第76話 聖都騒乱・2
特に目的もなく歩いていたら、街の中心地から大分離れた場所まで来ていた。道を間違えたのか、メインストリートから外れてしまったのが原因の一つか。
「変な場所に来たな。元の場所に戻るか」
引き返そうとして、ヒカリが立ち止まった。
バタバタとした足音が路地裏に響き、路地裏から一人が飛び出してきて、少し遅れて一〇人がそれに続いた。
ゆったりとしたローブに身を包み、フードで顔を隠したそれは、俺たちの事に気付くと一度足を止めたが、すぐに近付いてきて叫んだ。
「追われてるの。助けて!」
必死な叫び声。俺の背後にまわる。盾にしてません? 声からして女性のようだけど。
ちらりと背後を振り返り、そして目の前の集団に視線を移す。
白に近い、少し灰色がかったお揃いのローブ。首には同じようなネックレスをしている。
「そのお方を引き渡して貰おうか」
「どうぞ」
厳かな声に、両手を上げて無抵抗をアピールする。即答だった。
「何言っているの。あいつら悪者よ!」
非難の声が上がる。耳元で叫ばないで欲しい、耳がキンキンする。
言った相手も素直に応じると思ってなかったのか、俺の返答に戸惑いを見せていた。
俺は顔だけ振り返りもう一度鑑定。前方を見てもう一度鑑定。
ヒカリは興味なさげにしている。
俺は振り返り、徐にローブ少女を抱きかかえると、何か言われる前に放り投げた。
雑ですまない。そして身体強化の恩恵に感謝を。
小さな弧を描いて少女が目の前の中年男性に向かって飛ぶ。
皆呆然とそれを見ている。視線だけ動かして少女を追っている。
男が受け止めようと両手をひろげ、少女の右ストレートが男の左頬に炸裂した。
男は吹き飛び、少女は大地に立った。
その一連の出来事に場の空気が凍る。
ヒカリは相変わらず興味なさげに、その様子をなんとなく眺めている。
「あ、あんた何するのよ。いたいけない女性を放り投げるなんて。鬼畜なの、馬鹿なの、人でなしなの!」
罵詈雑言が飛んでくるな。だが相手をしたら負けだ。変な騒動に巻き込まれるのは勘弁な。
むしろ躊躇なく殴ったその姿にドン引きですよ。
「主、行く?」
「ああ、見なかったことにしような。俺たちは何も見なかった」
何かを察してヒカリが声を掛けてくれたからそれに乗ることにする。
「ちょっと待ちなさいよ!」
少女が一歩踏み出そうとして、背後から手を掴まれて足が止まる。
「主!」
焦ったような声をヒカリが上げた。
俺は足を踏み出し、少女に向けて背後に押し出す様に手を差し伸ばす。
柔らかい感触が掌にひろがった。ふ、不可抗力だ。
少女の体が背後の人物の方に飛び、腕に衝撃が走った。
グッと奥歯を噛みしめる。痛すぎるだろう。痛覚軽減が仕事してませんよ? それともスキルの効果が乗ってもこの痛みなのか。
目の前を見ると矢が腕を貫いている。
痛みを堪えてMAPと気配察知、魔力察知を発動する。
奇襲に失敗したからか、物凄い勢いで離れていく反応がある。第二射を撃たずに撤退とか徹底してるのか?
目の前で起きたことに、少女はもちろん、追って来た一団も啞然としている。
「主、大丈夫」
ヒカリだけが反応し、近寄ってくる。
その言葉を聞いて少女が動き出す。
「ちょ、ちょっと診せなさい」
手を伸ばして触ろうとするから手で制して止める。
「待て、矢に毒が塗られているかもしれない。危ないから触るな」
痛みを堪えて叫ぶ。響くわ~。
心配そうにヒカリが見てくるから落ち着かせる。
左手で矢が抜きやすいように右手を捻る。
俺は覚悟を決めて矢を引き抜く。お~、血が噴き出てるわ。
なんか他人事のようにその光景を眺めていたが、このままでは出血多量だ。
回復魔法で治療しないとと思っていると、「ヒール」と横合いから聞こえた。
少女が回復魔法を唱えたのだ。
腕の傷が塞がると、今度は「リカバリー」と唱えて、体から力が抜けたように崩れ落ちた。
ローブの隙間から覗き見えた顔は顔面蒼白。思わず受け止めた体は、華奢な体からは考えられないほど重さを感じる。手を離せば、多分立つことも出来ない状態だろう。
この症状は覚えがある。MPの枯渇が原因だ。
確かに神聖魔法は他の魔法と比べて、MPの消費量が多い。レベルも低いようだし、MPがそれほど多くないんだろうか?。
マナポーションを与えれば意識は取り戻すだろうが、意識を失っている相手に使うとなると……あれ? そういえばあの時、MP枯渇で意識を失っていたのに、MPだけ何故か多かったような気が……。職業を確か魔導士にしてたからその効果か?
「そのお方をどうするつもりだ」
考え事をしていたら中年男が復帰していた。
正直どうしたものか困るな。さっきの矢、狙われていたのは間違いなく彼女だ。
だがこいつらも同じ教会に所属しているもの。味方だと思いたいが、逃げていたしな。これがなければ素直に返したものだがどうしたものか。
「なあ、あんたらはこいつの味方か?」
分からないものは仕方ない。ド直球に聞くことにしよう。
「もちろんだ。何人たりともこの方を傷付けることは許されません」
即答か。本音だと思うが判断するのに材料が足りないな。
何故聞けばわかると思ったのか、自分自身に問いたい。うん、俺もちょっと冷静じゃないな。
「主、どうする?」
「困った時は知ってる人に聞くか」
「お、おい。何処に行くつもりだ」
「黙って付いて来な。正直俺は迷ってる、あんたらを信じていいかな」
「な、なにを言う」
俺の言葉に過剰反応して怒るが、それは仕方ないじゃないか。出会った時とは状況が変わったのだから。矢を回収し、歩き出す。
若い男たちが何事か言ってるが、中年男は俺に付いて来る判断をしたようだ。
相手も俺がこの少女に危害だけは与えないと判断したんだろうな。
俺はもちろん教会には行かず、真っ直ぐ帰宅した。アポステル家に。
流石教会関係者、アポステル家は知っているようだ。
家を前に動かない一行を置いて門衛に声を掛けると、ロンドを呼んできてくれた。
「お帰りなさいませ。それでそちらの方々は?」
腕の中の少女と、背後に並ぶ教会関係者を見比べて尋ねてきた。
「ちょっと問題に巻き込まれたようで。出来ればおっさん、ダンさんを呼びに行って貰ってもいいか?」
「畏まりました。ではソラ様たちは一度中へ。休める部屋も用意させますので」
俺はメイドさんに彼女を預け、一先ず客間に待機することになった。
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