第38話 邂逅・2
その姿に意識を奪われた。
それは一瞬のことだったが、それを好機と見て動いた者がいた。
13号。力が抜けたのを敏感に感じ取り、するりと拘束から抜け出した。
しまった、と思った時には既に手遅れだった。
逃がしたことを後悔しても仕方がない。実際問題、今はあちらの方が優先順位は上か。
俺は自然な動作を心掛けながら、相対する。
左側に魔人。右側に13号。三人の位置を線で結べば正三角形が出来そうだ。
「隷属の仮面か。人間は変わらんな」
汚物を見るように冷徹な視線。吐き捨てるような言葉が、身を震わせる。
「だがそれ以上に、貴様の存在が問題か? なぁ、異世界人よ」
目が笑っていない。睨まれているわけではないのに、体が委縮する。
気をしっかり持たないと駄目だ。
「何故、異世界人だと?」
魔王の手先。だがこれはある意味好都合か? 会話が出来るのならだが。
その脅威は既に経験者から聞いている。間違いなく、今の俺では勝負にならないだろう。
「ふむ。スキルで分かる、と言えば理解できるか? ではこちらからも聞こう。お前はここで何をしている?」
「オークの討伐だ。あれは……襲い掛かってきた」
13号を指して言う。
「討伐か。ますます分からないな。異世界人をこんなところで一人にする理由が」
心底分からないといった感じで聞いてくる。
「何故そう思うんだ?」
「異世界人と言えば、魔王を殺すための兵器だろう? それをこんな訳も分からない場所で消耗させるとは、今代の王たちの行動は理解に苦しむ。我々にしたら、歓迎すべきことだがな」
嬉しそうに笑うな。というか、異世界人というのは魔王に対して、何か有利に働く特別なスキルみたいのを持っているのか?
正直高ランク冒険者たちの方が強いと思うが。現状Cランクの人にも勝てないしな。否、あいつらなら可能なのかもな。
「残念ながら俺は異世界人ってだけで、呼ばれたその日にお払い箱になったぐらい弱いんでね。正直あいつらには腹立たしさしか感じないし、言いなりになるつもりはない。だから見逃してくれると、嬉しいな」
「……興味深い話だ、が。それを素直に信じる訳にはいかない。人間は、平気で他人を傷付け、嘘を付き、裏切る人種だからな」
否定は出来ないな。その心持は、この世界でも、あっちの世界でも同じか。利己的で自分勝手。それに当てはまらない者は、少数派だろう。
「否定はしないか」
「事実だと思うしな」
「ふむ、だが不確定な危険は取り除くのが一番だ。ここで処断するのが一番と思うが?」
抑圧されていた殺気が溢れ出した。
そんな言葉が出るほど、それは一気に膨れ上がった。
正面から受けて、気を失うかと思った。
身構えていたから辛うじて耐えられた。
俺にも魔人にも、その時予想外なことが起きた。
13号が殺気に反応し、突然魔人に襲い掛かった。
虚を突く攻撃。完全な死角からの攻撃(俺からは見えていたが)。
これ以上のないタイミングで仕掛けられた攻撃は、見向きもしない腕の一振りによって止められた。
「さっきは争っていたのに、次は守る? 理解に苦しむ行動だ」
跳ね返され、ボールのように飛んでいく。
地面に体を打ち付けながら転がっていくが、勢いがなくなるとすぐに止まり立ち上がった。
「命令を実行する。それを連れ帰る。邪魔者は排除する」
「……相手の力量すら理解できない。所詮人形か。お前もここで壊れていくがいい」
標的が変わった。
だが逃げることは出来ないだろう。
攻撃されたら終わり、死ぬまでの時間が伸びただけだ。
周囲を見回し、武器を探す。13号が落としたナイフがあった。
俺は13号の動きに合わせて動き、ナイフを拾って投げ付けた。
投擲されたナイフは13号に向かい、行動を阻害する。
「ほう。我の邪魔をするか。しかも敵を助ける?」
確実に殺しにかかっていたな。邪魔をしなければ13号は殺されたに違いない。
「出来ればそいつからは色々聞きたい。そうだな、例えばその隷属の仮面。それから解放することは出来るのか?」
「ふむ。それで我に何の利があると? それにどうせここで死ぬのだ、意味のないことだ」
ここで俺たちは死ぬから意味がないか。
人生の分岐点。今そこに立っているのかもしれないな。
失敗すれば
息を飲んだ。ゴクリと頭の中で響いた。
「この世界には、否、あんたは隷属の魔法を使えるか?」
「隷属魔法? 使えないが」
「ならそれに類する魔法は? 例えばあんたを裏切らない、もしくは害するような行為を禁止するような魔法は?」
「……似たようなものはあるな」
「ならそれを……」
可能性があるのなら、受け入れろ。死んだら全てお終いなんだから。
「俺に
探りを入れるような視線。俺は目を逸らさず正面から見返す。
音が消えた。
時間が止まった。
緊張感に包まれた。
一分、一秒が長く感じられた。
どれぐらい待った。
魔人の口が動く。
判決の時だ。
「……興味深い。何故そこまでする?」
「こんな訳の分からない世界に連れてこられて、こんな理不尽な死に方なんて受け入れらない!」
違うな。あの時追い出された時に感じたものは違う。
「否、俺はまだ見たことのないこの世界を見て回りたい。ここは俺たちの世界とは文化も、景色も、全てが違い過ぎる。あとは、単純に死にたくない。だから助かるなら、俺はあんたに従う。もちろん出来る範囲でだが……」
それが本音かもしれない。もちろん嫌なことは、可能なら断りたい。これ大事。
探るような目。観察されている。
「……いいだろう。
悪魔の契約かもな、これは。
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