第80話 魔力講座・3
どうしてこうなった?
目の前にはミアが座っている。他には誰もいない。
いつものように皆で集まって勉強会をするということで、後は任せて俺は錬金術で色々作ろうと思い部屋に戻って来た。
それがほんの二時間前のこと。
控え目なノックと共に部屋に来たのはミア一人で、力なく肩を落としてやってきた。
「それで色々試したがまったく出来なかった、と?」
力なく頷かれた。
今ではレイラやヨルたちも、自分たちの経験をもとにヒカリやユリに教えているので、勉強会は順調に成果を上げている。
それなのに駄目だった。特に一から魔法、ミアには神聖魔法に言い直して説明を受けたけど、何を言っているのか分からなかったという。
そもそもあれほど拒絶反応を示した相手の元に一人で来て大丈夫なのか? それともそれほど必死なのか?
「どこがわからなかったんだ?」
「言っていること全て」
なんか投げやりに言われたな。
「なあ、ミアは神聖魔法を覚えてから、誰かにしっかり使い方を教わったことがあるか?」
「ないです。何となく頭の中に浮かんで、使えるようになったから」
そう言えば、ヒールやリカバリーを使った時も、詠唱をしていなかったな。
魔法名を唱えて、即発動している感じだったか?
「なあ、一度ヒールをしてもらってもいいか?」
「分かったわ。……ヒール」
やっぱ魔力察知でも、発動前の魔力の揺らぎのようなものが感じられなかった。
「な、なに。変だった?」
不安そうな顔をして見てくる。また難しい顔をしていたのかもしれないな。
感覚としては、ミアの魔法の使い方は俺のそれに近い。何か魔法を使う前の長ったらしい詠唱とかしないしな。
「ミアは練習用の魔石は見せて貰ったか?」
「うん」
「それに魔力は籠めてみたか?」
「一通り説明を受けてからやってみたけど全然駄目だった。魔力? それを感じることも全く出来なかったから」
ん~、困ったな。これは魔力を感じることがスタートラインだからな。それが出来ないとなるとお手上げだ。俺の場合は魔力操作のスキルがあったから魔力を感じることが出来たわけだけど。
また難しい顔をしていたか? ミアが不安そうに見てくる。その顔を見て、不謹慎にも捨てられた子犬を思い出してしまった。
「な、なにがおかしいのです」
笑っていたか? 不安そうな表情は消え、拗ねたように頬を膨らませた。
年相応の表情も出来るんだな。
何処か肩肘張ったような雰囲気で、無理をしているように見えたけど、今この瞬間はなくなった。
聖女なんて大層な立場になれば、気の休まる時は少ないのかもな。
「ちょっと両手を出して」
差し出した手をそれぞれ握る。驚きの表情を浮かべ、徐々に顔を真っ赤にして俯いてしまった。
そんな反応をされるとこっちも困るんだがな。変に意識してしまう。
「上手くいくか分からないが、俺の方から魔力をミアに向けて流してみる。何か感じたら声をかけてくれ」
頷いたのを確認して、魔力を少しだけ右手の方から流していく。
「どうだ? 何か感じるか?」
「……分からない」
「ならもう少し強くしてみるぞ。何か感じたら声を掛けてくれ」
魔力を流す量を上げる。ミアの表情を見ながら、調節していく。
ん、ちょっと目元が不自然に動いた。何か感じたか?
「何か変な感じ。だけど左の掌から暖かい何かが流れてくるような気がする」
「そうか。ならもう少し強くするぞ」
魔力を徐々に強くしていくとミアの息が乱れ始めた。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫。もう少し強くしてもらってもいい? 何か掴めそうな気がする」
眉間に皺を寄せて真剣な表情を浮かべている。何かを掴もうとする、必死さが伝わってくる。
俺はミアの願いに応えるようにさらに流す魔力を強める。調整してるけど、魔力を変に流して暴発とかしないよね? ちょっと不安になるけど、見てる限り魔力に変な動きはないから大丈夫だろう。
右手から出た魔力がミアの体を伝って左手に戻ってくる。
……なんか、身を震わせて、色っぽい声を時々上げてるんだが……。本人は気付いてないのか?
なんかいけないものを見ているような気になって、意識をミアから逸らす。
おお、なんか視界から外したら、逆に変な気分が強まった気がする。見えない分だけ想像力が膨らんでいく。これは何かの試練か? むしろここであのドアが開いたら……処刑確定ですか?
静まり返った室内に、ミアの乱れた? 呼吸だけが響く。
無心だ。無心になるんだ。
どれぐらい経ったか、ミアが大きく息を吐いた音が聞こえた。
「もう大丈夫。なんとなくだけど分かった気がする」
額には大粒の汗。心の底から嬉しそうに浮かべた笑顔。
ちょっと、否、かなり心を揺さぶられるような素敵な笑顔だ。つい見惚れてしまった。
「どうしたの?」
「綺麗な笑顔だと思って」
あ、失言だ。つい聞かれて言葉が出てしまった。
ミアの顔がさらに真っ赤になっていく。
手を握ったままだったな。俺が気付いたと同時にミアも気付いたようだ。
手を解こうとしてきたが、俺はそれを許さず少し握るのに力を込めた。
「い、意地悪をしてるわけじゃない。コホン、今の感覚を忘れないうちに、今度はミアから魔力を流してみてくれ」
「うん、分かった」
照れがなくなり、真剣な表情になった。
「自分のタイミングで始めてくれ」
俺は体の力を抜き待つ。
ミアは何度も深呼吸を繰り返していたが、やがてピタリと息を止めた。目を閉じて、集中している。
時間が経過していく。
掌に意識を集中しているけど、何も感じない。
時間だけが経過していく。
うんともすんとも何も感じない。
はぁ~と、ミアは大きな息を吐いた。顔を上げた時、少し泣きそうに見えた。
手を離すと、掌が汗ばんでいた。
「最初から出来る奴なんていない。焦らずやっていけばいい」
俯いたまま反応がない。
俺は手を拭い、ポンポンと頭を軽く叩いてから撫でた。
顔を上げたミアと視線が合う。
「もう一度言うぞ。最初から出来る奴なんていない。明日また頑張ればいい」
「うん」
「なら今日はもう休みな。明日また試してみよう」
集中してやっていたら、結構な時間が経過していた。窓から差し込む日の光の色合いが変わっている。
ミアを部屋に返し、一人になって考える。
だけど魔力を感じることが出来るようになるような魔道具は思い浮かばなかった。錬金術のリストにもそんなものないし。
世の中そんなに都合よくなんていかないか。俺は一人ベッドに横になり、そのまま意識を手放した。あ~、色々と疲れた。
もうすぐ食事の時間だけど、少しだけ休ませて貰おう。
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