第78話 聖都騒乱・4(ミア視点)

「ここは……」


 目を覚ますと見知らぬ天井でした。

 体を起こそうとしましたが、上手く動かすことが出来ません。

 この感じ、何処かで覚えがある。あれはいつのことだったか、確か幼い頃に一度だけあった。

 あの頃は良かったな。

 生活は確かに貧しかったけど、家族揃って皆で笑って過ごせていた。お父さんがいて、お母さんがいて、生まれたばかりのシロがいた。

 確か私が名前を付けたんだったっけ。今思うと安易な、と思うけど、あの時は最高の名前だと思ってたんだよね。

 そう、この感じ、シロが大変な怪我をして、泣いて、祈って、泣いて、体の中から何かが飛び出ていくような感じがして、意識を失って。次に目を覚ました時が、今と同じような感じだった。

 あれからか、私の生活が変わってしまったのは……。

 私は首だけを動かし、室内を観察する。

 少なくとも私の部屋ではないし、教会の中でもない。簡素な印象を受ける部屋だけど、不思議と落ち着く。薄い色合いがそう感じさせるのかな?

 しばらく横になっていたら体に力が戻ってきたような気がする。

 私はゆっくりと時間をかけて体を起こした。少し疲れた。

 喉も渇いている。サイドテーブルに水差しがあったのでのでそれをコップに移していただく。我慢出来なかったから。

 あ~、生き返る。ついでに体に力が戻った気がする。

 その時ノックの音がして、ドアが開いた。

 視線を向けると複数の女性が入ってくる。

 見知らぬ人だ。ラフな格好をしていて、年は私と同じくらいかな?

 む、あの子は敵ね。

 順に視線を移していたら、最後に入って来た男の子を見て、思い出した。

 助けを求めたのに放り投げられた。

 あ、そういえば勢いでレグルスさんを殴ってしまったんだった……あとでお説教かな~。

 違う、そうじゃない。そうじゃない……。

 カッとなった。うう、感触を思い出してしまった。


「この、セクハラ野郎!」


 気付いたら叫んでました。

 顔が熱い。もしかしたら真っ赤かもしれません。

 何処に力があったのか、私はベッドの上で仁王立ちをしています。

 私の指差す方を、一斉に女の子たちが追います。

 指の先にいるのはもちろん男の子です。

 そのうちの一人が振り返り、ニコリと微笑みました。

 背筋に冷たいものが走りました。ゾッとしました。


「突然何を言うのですの? 失礼ですわ」


 確かに突然叫べばそうかもしれません。

 私は赤の他人ですし、きっと二人は知り合いでしょう。信じるとすればあちらの主張を信じるに違いません。

 ですがここは負けてはダメなところ。こ、これは、私の……。

 う~、とにかく許すわけにはいかないのです。


「そ、その、あの人が私のむ、胸を触りました。触られました!」


 心の叫びでした。

 あの怖い微笑みに負けずに言い切りました。自分自身を褒めてあげたいくらいです。

 あ、笑みが消えました。変わりに怒気が全身から溢れてきたようが気がします。

 反転して、重い足音を発てて近付いていって言い合っています。

 痴話喧嘩ですか?

 出来れば他のところでやってくれると嬉しいのですが。

 私は何か疲労を覚えたので、ベッドに腰を下ろしました。うう、何かベッドで仁王立ちしている自分を顧みて恥ずかしさを覚えます。


「あの、ミア様。初めまして、私アポステル家長女、ヨル・アポステルと申します」


 アポステル……確か枢機卿の一人の家の名がそうだった気がします。


「ミアです。その、何故私はここにいるのですか?」


 忘れていました。何故私がここにいるのか。聞かないと駄目ですよね。現状確認は大事です。


「あの、覚えてませんか? 私もお話を聞いただけなので全てを分かっていないのですが、何でも命を狙われて、その時師匠が助けたと聞きました。その時負傷した師匠をミア様が治療してくださったと聞きました」


 サーと血の気が引いた気がします。

 胸のインパクトで忘れてました。確か矢が飛んできて、それで……。

 思い出しました。私は助けて貰ったのです。

 あの行為は決してわざとやったわけではない。不可抗力です。

 それを恥ずかしいと感情的になって、一方的に非難するなんて。


「あ、あの思い出しました。それであれを、止めて貰えたらと思います」


 見ると男の子はぐったりとしています。怒っている女の子はさらにヒートアップしているように見えます。

 ヨルは私の言葉を受けて、苦笑すると向こうに行ってしまいました。

 何やら、お姉様とか、勘違いです、とか色々な言葉が聞こえてきます。

 一段落したのかこっちに来ます。ちょっと緊張しましたが、話してみると物腰の柔らかい、優しい人でした。

 それで紹介を受けました。

 レイラ。冒険者パーティーのリーダ兼先輩で、皆のまとめ役。しっかり者のお姉さんということでいたが、先ほどは一番冷静じゃなかった気がします。

 ヨル。ダン枢機卿の娘で、確か、重度の魔法好きで家を飛び出すほどとか噂を聞いたことがあった気がします。

 ケーシーとルイルイ。普通の子と言った印象。けど話を聞くと冒険者としての腕は凄いとの話です。学生さんですよね? 勉強の話を聞かないのですが……。

 タリア。ぶっきらぼうで言葉が少ない子。けど悪い感じは受けません。

 トリーシャ。なんかキラキラした目で見られました。手を握られてブンブン嬉しそうに上下されました。なんでも神聖魔法を使うようで、一応聖女である私と会えて感激と言われました。……けど、仲良くなれる気がしません。あ、あの胸は……。

 この六人で一つのパーティーということでした。

 それで男の子はソラ。奴隷を連れ歩いているとか、変態ですか?

 しかも何ですあの仮面。あの仮面の下から嫌らしい視線を送ってきてるかもしれません。表情が見えないから警戒が必要です。けど、一応命の恩人なのですよね? 礼だけはしておきました。

 ヒカリ。ソラの奴隷で、なんか凄く睨んできます。う~、なんかギュッとしたい衝動に駆られます。シロを思い出します。近付こうと腰を上げようとしたら、すぐにソラの背後に隠れてしまいました。

 ユリ。ヨルの妹さんで、礼儀正しく挨拶をしてくれました。一番落ち着いているように見えるのは気のせいですか?

 一通りの紹介が終わると、これからの話をされました。

 どうやら私は教会に戻らないで、ここで降臨祭までの間生活するようです。

 慣れないところで生活するのは苦手ですが、仕方ありません。自由はありませんが、彼女たちが外に出る時は付いて行っても良いとのことでした。

 大丈夫ですか? もちろん部屋に軟禁されるよりは全然ましだし嬉しいですが。

 あ、出来れば見習いの方たちが話していた、スイーツ店に行きたいところです。今度頼んでみようかな?

  

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