第84話 聖都騒乱・9
法衣を着こなした中年が入って来た。
「ご苦労様でした。あとは私が対応しますので、貴方は仕事に戻りなさい」
「ですが……」
「大丈夫ですよ。娘の知り合いですから。私のことは心配ありません」
心配そうにする信者に優しく声を掛ける。優し気な表情だ。
誰だこいつ? ヒカリも不思議そうにおっさんを見ている。
礼をして信者が部屋を出るのを確認して振り返ったおっさんの顔からは笑顔が消え、眉間に皺が寄り、いつもの気難しい表情に変わった。
「で、何の用だ?」
二重人格か! と突っ込みたくなるほどの変貌だな。
「いいけどな。と、その前に、この部屋は防音がしっかりしているか?」
「どういう意味だ?」
「誰かが盗み聞きしようとした場合、聞かれる心配はないかということだ」
「……ないと思うが……」
「分からない、と。仕方ない……サイレンス!」
空間魔法を使った応用魔法だ。一応オリジナルだ。知らないだけでもうあるかもしれないけど。
「これでいいだろう。で、真面目な話だがいいか?」
「分かった。こちらも時間を割いているんだ、ではなければ許さん」
俺は件の建物が教会関係の物件かを聞いた。
「私は知らないな。その建物がどうかしたのかね?」
「ミアを襲った奴が出入りしていた。あとは、そうだな。魔法的なモノを感じた」
「それは本当か! ミア様を襲った賊がそこに……」
「ああ」
「だが何故そこで教会関係の建物だと思った?」
おお、伊達に枢機卿なんて立場にいるだけある。頭の回転が速い。
「その建物な。ミアと最初に会った時に一緒にいた、御付きの一人が中に入っていくのを見た」
その言葉に色々な可能性に気付いたのだろう、ハッとしたと思ったら、腕を組んで考え始めた。
もしかしたら教会も一枚岩じゃないかもしれないな。ドロドロとした権力争いのようなものがあるのかもしれない。
「なあ、ミアをあんたの屋敷で預かったことといい、なんかあるのか?」
俺は推理小説とか嫌いだ。あの答えを知りながら勿体ぶってネチネチと犯人を追い詰める探偵とか。結果を知ってるなら、さっさと結論だけ言ってくれと思う。
だから遠回しになんて聞かない。ストレートに聞く。
そんな事を思う一方で、俺も大概秘密にしている事が多いと矛盾に気付き、ちょっと自己嫌悪。
「そうだな。君は神託についてどれだけ知っている?」
「神託?」
「ああ、三年ほど前、女神様より授かった神託。魔王の誕生を告げる、な。それを最初に受けたのはミア様だった。最初は学ばないまま神聖魔法を使った奇跡の子というのがあの子の立ち位置だった。それが神託を受けて、聖女になった。もっとも神託を受けてから改めて調べたら聖女だと判明したというのが正確なところだがな」
一息つき、当時を懐かしむように、言葉を告げる。
「最初は何を、と。世迷言を、と。誰一人信じなかった。魔王の復活? それは私たちにとって、伝承でしかない、御伽噺のようなそんな話だった。だから誰も信じていなかった。それが一月後、多くの者がその神託を受け取った。その時になって、もう誰も疑うことがなくなっていたな。黒い森より大量に魔物が襲ってきたという事件があったのも、信憑性を高めた一つの事件だった」
一番最初に襲われたのはボースハイル帝国だったな、と。
それでミアの立ち位置が変わったようだ。
「ああ、誰もが聖女と崇め、彼女に助けを求めた。求めると言っても魔王を倒せとか、そういうものはない。そうだな、心の拠り所として期待していたんだろう。結局のところ黒い森から離れた地にいる我々にとって、やっぱり魔王の復活などは遠い国の話なんだ。今ある生活さえ穏やかであれば、誰一人困らない」
「だからこそ、人間同士で争うか」
「そうだ。魔王が復活した? だが我々の生活は変わらない。ただ変わったのはミア様の立ち位置と停戦協定が結ばれただけ。それ故彼女の存在を疎む者もいる。今まではその反対もあって教会も正式に彼女のことを聖女とは認めていなかった。ただ今回、それを大々的に認定することとなった。それにより彼女の地位は上がるだろう。それにより地位を脅かされる者も確か出てくる。愚かな事だと思うが、その不安を持つ者を止めることは難しい」
「正そうとはしないのか?」
「誰がそうなのか分からないのだ。一人なのか、二人なのか、それとももっと多いのか。犯人探しと同じだな。疑心暗鬼を生むだけだ」
「なら今回御付きの一人が怪しいことが分かったけど、調査は可能か? するのか?」
「やるだけの事はするが、どうなるかは分からない。ただ情報は感謝する」
ダンは深々と頭を下げると、教会の奥の方に消えていった。関係者以外立ち入り禁止区域か。その先には警備兵みたいな者の姿も見えた。
「主、どうする?」
「せっかくだしお祈りでもしていくか?」
「興味ない」
「そっか。俺も信心深いわけでもないしな。まあ、いっか」
結局分からず仕舞いだったか。MAPには御付きの人の反応は復活していたけど、襲撃者の反応はその日も眠る前まで注意していたけど表示されることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます