第52話 攻防戦・5

 弓を構え、静かに弦を引く。その手には矢が二本。一本が弦にセットされている。

 しばしの静寂。見てるだけでこっちも緊張してきた。


「撃ちます」


 言葉と共に矢が飛び、到達する前に再び弦が引かれ追うように矢が飛ぶ。

 と、同時にタリアが駆ける。

 一本目の矢がオークの眉間に吸い込まれる。

 小さな悲鳴が上がり、オークが倒れる。

 音に反応して横を向いたオークの左目に、二本目の矢が刺さった。

 しかし倒すには至らず、持っていた槍を構えた。

 違う、構えようとした時にはタリアが接近を済ませ、短剣を一閃。首を深く切り裂き、一撃の元葬り去った。

 切れ味が鋭いのも納得。水晶のような刃、あれはミスリルだ。レイラとケーシーの持つ剣も同様にミスリル製だ。ファンタジー定番の鉱石か。初めて見た。

 鑑定すると魔力伝導率が高い鉱石。魔力を込めるとさらに切れ味が増す、とある。

 俺たちも入口まで移動し中を伺う。薄暗い洞窟内は、ここからだと明かりがなく見通せない。普通ならだが。レイラたちも首からかけた首飾りの魔道具の効果で問題なさそうだ。ヒカリは……まぁ、大丈夫か。


「どうですの、ルイルイちゃん」

「……内部はいくつかの部屋に分かれているみたいです。……牢屋のようなものを確認しました。連れていかれた人を確認しました……」

「ルイルイちゃん、そこまでで良いですわ」


 見ると酷い脂汗をかいている。顔色も悪い。


「無理は駄目だよ。牢屋の場所は分かる?」


 タリアの質問にルイルイが牢屋の方角を伝えている。

 それが終わるとタリアを先頭に洞窟の中に足を踏み入れた。

 入口は暗かったが、しばらく進むと明るくなってきた。壁が光っている? 鑑定すると光石とあった。効果はただ単に暗闇で仄かに光るとなっている。

 特に等間隔に配置されてるわけでもなく、乱雑に壁に埋まっているのを見ると、もともとそこにあったのだろうと思われる。

 洞窟は一本道で、しばらく進むと悲鳴のようなものが聞こえて来た。洞窟に反響しているが、これは人の悲鳴。それも女性のものだ。

 悲鳴が大きくなった時、道が二つに分かれた。声は右側から聞こえてくる。MAP上で左側を見ても、そちらには誰もいない。

 足音を忍ばせて進み、タリアが立ち止まる。

 そこはひと際大きな空間になっていて、奥の方に牢屋と思われるものがある。オークが部屋の中央を囲うように座っている。食事をしているのか、匂いが香る。下品な笑い声を上げている。

 中央にはオークと人間の女が一人。そこでは目を覆いたくなるような行為が行われている。ただ凌辱するだけでなく、無造作に、楽しそうに時々殴っている。鈍い音が響き、一際大きな悲鳴が上がる。


「何てことを……」


 レイラは剣の柄に手をかけたが、思いとどまったようだ。怒りに任せて突撃するようなことをしなかった。


「タリアちゃん、わかりますの?」

「牢屋の中と、あそこにいる人以外はこの空間にはいないと思う」

「そう、ルイルイちゃん大丈夫ですの?」

「……はい、私にやらせてください」


 通路を少し戻り、相談を始める。

 ルイルイが女性を襲っているオークを攻撃。レイラとケーシーが座るオークを左右に分かれて攻撃。タリアは女性を救出後、牢屋に向けて移動。俺とヒカリは牢屋に向かい、オークが襲ってきたらそれを撃退する。

 最初俺が女性を救いに行くか尋ねたら、大丈夫と言われたので任せることにした。小柄のタリアがぐったりしている女性を背負えるか心配だったが、それは問題ないらしい。俺は回復とスタミナポーションをタリアに一応渡しておいた。


「ルイルイちゃん、合図をよろしくですわ」


 弓を構え集中。俺の方からだと見えないが、ルイルイはギリギリオークと女性が見えるところで、チャンスを伺っている。出来るだけ離れた時に攻撃するつもりのようだ。

 悲鳴が聞こえるごとにルイルイの体が震えるが、弦を引く手は動かない。

 どれぐらい待ったか、一際鈍い音がして女性の体が大きく飛んだ。オークとの距離が空いた。オークは笑いながら女性に歩み寄ろうとして、その後頭部に矢が突き刺さった。

 オークの体が矢の勢いに押されて、大きな音をたてて倒れる。

 その時には既に俺たちは走り出していた。

 レイラとケーシーは素早く走り、不意を付いて一刀のもと切り伏せている。

 タリアは素早く女性に近付き、ポーションを一先ず振りかけて背負うと牢屋に向けて走る。それを邪魔しようと動くオークには、ルイルイが狙撃して行動を阻害している。

 俺たちは牢屋に真っすぐ走り、途中行く手を阻もうとするオークを撃退する。ソードスラッシュを使い、こちらも一撃必殺を心掛けた。ヒカリは無理せずヒット&アウェイで翻弄ほんろうしている。ヒカリの短剣は麻痺毒を付与させるから、深追いして仕留める必要が今はない。

 牢屋の前に到着した頃には、流石にオークも体勢を整えていた。バラバラに仕掛けて各個撃破されたのを警戒してか、隊列を組んで無理に突撃してこない。

 こちら側もルイルイが最後に合流し、レイラとケーシーを前衛に、ルイルイを後衛に隊列を組んだ。残りの俺たちは遊撃とさらわれた女性たちの護衛だ。今はタリアが牢の鍵を開けているところだ。

 この攻防で、広間にいたオークの半数以上を殺害した。残りは八体。

 MAPを見ると奥に一体の反応があるが、気付いていないのか部屋からは出てこない。ただ気になるのは、他と違ってそいつだけ魔力量が違う。魔力察知で見ると、他と比べて倍以上の差がある。さらに悪いことに、その個体の近くに二人の人間の反応がある。


「これで全員ですか?」


 タリアの質問に、二人奥に連れていかれたという声が聞こえた。

 見ると衣服はボロボロで、痣のある者、頬をはらす者、足を引きずる者、無傷の者は誰一人としていない。布をいくつか取り出し、ポーションと共に渡す。最低限歩くようになってもらわないといけない。在庫は減ってきたが出し渋りする訳にはいかない。

 移動できる環境が整った頃、対峙していたオークが雄叫びを上げて動きだした。

 それは先ほどまで見せていた動きが嘘のような、統制された精練した動きだった。オーク八体が、一つの生き物のように足並みを揃え襲い掛かってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る