第58話 攻防戦・9(ヨル視点)

 朝です。何事もなく迎えることが出来ました。

 ルイルイの話ですと、オークが向かったのは逃げだした人たちの方とのことなので、大丈夫だとは思っていました。

 お姉様の考察ですと、お昼頃から日が暮れる間が一番注意する時間帯だと言ってました。

 目を覚ましたトリーシャと一緒にまずは朝食の準備です。

 男の人に任せておくと何が出てくるか分かりません。なので率先して料理をします。主にトリーシャがですが。私はお手伝いです。

 朝食を済ませたら交代で見張りをする方、宿の壁を補強する方に別れて作業を開始します。大事なのは適度な休憩をとることです。

 ロックさんの指示で皆さんテキパキと動きます。誰も文句は言いません。作業していた方が不安を忘れられるからかもしれません。

 本当は引き返して前の町に戻る方が安全かもしれませんが、さらわれた人たちを助けにいったのでそれが出来ません。

 お姉様の性格ですと、助けない選択肢はありません。乗合馬車の乗客の中には反対する方、町に戻るべきだと主張する方がいましたが、お姉様やロックさんが残る決断をしたので諦めたようです。

 それでも最初は文句を言う方がいましたが、ロックさんの「勝手に戻ればいい」との冷たい一言で黙ってしまいました。

 今日は快晴、天気が良く、木を打ち付ける音だけが響いています。平和です。

 このまま何事も起こらなければ良いのにと思います。

 そんな淡い期待は、昼前に打ち破られてしまいました。

 見張りをしていたエルクさんが声を張り上げました。

 ロックさんのパーティーメンバーの一人、ドレイクさんが見張り台に走ります。

 私はお昼の準備を中断して、2階に移動して窓の外を覗きました。

 あれは土煙でしょうか? 目を凝らすと馬車がこちらに向けて走ってきます。

 荷台の幌はボロボロです。

 あ、馬車が停まりました。

 荷台が傾いています。良く見ると車輪が壊れているのが見えました。

 ぞろぞろと荷台から人が出てきて、走り出しました。

 こちらに向かってきます。

 あ、足がもつれて転んだ方がいます。けど誰も助けようとしません。

 真っ直ぐ村に向かって走ってきます。

 私たちが前日に泊った場所に向かい、そこで立ち止まっています。

 いない事に戸惑っているのでしょうか?

 悲鳴が聞こえました。

 声のする方に目を向けると、先ほど転んだ方がそのままいました。

 何処を見ているのでしょうか? 視線を追うと、黒い影が見えます。

 その影は徐々に大きくなってきます。オークです。

 先に村に逃げて来た人たちもそれに気付き慌てています。

 どうすればいいのでしょうか?

 声を掛けるべきでしょうか?

 このままあの人たちを追っていってくれたら、私たちは安全にやり過ごせるかもしれません。

 分かりません。私にはどうすればいいのか。

 宿の中が静まり返っています。

 皆息を殺しているのか、物音一つ聞こえません。

 一人が村の外に向けて走り出しました。

 それに釣られて残った人たちも走り出します。

 あと少しで村から出ようというところで、誰かがこちらに気付きました。

 進路が変わりこちらに走ってきます。

 壁に囲われた建物を見上げ、唯一の出入り口である門のところにきて門を叩いています。

 鈍い音が響きます。

 何事かわめき声のようなものが聞こえます。

 ロックさんが踏み台に乗って向こうの人たちと話しています。

 罵詈雑言が聞こえてきました。

 ある意味凄いと思ってしまいました。

 今の自分たちの境遇を理解しているのでしょうか?

 ロックさんがアイザックさんとドレイクさんを呼んでいます。

 二人が駆け寄ります。

 どうやら門を開けるようです。

 門が開くと、我先にと逃げ込んできます。必死なのはわかりますが、醜いと思ってしまいました。中には「何でさっさと入れないんだ」と罵る方もいます。

 全員が中に入ったら門が締まりました。

 人数は十五人います。

 そのうち二人をアイザックさんとドレイクさんが拘束しています。

 罵り声を上げた二人のようです。抵抗をしています。

 あ、殴りました。ゴツンという鈍い音がこちらまで聞こえてきました。

 ロックさんが何事か話しています。

 皆さん神妙な態度で話を聞いています。

 縛られた二人は放置して、ドレイクさんが残りの十三人を連れて建物に入ってきます。

 雄叫びが聞こえました。

 その声でオークのことを思い出しました。

 見ると、残された方が殴られています。袋叩きです。

 オークが動きを止めると、殴られた方はぐったりとして動きません。

 それを見て恐怖を覚えました。言い知れない不安が体を支配します。

 何故でしょう。オークとはダンジョンで何度となく戦いました。

 戦えるはずです。自分に言い聞かせても、不安は消えません。

 何故でしょう? 問いかけます。

 ……そうです。ここにはお姉様がいません。一緒に戦った仲間がいません。

 だから不安なのです。

 何で私はお姉様に付いて行かなかったのでしょうか?

 分かっています。お姉様はこちらに残る人たちのことを心配していました。

 ロックさんたちが魔法を使えないということで、私がこちらに残りました。

 負傷者が出るかもしれないと心配して、トリーシャをこちらに残しました。

 信じるしかありません。お姉様たちが戻ってくるのを。

 それまでここを死守しないといけません。

 私は言い聞かせます。自分自身に。

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