第71話 アポステル家

「お嬢様、お帰りなさいませ」


 連れて来られた家は、大きかった。

 思わず息を呑む。あの村で生活していた宿屋よりも大きくないか?

 中に入ると執事とメイドさんがお出迎え。豪華さはないが、清潔感に溢れて肩が凝らずに生活出来そうな、柔らかい雰囲気を感じる。

 枢機卿なんて要職に付いているから、もっと成金イメージがあったがそれがない。高そうな壺がこれ見よがしに飾ってあることもない。ただ神職に就く家に執事とメイドという組み合わせに違和感を感じたりもする自分がいる。

 レイラたちは初めて訪れるとのことだったが、特に緊張した様子もなく家に入っていく。ヒカリもそれに続く。

 俺? 小市民の俺にはそれでもハードルが高いさ。しかも女の子のお家訪問ですよ? 一人ではないとはいえ、緊張せずにはいられない。


「お姉ちゃん!」


 客間に行くと、一人の少女が近付いてきて、ヨルに抱き着いた。


「ユリ。お久しぶり。大きくなりましたね」

「お姉ちゃん。全然帰ってきてくれないんだもん」


 頬を膨らませて抗議の声を上げる。

 何でも魔法学園に入学してから、これが初めての里帰りらしい。手紙は頻繁に書いていたようだが、長期休暇があっても帰ることがなかったらしい。

 魔法の勉強に夢中なのもあるが、冒険者としての活動が忙しくなったのも原因の一つらしい。もっとも魔法の試し撃ちの意味合いが強かったようだが。


「紹介しますね。妹のユリです。ユリ、こちら私の学園の先輩のレイラお姉様と、同級生のトリーシャ、ケーシー、ルイルイ、タリアです。それとこちらの二人が師匠のソラさんとヒカリちゃんです」


 それぞれが挨拶を交わす。俺の師匠呼びは変わらないようだ。


「初めまして。お姉ちゃんがいつもご迷惑をかけています。妹のユリ・アポステルです」


 綺麗なお辞儀だ。所作の一つ一つに洗練さを感じさせる。


「あ、あの。お姉ちゃんとはどんな関係ですか?」


 師匠紹介されたから聞かれたのかな? 他の面々の事は手紙に書いていたようだしな。


「旅の途中で会って、色々と助けて貰った。今回は降臨祭のことを知らずに聖都に来たものだから、宿が取れないかもということで、ヒカリと二人で泊っていってはどうかと誘われた」

「うん、誘われた。お世話になる」

「え、えっと。そうだったんですね。お姉ちゃんの手紙に書かれていない人だから驚いてしまって」

「そうですよ。師匠は凄いんですよ。魔力の扱い方に関しては学園の先生よりも全然上です。むしろ師匠にはこれからも教えて貰いたいぐらいです!」

「ソラさんが家庭教師をしてくれたら、ずっとここに居てくれるんですか?」

「え、それは……」


 ユリが期待した目でヨルを見ている。ヨルは本気で考え込んでいる。ここはヨルらしいと思うのが正解なのか?


「ヨルちゃんらしいですわ」


 レイラは苦笑している。


「ヨル、学園辞めるの?」


 タリアは寂しそうに呟いた。ヨルならあり得る未来と思ったんだろうな。


「だ、大丈夫です。まだまだ学園で学びたいこともありますし。それにヒカリちゃんが学園に入学したら、師匠も付いてくるから問題ありません」


 勝手に入学させないでくれ。そしてヒカリも期待した目を向けない。


「あらあら騒がしいと思ったら、ヨルちゃんが帰ってきたのね」


 話していると新たな人物が現れた。ヨルとユリに似たご婦人だ。面影がある。

 使用人から連絡がいきそうなのに、知らなかったということは外から帰って来たのだろうか?


「初めまして。いつも娘がご迷惑をかけています。母のルー・アポステルです。降臨祭期間中滞在するのでしょう? 自分の家だと思ってゆっくりしていってくださいね」


 迷惑をかけてると思われているのはデフォルトなのか?


「それにしても男の子を連れてくるなんて。一言先に言っておいてくれないと困りますわ。主にパパが」


 可笑しそうに笑うがそんな重要人物でもないですよ俺は。


「色々と聞きたいことは多いですが、長旅で疲れているでしょう。先にお部屋に案内してあげなさい」


 部屋の隅で待機していたメイドさんに指示を出していく。気遣いの出来る人だ。


「ヒカリちゃんもこちらに泊ってはどうですの?」

「いい、主と一緒」


 部屋割りで一悶着ひともんちゃくあったが、それはある意味お約束か? 毎度毎度何をむきになっているんだろう。

 ベッドは今まで使ってきた中で最高の寝心地だった。横になると体が柔らかいものに包まれて、思わず全身の力がダラリと抜ける。背中に感じる僅かな反発は、優しく支えられているような感じで心地よい。時間を忘れていつまでも横になっていられる。


「主、このまま眠りたい」

「それには同意だが、まだまだ日が高いからな」


 魅力的な提案だが、まだ眠るわけにはいかない。

 抗うようにベッドから這いずり出ると、何だか騒がしい。防音はある程度のレベルでしっかりしているようだったが、僅かな音、声が聞こえてくる。

 何事かと思いドアを開けると、音の洪水とも言える大音量が耳に飛び込んできた。凄く興奮していて、それで感情が爆発したような声音。屋敷全体に響いているんじゃないかと錯覚させられる声だ。

 隣からドアを開けたレイラが顔を出した。思わず顔をしかめた。

 しばらくすると鈍い音が響いて、それを合図に静かになった。

 疲れた表情を浮かべたヨルがやって来て、客間まで来て欲しいと言われたので皆で揃って向かった。

 客間には、なんかぐったりしたおっさんがソファに座っている。白を基調とした、ゆったりしたローブを着ている。派手になりすぎない装飾が僅かに施されているのが印象に残る。

 ヨルが近付きおもむろにゴツンと一発入れた。

 スイッチが入ったように、おっさんが目を覚ました。


「父のダン・アポステルです。あまり家にいないと思いますので、覚えなくても大丈夫ですよ」

「ちょ、ヨルちゃん、何その雑な紹介は。もっとこう親しみを込めて、パパのことを紹介してもいいんだよ」


 凄く嫌そうな顔をしているな。

 おっさんは笑顔でレイラたちに挨拶をしていき、その視線が俺を捉える。

 ギギギと、音が聞こえそうな動きでヨルを見て、再び俺を捉えた時は物凄い表情を浮かべて睨んできた。


「ん? 君は誰だね? 困るな~、勝手に我が家にあがって。ロンド、捕らえて追い出しなさい」

「旦那様。お嬢様のお客様です」

「はっ、何を世迷言を。そんなの信じられないな! きみぃ~、困るよ? 不法侵入だよ、牢屋にぶち込むよ?」


 笑顔が怖いな。目が笑ってない。

 不意にゴツンという鈍い音が鳴り、ダンは白目をむいて倒れていった。


「お馬鹿な父で、本当にごめんなさい」


 その背後から現れたヨルが、申し訳なさそうに謝罪した。

 レイラはそれを見て苦笑していた。

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