第39話 邂逅・3

「手始めに、そうだな……」


 無造作に歩を進め13号に近付いていく。

 その足取りは、ちょっとそこまで散歩してくる、みたいに軽快。

 警戒を見せた13号だったが、気付いたら捕まっていた。

 隷属の仮面を鷲掴みにされ、身長差からその体が宙に浮く。

 足をバタつかせ、手を必死に動かすがビクともしない。


「何を……」


 魔力が爆発した? 

 空気を震わせるほどの濃密な魔力を肌で感じた。

 それこそ目で見えないはずの、魔力の層のようなものが目視できるほどだった。

 パリン、と甲高い破砕音がして、13号の体が落下した。

 魔人の手の中には、砕けた隷属の仮面があった。


「今のは?」

「魔力をぶつけて仮面を破壊した。誰もが使える方法ではないがな。安全、確実に解除したいなら契約者を殺した方が早い」


 事もなげに言うが、誰もが使える方法ではないだろう。


「では、次は約束を果たしてもらおうか。覚悟はいいな」


 答えるよりも先に、既に目の前にいた。

 予想していたとはいえ、ここまで力の差があるともう笑うしかないか?


「俺はどうすればいい?」

「そこに立っていればいい。あとは勝手にやる。……制約内容は……魔王様に害を為すことを禁止する」


 宣言し、意味の分からない、聞き取れない言葉を唱え、最後に魔力が込められた。

 指先から放たれた濃密な魔力は、体にまとわりつき、最後は心臓の中に吸い込まれていった。


「聞いてもいいか?」

「何だ」

「魔王を害する、とは。魔王と敵対するなということか?」

「違う。魔王様を傷付けることを許さないということだ」

「それは物理的にということか?」

「そうだが。それが何か?」

「否、想像してたのと違ったからな」


 もっとガチガチに禁止事項に縛られると思っていたから少子抜けした、とも言う。


「我の得意とする魔法ではないからな。条件を色々付与するよりも、シンプルにした方がより強固になる。複雑なものだと失敗する可能性も高いからな」

「それだけあんたにとって魔王は大事ということか……」


 変なことを言っただろうか? 俺の言葉に魔人は驚いたような表情を浮かべた。

 自覚なくやっていたということかな。


「それで俺はこれからどうすればいい?」

「自由にすればいい。制約さえ守れば文句はない」


 実にアッサリとした物言いだ。


「魔物を討伐するのは問題ないのか?」

「別に我らの配下というわけでもない。好きにすればいい」

「他には仲間、魔人? の同族が他にいるようだったら、会った場合どうすればいい?」

「気に入らなければ敵対すればいい。我々は基本的にお互い好きなようにやっているからな」


 思考回路が、考え方がまるで分からない。

 制約を受けたとはいえ、これではほぼ自由ではないか。

 なんか調子が狂うな。


「あと、あれは大丈夫なのか?」


 横たわる13号を指して言う。

 先ほどからピクリとも動かない。


「強制的に解除した反動がきたのだろう。しばらくすれば意識を取り戻すはずだ。意識を取り戻したあとのことは、どうなるかの保証は出来ない。心が壊れてる場合もあれば、命令を遂行しようとする場合もある。もちろん何ともないこともある。そこは個人差だな」


 興味なさげに言うが、それってかなり危険だろう。

 最悪廃人だ、と。


「では我は行くとしよう。会うことはそうそうないだろうが、約束は守れよ」

「待ってくれ。まだいくつか聞きたいことがある」

「何をだ」

「オークを討伐中に現れたと聞いた。オークを率いていたのか?」

「あれはたまたまだ。召喚の波動を感じたからな。群れていたから異世界人がいるかと思って見に来ただけだ。ああ、戦ったのは勝手に攻撃してきたからな、身の程を教えてやったまでだ」

「それって、率先して人類? とは戦わないということか?」

「我はそうだが。他は違うだろうな。考え方は人それぞれだ」


 人? 確かに魔人と呼んでいるのはこっちの都合か。向こうからしたらこっちが人とは違う呼ばれ方をしてるかもしれないか。


「最後に一つだけ。俺はこの世界に召喚された時、魔王を倒し魔王の魔石を使えば元の世界に帰れるかもと言われた。それは本当か?」

「……くだらん。そんな話は聞いたことがない。少なくとも今まで我は目にしたことがないな。そもそも……」

「そうか……」

「驚かないのだな」

「良くある話だろ。願いを叶えるためには何々をする必要があるとか。言うことを聞かせるには都合の良い餌は必要だからな。だが、そうか……」


 やはり油断がならないというよりも、ずる賢い。許せない。


「悪いが頼みたいことが出来た。いいか?」


 うんざりした表情を浮かべてる。これだけ色々質問すれば鬱陶うっとうしく感じるのは仕方がないか。


「これは出来たらでいいんだが。もし異世界人を見つけたら、保護してくれないか?」


 お、興味深そうな表情に変わった。

 だが別段不思議なことじゃないんだよな。

 あの時の面々の表情を思い浮かべる。ちょっと許せない奴もいるが、あの状況だと仕方ないだろう。


「あいつらも勝手に呼ばれて、騙されて、いいように使われてるだけだ。だから話す機会が合って、もし戦うことをやめるようなら、保護してやってほしい」

「約束は出来ないがいいだろう、異世界人よ」

「ああ、頼む。それから俺はソラだ。頼んだぞイグニス」


 魔人……イグニスは驚いたようだが、すぐにカラクリを理解したのか、何も言わず飛んで行った。

 空を自由に飛べるとか、羨ましい。

 だが今はやることが色々ある。山積みだ。

 MAPを表示させて気配察知を使う。最大限に広げると、MAPの端に移動中の集団が表示された。合流して村から避難してる感じだな。

 俺はオーク二体……銃で殺した……をアイテムボックスに武器と一緒にそのまま収納すると、偽装工作をするべく動いた。

 まずはこの返り血を浴びたローブを切り裂き、放り投げる。

 折れた剣はそのままに、予備のポーチの金具を壊してオークの死体の近くに放り投げる。

 ポーチの中には割れたポーション瓶と、ギルドカードが入っている。

 壊れた隷属の仮面はそのままに、13号の上着を切り裂きそれも放り投げる。って、下に何も着てないのかよ。

 膨らみかけの小さな胸が上下している。生きてる証拠か。って違う。え、この子、女の子ですか。少し声が高いとは思ってたけど、少年なら声変わり前だしそんなもんと思っていた。慌てて予備のローブで身を包んだ。

 うん、なんかイグニスとの交渉以上に疲れた気がする。

 あ、13号が使っていたナイフだけは回収しておこう。便利アイテムだし。

 本格的に日が暮れる前に移動しないとな。

 俺は13号を背負うと、目の前に広がる森の中に足を踏み入れた。

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