第54話 攻防戦・7

「ダンジョンで一度戦ったことがありますわ。ただあの時はAランクの方を含む五パーティーによる合同クエストでしたわ」


 ダンジョンに発生したオーク軍団討伐クエスト、ね。


「実際に刃を交えたことは?」

「ありませんわ。私たちはその周囲のオーク討伐が主な任務でしたの。ただ遠目に戦っているのは見てましたわ。正直戦いたくないと言ったところですの」

「今の実力でも無理か?」

「はいですわ」


 予想以上の強敵か。ハードルがさらに上がった気がする。


「相談は終わりか? ならろうか!」


 牙をむき出しにして、一歩、二歩とゆっくりと間合いを詰めてくる。

 余裕の行進か? けどただ歩いているだけなのに、隙が全くない。

 頭を切り替える。あれをオークとは思わない。人間と戦うつもりで戦う。

 俺は前に出て斬りつける。もちろん馬鹿正直に正面からではない。いくつかのフェイントを入れて、強弱を付けて振るう。

 それをロイドは軽くいなす。まるでつまらないものを振り払うように。

 討ち付けるだけで手に響く。討ち合うだけで手に疲労が溜まる。体力を奪われているような錯覚を覚える。


「つまらン、つまラン、つマラン、ツマラン!」


 一撃ごと威力が上がっていく。手が痺れて感覚が消えていく。

 今俺は剣をしっかり握っているのか?

 大きく振りかぶって、その凶器を振り下ろす。

 動作が大きかった分だけ避ける余裕が出来た。

 剣で受け止めるのを瞬時にやめて飛び退いた。

 討ち付けられた剣は地面を穿うがち、大きな地響きを鳴らした。

 マジか。どんな力してるんだ。

 しかも地面に打ち付けたら自分にも反動が返ってきそうなのに、そんな事は微塵みじんも感じさせない。


「一人では無理ですわ。私も戦いますわ」


 気丈に言ってきたが、まだ声が震えているな。

 俺よりも相手の力量が分かるのだろう。経験もしてるし。絶望的な戦いだと思ってるんだろうな。実際そうだけど。

 俺はレイラと並ぶと、魔力を練って魔法を待機させる。

 果たして二人で戦って、この怪物にどこまで抵抗出来るか。


「遊んでやる」


 それを見て余裕の表情で佇むロイド。戦闘狂か? 違うな、戦うのが楽しいのではなく、蹂躙するのが楽しいんだろうな。

 これで隙の一つも見せてくれるといいのに、剣を振るうその姿に隙はない。少なくとも、今戦った限りでは見つけられなかった。

 先行はレイラ。その剣戟は俺よりも早いか? 違う、単純な速度なら俺の方が上だ。洗練されていて、無駄がないから早く感じるんだ。

 むう、これが経験と練度の差か。けど俺剣士ってわけでもないしな。

 俺は邪魔をしないように、レイラが攻撃から次の攻撃に移るその間を埋めるように、ロイドに斬りかかる。もちろんそれ以外でのタイミングでも攻撃を仕掛ける。単調にならないように注意しながら、ロイドに攻撃させないように立ち回る。


「面白い。だが、まだ足りない。まだまだ足りない」


 大事なことだから二度言ったのか?

 馬鹿なことを考えていたら、急にロイドの剣戟の速度が上がった。

 速度で追いつかれたら、パワーで大幅に負けているこちらが不利だ。

 攻撃の出だしを上手く挫いて攻撃を防いでいたのに、それが通用しなくなる。

 徐々に押し込まれ、弾かれてレイラの体が流れる。バランスが崩された。

 追撃を防ぐためにこちらも剣を振るうが、歯牙にもかけず弾かれる。

 ロイドがレイラに向けて剣を構える。

 レイラはその剣を受け止めようと無理な姿勢で剣を構える

 俺は弾かれた間合いを詰めるために、着地したと同時にステップを踏んでロイドに斬りかかる。そこにはフェイントも何もない。素直な突撃。

 ロイドはそれに反応して体の向きをすぐにかえると、つまらないものを斬り伏せるように剣を構え攻撃の動作に移った。

 このままいけば真っ二つか?

 俺は待機させていた「ファイアーアロー」をここで放った。

 至近距離から顔面に向けての攻撃。

 しかしロイドは剣を巧みに使い、それを剣の側面で受けた。

 そこにソードスラッシュで斬りつける。

 ロイドの腕に直撃し、硬い金属を叩いたような感触が手に伝わる。

 ダメージは……僅かに血が出てるだけでほぼない感じか? 

 しかし傷を負わされたのを不快に思ったのか、今までどこか余裕を見せていたロイドが、感情的になって攻撃してきた。

 鋭い一撃。振り下ろしに対して、俺はアッパースイングのように剣を振り上げる。

 今までにない重い一撃。

 このままでは押し潰される。歯を食いしばり、必死に耐える。

 不意に、腕にかかっていた衝撃が消えた。

 見るとロイドが驚きの表情を浮かべ、視線を下げる。

 その先には、ミスリルの剣が腹から生えていた。違う、レイラが突き刺したのだ。

 感情的になり、一瞬できた隙。そこを付いたのだ。


「き・さ・ま・ぁ~~~」


 それは技などない。力任せの一振り。

 剣の腹が空気抵抗をものともせずに、レイラの体を打ち付ける。これが刃だったら、間違いなく致命傷だったに違いない。

 寸でのところで剣から手を放し、後ろに飛び退いたから、辛うじてダメージを緩和した。だがロイドの腕力は並大抵ではない。意識が混濁しているのか、地面に体を打ち付けて派手に転がり、止まった時に上げた顔の焦点は合っていない。

 仕留められなかったことに怒りを覚えたのか、ロイドは止めを刺すためレイラを追う。投げナイフや斬りつけるなどして、どうにか足を止めようと試みるが、蠅を払うような仕草で攻撃を受け流し、その足は止まらない。軽く触れただけで、吹き飛ばされる。

 既に俺のことが頭に入っていない。見ているのはレイラのみ。

 レイラもそれが分かっているのか、本能で立ち上がろうとするが、体が思うように動かないのか動きが鈍い。

 ロイドはレイラに絶望を植え付けるように、ゆっくりと歩いて近付く。屈辱を与えた者に、恐怖を刻むように。

 俺は手持ちのナイフを投げきると、切り替えて走る。もう何をしても止められない、それなら先回りした方がいい。だが間に合うか。

 近付く。近付く。近付く。互いのレイラへの距離が縮まる。

 先にレイラの間合いに入ったのはロイド。まだ立てないレイラを見て、見下し、顔を歪め、恐怖を煽るように、ゆっくりと剣を振り上げる。一撃で仕留めず痛めつけるためか、腹の面を正面に向けて振り下ろす。

 俺は構わず飛び込むと、レイラを抱えて剣の間合いから逃げるように飛ぶ。

 しかし完全に逃げることが叶わず、剣先が背中に打ち付けられる。全身がばらばらになるのかと思うほどの痛みが、駆け抜ける。それでも腹の部分だから斬り裂かれることはなかった。運が良かった。

 これって、ある意味掠っただけだよな。それでこの痛みか。

 腕の中でもだえるレイラのことを想うと、ロイドに対して沸々ふつふつと怒りが湧いてくる。

 許せない。なぶるその行為が。許せない。彼女をけなすその姿勢が。

 そして同時に自分に対して怒りも感じる。甘いと。強者に対して、全力を出し切れていなかった、と。

 俺はアイテムボックスから銃を取り出した。

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