。誘ってくれたヨルには感謝だな。


「主、どうする?」

「俺たちも付いていこうか。何があったか気になるし」


 セラが何気なく呟いた言葉が脳裏によみがえる。スタンピード。

 決定してからは早かった。食事を摂り、慌ただしく準備を済ませて冒険者ギルドへ向こう。

 道すがら、やっぱり街の雰囲気が街に来た当初とは違っている。浮かれているというのか、少し街行く人たちの顔に笑顔が増えたような気がする。

 逆にギルド内に一歩踏み入れると、重苦しい雰囲気を感じた。いつも誰かしら酒場にたむろしていたのに、今日は誰一人いない。ひりつく空気というか、張り詰めた空気が室内に蔓延してるような気がする。いつもは騒がしい冒険者も、押し黙って一カ所に集まっている。

 この感じ。オーク討伐で冒険者が招集された時に似ている。

 しばらく待っていると奥の部屋から数人の人が出て来た。ん? レイラの姿も見えるな。目元に隈が見える人もいるけど。


「朝早くから招集に応えてくれてありがとう。礼を言う」


 ギルマスか? それよりも招集はされてないよな。ヨルを見ると首を振る。

 そうするとここにいるのはAランク以上の高ランク冒険者になるのか? 装備を見る限り、そうでもなさそうなのもいるが。もちろんレベル的にも。ならここをメインに活動している冒険者を集めたのかもしれないな。


「ここ最近、討伐依頼にもかかわらず魔物がいないという出来事が連続して起こっている。そこで複数の冒険者に以前から依頼を出して、近隣の森や荒野を調査して貰っていた。結果、この位置に魔物の集団がいることが確認出来た」


 ボードが用意され、張り付けられた地図に印が付いている。

 聖都からちょうど北東に位置する森。その中層よりもさらに奥に赤い色で強調するように。


「ギルマス、集団とは同一の魔物か? それとも……」

「想像通りだ。多種多様の魔物が集結している」


 ギルマスの即答に、ざわついていた室内がシーンと静まり返った。誰かが息を呑む音が鳴った。


「何故それが今まで分からなかった? その方向なら討伐の依頼が出ていたはずだ。いなければそれなりに探索したはずじゃないのか?」


 誰かが声を大にして叫んだ。


「詳しくはわからないが、隠蔽の魔法が使われていた形跡があった」

「詳しく分からないのに何故隠蔽の魔法だと分かった」


 ギルマスの要領の得ない説明に不満がぶつかる。


「それについては俺が説明しよう」


 ギルマスの隣に立つ、派手な格好をした男が前に出て来た。

 有名人なのか、再びざわつきはじめた室内がまた静かになった。


「うちの斥候が今回の魔物の集団を見付けた。方法は目視での確認。ここで重要なのは、うちの斥候が接近するまで、視界一杯に埋め尽くすほどの数の魔物に気付かなかった点だ」

「そうだ。可能性として、その全ての魔物を隠すほどの大規模魔法が使われたか、領域を囲んだ隠蔽魔法が使われたか。この際方法はどちらでもいい、ただ、確実に魔物がいることが分かった」

「それで、我々は何をすればいい?」


 お~、なんか渋めのおっさんが注目を集めている。皆が聞きたいことを代弁した感じか。


「緊急依頼を出す。Dランク以上の冒険者は強制参加だ」

「教会には連絡したのか?」

「先ほど人を走らせた。ただ足並を揃えるのは難しいかもしれない。警備隊の方は問題ないだろう」


 この国には国王がいない。トップに教皇が立ち、その下に枢機卿がいる。枢機卿の他に政を行う部署が存在し、そこに十字軍のような軍も組織されている。

 その軍は独自性が強く、共闘する機会がほぼないのだ。街を守る警備兵となら連携が取れるけど、軍と足並みを揃えるのは難しい、とギルマスは考えているようだ。


「お姉様。どうなっているのですか?」


 ヒートアップする一団から抜け出し、レイラがこっちにやってきた。どうやら俺たちがいるのを見付けてやってきたようだ。

 ヨルが駆け寄り尋ねていた。


「ギルドマスターの説明した通りですわ。正確な数は分かりませんが、五〇〇以上は想定していた方が良さそうとのことですわ」

「お姉様は何故その会議に参加してたのですか?」

「オークの件が伝わったみたいですわ。ロックさんも呼ばれていましたわ」

「それで私たちはどうするの?」


 タリアが心配そうに聞いた。


「……ここはヨルちゃんのご家族もいますわ。出来る限りのことはしたいと思いますの。皆はどうですの?」

「うん、ヨルを助けたい」

「そうですよ~、友達が困っていたら助けないとです」

「ヨルにはいつも助けられてますしね」

「ヨルの家族もいますし、街を守らないと」

「みんな……」


 感動してるところ悪いが俺はどうすべきかな。それに隠蔽魔法か。あの建物と何か関係があるのか? 情報が足りないな。


「それでギルマス。この事は住民に話すのか?」

「教会次第になるだろうが、発表は向こうに任せることにする。私たちが発表して下手に混乱を招くわけにはいかないからな。私たちは私たちの出来ることをしよう」


 魔物に関してなら冒険者ギルドが発表しても良さそうなのにしないのか。何かしがらみがあるのかもしれないな。

 愛着か、ギルマスの人望か。多くの冒険者が依頼を受けに受付に殺到している。

 レイラたちも受けるためにその列に並んでいる。

 俺たちは邪魔になっても悪いので、先に屋敷に戻ることにした。

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