第53話 攻防戦・6

「ケーシーちゃん、そっちをお願いですわ」

「ルイルイ、援護を」

「お姉様、下がって。前に出すぎてます」


 俺はその光景を見て息を飲んだ。

 オークの動き。それは訓練をした軍隊の動きのように統制が取れていて、力技で相手を倒すのではなく、技術で相手を追い込むように動いている。互いが互いをフォローし合い、決して致命傷を受けないように戦っている。


「このままは良くない。援護しないと」


 タリアの声に焦りを感じた。

 戦闘が始まって既に十分以上が経過している。

 援護しようとしたが、それを見越してオークたちが動く。それはさながら一個の生物のように淀みなく、隙がない。

 このまま戦闘が続けば、先に息切れするのはこちら側。魔物と少女たち、体力の差は歴然としている。

 運が良かった。奇襲がもし成功していなかったら、もう押し潰されていたかもしれない。そう思わせるような動きだ。また、こちら側の誤算として、ヨルとトリーシャの不在もあるのだろう。

 隙を作る? どうやって。魔法にしても単発の魔法ではあの盾持ちが防いで終わりかもしれない。なら範囲魔法か? 威力はこの際無視して、隙を作ることを考えて放てばいいのか。

 今レベルの高い魔法は火と土か。同時に使えば相手の虚を付けるか?


「レイラ。魔法で援護する」


 短く叫び、魔力を練る。右手で火を、左手で土を。並列思考の為せる技だな。

 威力は必要ない、怯ませればいいのだ。

 ヒカリを見ると、気配を消して動いていた。


「いくぞ」

『ファイアーストーム』『ストーンシャワー』


 心の中で唱えた魔法が発動する。

 オークの集団の右側にはファイアーストームが、左側にはストーンシャワーの魔法が襲う。

 突然の魔法の襲撃に、オークたちが怯む。魔法の直撃を受けたものもいたが、ダメージは入っていない。オークはその見せかけだけの魔法に余裕の笑みを浮かべたが、すぐにそれが消えた。

 それは一瞬の隙。ヒカリが死角から飛び出して一体、二体と斬りつける。もちろんダメージらしいダメージは入っていない。

 レイラとケーシーも動きが止まったのを見逃さず、連携して二体のオークを斬り伏せた。

 ルイルイの矢は防がれたが、レイラとケーシーを襲おうとしたオークの出鼻を挫くことに成功した。

 二体が倒れ、二体の動きが徐々に悪くなった。

 それは拮抗していた力のバランスの崩壊を意味し、傾いた勢いを止めることが出来なかった。一体、二体と次々と倒れていき、最後の残り一体となった。その個体も避けきれなかった切傷から血が噴き出し、肩で大きく息をしている。

 満身創痍。だけど油断なくレイラたちはオークを囲い仕留めにかかる。オークは観念したのか、盾を投げ捨てると、今までにない雄叫びを上げた。それは地面を揺らすような、洞窟内に響きわたるような大音声だった。

 その音に押されるように、オークはレイラに突撃してきた。

 鉄砲玉。その無謀な突撃は、しかしレイラの斬撃の前にその動きを止めた。オークの一撃を躱すと、すれ違い様にその首を刎ねたのだ。


「終わりですわ」


 無事倒すことが出来たが、それも紙一重の攻防だった。実際レイラも、ケーシーも、ルイルイも、終わった時には大きく息を乱していた。

 俺は今にも倒れそうな三人に近付き、追い越し、反対側の通路に向けて力の限り剣を振り下ろした。

 渾身の一撃は軽々と止められた。出会い頭の一撃に相手も驚きを見せたが、すぐにそれは対応してみせた。

 俺は攻撃される前に大きく後ろに飛び退いた。


「なあ、あれと戦ったことはあるか?」


 驚きの表情を浮かべているレイラに尋ねた。

 多分、他の三人も同じような反応をしているんだろうな。


「ええ、ありますわ」

「勝算は?」

「…………」


 返答はなかった。何かを我慢するように、ただ目の前の敵を睨んでいる。


名前「ロイド」職業「——」種族「オークロード」レベル「85」


 高レベルだ。威圧感も半端ない。

 だけど。

 そう、だけど。

 絶望的にはならない。

 イグニスと会った時に感じたものが、こいつにはない。

 とはいえ、軽々しく攻撃を受け止めたその力と技量は紛れもない実力。倒せるというおごりも俺にはない。頭を支配しているのは、いかにこの場をやり過ごすか。


「レイラ。こいつの足止めをする。その間に彼女たちを逃がせ」

「無理ですわ。貴方一人では」

「だが数がいても意味はなさそうだぞ、あれは」

「……ケーシーちゃん」

「はい、お姉様」

「私もここに残りますわ。後の指揮は貴方に任せますわ」


 頼まれた彼女は返答に困っている。多分、オークロードの強さを知っているのだろう。いつもならすぐに従う彼女が、戸惑っているように見える。


「頼みましたわ。ルイルイちゃん、タリアちゃんもお願いしますわ」


 悩んだ末、ケーシーは退き、捕まっていた女性たちの元に行った。何事か少し言い合っていたが、多分残りの二人のことだろう。

 だけど強い口調で言われ、女性たちは洞窟の出口に向かって走っていく。もちろんその傍らには、ケーシーたちもいる。


「主、残って戦う」

「ヒカリも向こうを頼む」

「けど……」

「足手まといが多くいる。ヒカリがいてくれた方が安心だ。それに、俺が強いのはヒカリが良く知っているだろう」

「……うん。主、気を付けて」


 そのやり取りを、オークロード、ロイドは興味深そうに見て、聞いている。


「さて、待たせたな」


 俺はロイドに話しかけた。


「ククク、どうせ結果は同じ。むしろ貴様たちを蹂躙し、狩る楽しみが増えるだけだ」


 すると返事が返ってきた。

 上位種の中にいは、会話の出来る魔物もいると聞いたことがある。またその魔物たちは、知能もいちじるしく向上しているという話だ。


「さて、どうやって戦えばいいかな?」


 俺はロイドを前にして、経験者に尋ねた。

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