フリーレン聖王国編

第41話 ヒカリ

「……目を覚ましたか」


 火を囲い料理を作っていると、今まで眠っていた少女がもぞもぞと動き目を覚ました。

 少女は起き上がり、ふと動きを止めた。視線は両の手に注がれている。


「悪いが拘束させてもらった。理由はわかるか?」


 ぼんやりと、少し眠そうな目で首を傾ける。分かってないな。


「自分が何者か分かるか?」

「……私は13号。お前を……」


 動揺して戸惑っている、ように見える。混乱しているのかもしれない。


「ゆっくりでいい。思い出したことを話せ」

「……私は命令を受けていた。そう、確かお前を監視する。必要なら連れ帰る、と」

「今もその命令に従う意思はあるか?」

「……わからない。何をすればいいか分からない」


 力なく項垂れる様は、心の底から困っているように見える。

 これが演技なら女優になれそうだ。


「自分のことで分かっていることがあるか?」

「……私は拾われた。そこで訓練を受けた。他は何もない」


 その時可愛らしい音が鳴った。目の前の鍋からは食欲をそそる良い匂いがする。

 うん、今回のスープは自分でも会心の出来だと思う。オーク肉のお陰かもだけど。


「今から拘束をとるが、敵対しないと誓えるか?」


 腕を見て、スープを見て、腕を見て、スープを見て首を縦に振った。

 俺はスープを器によそうと、拘束具を錬金術で解除して、その手に器を渡した。


「ゆっくり食べな」


 コクリと頷き、スープを口にする。

 無表情に食べてるが、手が止まることはなかった。すぐに空になり、物欲しげに見て来たからお代わりを注いであげた。

 鍋の中の殆どを食べつくしてお腹がいっぱいになったのか、うとうととし始めた。

 これ以上話を続けるのは無理そうだと思い、この日は休むことにした。

 流石の俺も、丸二日歩き通したから疲れている。肉体的にではなく、精神的に。

 すぐに離れたかったとはいえ、我ながら無理をしたと思う。途中休憩をとったが、ろくに寝れていない。歩き慣れていない森の中を突っ切っているのも影響しているのかもしれない。

 俺はMAP表示で周囲の確認をして、横になるとすぐに眠りに落ちた。



 微かな物音を拾い、沈んでいた意識が呼び覚まされた。

 闇夜に目が慣れると、ぼんやりとだが周囲を見ることが出来るようになった。

 音に耳を傾けるとすぐに発生源は分かった。

 13号が苦しそうな表情を浮かべ、もだえている。

 ここ二日間はこんなことがなかった。目を覚まし、会話を交わしたことで何か変化が起こったのか?

 病気の人の不安を取り除くために、手を握るシーンを何かのテレビで見たことがあったな。それを思い出し、効果があるか半信半疑のまま13号の手を握った。

 すると落ち着きを取り戻したのか、静かな寝息をたて始めた。

 あれは本当だったんだ、とちょっと感動していたら、不意に抱き着かれた。

 力はそんなに強くないが、その安心しきった顔を見ると無理にはがすことが躊躇ためらわれる。絵面はお巡りさんがいたら通報レベルだが……。

 少しの葛藤後、諦めて休むことにした。起きた時に刺されてないことを祈ろう。



 目の前には相変わらずの無表情の少女がいる。

 目を覚ましたら目が合った。俺抱き着かれてたんだよな。決して腕を回して俺が抱き着いていたわけではない。

 何処か気まずさを覚えながら朝食をつくる。今日は野草とウルフ肉のスープだ。

 スープを差し出すと黙々と文句も言わずに食べた。ただ腹が減ってただけか?


「なぁ、自分の名前はわかるか?」

「私は13号」

「違う。本当の名前だ」


 分からないと首を傾げる。

 覚えてないのか、忘れてしまったのか。流石に13号と人前で呼び掛けるわけにはいかないしな。

 鑑定して読み取った本当の名前を告げるのが一番か? 仮面をしてた時はわからなかったのにな。


「君の名はヒカリだ。そう言われていたことは覚えているか?」


 また首を傾げられた。


「……ヒカリ、ヒカリ、13号、ヒカリ……」


 何度も呟いているがしっくり来ていない様子だ。

 長いこと13号と呼ばれ続けていたのかもしれない。一、二年であれほどの腕になるとは思えないしな。どれぐらい前からこのようなことをしていたか聞いたら、覚えてないと言われた。


「ヒカリと名乗るのに抵抗のようなものはあるか?」

「……特にない。それが命令なら従う」


 別の名前でも命じれば従いそうだ。

 命令されることが当たり前になっている。洗脳か?

 俺のネーミングセンスは……人並だと思いたいが、下手に命名するなら元々の名前で呼んだ方がいいだろ。


「分かった。これからはヒカリと名乗れ。あと、俺のことはソラと呼べ」

「ヒカリ……ソラ」


 なんか心配になってくる反応だな。仮面の影響が出てるのか、元々の性格なのか判断に苦しむな。環境がそうさせてしまったのかもしれない。


「俺の事情はある程度理解、覚えているか?」

「うん、ソラ異世界から来た。私は監視してた」

「それで連れ戻そうとしてたんだよな」

「うん、強いと判断したら連れて来るように言われた」

「俺は戻るつもりはない。ヒカリは今、俺を連れて行こうと思っているか?」

「……分からない」

「分からないは駄目だ。自分で考えろ」


 正面から目を見て訴えた。

 命令されれば楽なのかもしれない。

 けど先々のことを考えたら、流されるだけでは駄目だ。この子のためにも。


「……ヒカリあそこ帰りたくない。ソラ温かいご飯くれた」


 しばらく悩んでいたが、ポツリと呟くようにヒカリが言った。

 餌付けなのか?

 苦笑しヒカリを見てギョッとした。

 両の瞳からポロポロと涙を流していた。

 本人は気付いていない、みたいだな。

 俺は何気なく頭を撫でた。

 ヒカリは不思議そうに見てきたが、特に抵抗することなく受け入れ目を細めた。口元がぎこちなくひくひく動いている、ように見えた。

 やることがまた一つ増えたか。旅は道連れ世は情け、だったか?

 小さな同行者が仲間になった。

 

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