第48話 攻防戦・1

 揉めに揉めた。

 生き残った村人から聞いた話で何が起こったのかが分かった。

 オークの群れが昼過ぎに村を襲撃し、村人を蹂躙じゅうりんさらった。

 その後オークは女を連れて村をでるもの、残って虐殺を働くものの二手に分かれた。殆どが村を去ったが、残った村の防衛力ではその数体を倒すことも出来ず、あとは死を待つだけと思っていたらしい。


「最初の襲撃で男たちの殆どが死に、女が連れていかれた。今ここに残っているのは、ただ、運が良かっただけ。それだけだ」


 なかには最初の襲撃の時に攻撃を受けて気を失い、気付いたら今に至るという者もいた。


「魔物の考えは分からない。ただの気紛れだったのかもしれない。俺が助かったのは」

「私を助けようとお姉ちゃんが家を飛び出して、私何も出来なかった。声を出すなって、静かにしてなさい、って言われて……」


 悲痛な叫び声。苦悩、後悔、負の感情が渦巻いている。

 それを聞いて商隊のリーダーや冒険者たちが集まり相談している。

 もうすぐ日が暮れる。進むかこの場に残るか、馬の状態を見る限り難しそうだ。

 残った者は村中に散らばる遺体をかき集めた。そのまま放置すれば疫病の原因になる可能性もあるし、何より放っておくことが出来なかった。見張りをする冒険者以外の男が手分けして作業にあたった。

 作業をしている段階で、既に方針は固まっていたと言えるだろう。

 本気で村を発つつもりなら、遺体の処置などしないでさっさと出発していた。それをしなかった時点で、予定通り村で一泊することになっていた。


「兄ちゃん、行商人って話だけど戦えたんだな」

「個人で行商をするなら自衛する力は必要だからな」

「主は、守る」


 夜の食事の席で、今後の予定が話し合われている。

 基本的に冒険者の見張りに関することなので、俺たちには関係がない。関係はないが、オークを狩れる力量を示したためか、何かあったら力を貸して欲しいと頼まれた。


「それは俺たちに依頼を出すということか?」

「……そうなりますね。どうでしょうか?」

「いくら出るんだ?」

「おい、こんな時に何言ってる。非常事態なのは分かってるよな?」

「それは分かってる。だがそれとこれは別だろ? それともあんたらは、非常事態なら善意で無償で仕事を請け負ってくれるのか?」


 護衛冒険者の非難の声に対して、逆に問いかける。

 返答はない。当たり前だ。頷くようなら、そいつはギルドからの強制依頼を、無償で請け負うと言うようなものだから。

 そもそも商隊や乗合馬車は安全に旅を送るための護衛を雇う。特に乗合馬車はお客様を乗せているからその点は特に注意する。いかなる事情があるにしても、その安全が崩れれば責任を負うのは腕の良い護衛を雇わなかった商隊や乗合馬車の主だ。第三者からすれば、お金を渋って護衛を用意しなかったんだろ? となる。


「主、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ」

「何で助けてあげないの?」

「魔物の数が多いようだから、襲われたら全てを守ることは無理だろう。依頼を受けるとな、そこには義務が生じる。それこそ護衛対象を逃がすために囮になったり防波堤になったり時間を稼がないといけなくなる。俺にとっては赤の他人よりも、自分自身とヒカリが大切だからな」

「だから断った?」

「そうだ」

「分かった。納得した」


 その会話を聞いていた乗合馬車の客たちは、納得半分不満半分と言った感じだった。それに支払い云々の話で文句を言ってきたのは、護衛の冒険者。本来ならそれを決定する商隊リーダーの話に割って入った時点で、その冒険者が依頼の話を潰したとみなされても仕方がない行為だということだ。


 事件は翌朝に起きた。

 目を覚ました客の一人が外に出ると、そこには二台の馬車が残されているだけで、他の馬車、荷馬車の姿が消えていた。もちろんそれを管理利用する者もいない。

 さらには馬車の車輪が壊されていて、すぐに出発出来ないように工作されていた。

 御者はそれを見て顔面蒼白になった。

 騒ぎを聞きつけた乗客が集まり、その視線が一点に注がれる。もちろん俺ですが、何か?

 その視線は雄弁に物語っている。お前が揉めたからこうなった、のだと。

 だがそれを気にした様子のない一団もいる。


「兄ちゃん、これっ……」


 文句を遮るようにヒカリが前に立ち、相手を睨む。

 その眼光に気圧された男は息を飲む。


「つまらないですわ。とんだ言いがかりをつけるなんて」


 可笑しそうに女が言う。その周囲に立つ五人も、同意を示す様に頷いた。


「それよりも建設的なお話をするのですわ」

「何を話すってんだ」

「もちろん、オーク退治ですわ。それとも抵抗しないで殺されるのを待つのですの?」

「いや、しかし……」


 女の提案に、御者と半数の乗客、一二人の村人は驚きと困惑の表情を浮かべた。


「私はレイラ。ブラッディーローズのリーダーをしてますわ。こちらパーティーメンバーのヨルちゃん、ケーシーちゃん、ルイルイちゃん、トリーシャちゃん、タリアちゃん、ね」


 レイラの説明に順番に頭を下げていく。年齢は皆若い。俺と同じぐらいか、少し上ぐらいな気がする。


「その意見には同意だ。俺はロック。こっちは仲間のアイザックとドレイクだ。全員冒険者ランクはBだ」

「な、なんで冒険者の方が乗合馬車に?」

「降臨祭に行くためだが? たまには休むことも必要だからな」

「けど装備をもってないですよね?」

「そんなものアイテム袋に入ってる。それより他には戦える者はいないのか?」

「お、俺も一応は戦える。エルクだ」


 村人の一人が進言した。


「それではそちらの二人を入れて一二人ですの。防衛は私たちが請け負うので、残った皆さんはまずは馬車の修理を御者さんの指示に従ってやってください」

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