第37話 邂逅・1

 アイテムボックスからマナポーションとスタミナポーションを取り出し、それぞれ飲んだ。味は相変わらず苦いお茶を飲んでいるような感じ。不味くはないが、好んで飲みたい味かというと飲みたいとは思わない。

 けど効果はあるんだよな。

 気怠さを感じていた体が確かに回復していく。

 ジュースみたいに美味しい味に改良できないかな。苦みの残る口の中を浄化魔法で洗う。魔法の無駄遣いだな。

 そんなことを考えながら背後を振り返った。

 そこには一人の人が立っていた。

 自然に立っているようで、隙が一切ない気がする。

 警戒しているのか、相対するには少し距離がある。


「何者だ?」


 いきなり襲ってこなかったことから会話をする気はあるのだろう。多分。

 しかしなんだあの格好は。全身黒ずくめで、目元を隠した仮面。忍者か? と思うような身姿だ。背は俺よりも頭二つぐらい低いな。


「……13号。異世界人、藤宮そら。力の確認をした。命により連行する」

「……監視してたわけか。何故だ?」

「知らない。力を有していたら連行するように言われただけ」

「ただ魔物を狩っただけだ。冒険者なら誰でもやることだ」

「……オーク五体を一人で狩る。誰もが出来ることではない」


 感情を感じさせない声で、淡々と話す。まるで機械のようだ。


「……報告になかった魔法の使用も確認した」

「断ったら?」

「……連行する。拒否は受け付けない」


 体がぶれたと思ったら物凄いスピードで迫ってきた。

 手にはいつの間に持ったのか、ナイフがある。

 とっさに後方に飛んだが、すぐに間合いを詰めてくる。

 銃口を向けた瞬間、銃口から逃げるように斜め後方に飛んだ。

 効果を知っているということか?

 およそ三〇メートル。その距離を保ったまま様子を伺っている。

 警戒してくれるのは嬉しい誤算だが、この銃、もう弾が入ってないんだよな。それに気付かれたら終わりだが、一番の懸念材料けねんざいりょうはそこじゃない。

 俺は銃をアイテムボックスに入れて、オークの使っていた剣を拾った。

 軽く振ってみたが重さは感じない。

 それを構え、向き直る。


「悪いがあそこに戻るつもりはない。そもそも勝手に見捨てておいて、力があるから戻れだ。冗談じゃねえ」


 挑発し、逆に間合いを詰める。

 ここで一番してはいけないことは、逃がすこと。今は一人だが、情報が伝わり追手が増えたら面倒だ。ここで確実に仕留める必要がある。

 剣を振り下ろすと、ひらりと躱し、息をつく間もなく反撃を仕掛けてくる。

 無駄な動きが一切ない。

 小回りが利くのを最大限に生かし、ちまちまとダメージを蓄積させてくる。

 致命傷は何一つないが、皮膚を切り裂き血が流れていく。

 武器の選択を誤ったか? と思ったが、一番扱いに慣れているのが剣だ。仮にナイフで対抗したとしても、腕と経験の差が出るのは目に見えている。

 逃がさないどころか、これでは逃げられない。

 斬撃とファイアーアローで連続攻撃をしたが軽くいなされたため、一度大きく間合いをとるため後退した。

 フェイントをかけたが通じもしない。

 仕切り直しだと思い構えなおした時、手から剣が抜け落ちた。

 何だ? 落ちた剣を拾おうとして、体が上手く動かないことに気付いた。

 感覚が……否、手が痺れて上手く動かないのか。

 視線を感じて顔を上げた。仮面で見えないはずなのに。観察されているような気がする。

 鑑定を使いナイフを見た。

 ……そういうことか。

 アイテムボックスからポーションを取り出した瞬間、投擲されたナイフが間髪入れずに飛んできた。

 手に持ったポーションは弾かれ、砕かれた。

 避けようと思ったが、体が思うように動かない。

 徐々に動かなくなっていくな。

 それでも不用意に近付いてこない。

 このまま待っていれば、こちらの体が動かなくなるのを知っているからか。

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。

 本格的にヤバい。


「ステータスオープン」と心の中で唱える。


 状態異常『麻痺』が付いている。

 MPはマナポーションを飲んだが、結界魔法を使う分まで回復していない。自然回復を待つにしても、まだ時間は掛かりそうだ。

 どうする?

 相手に視線を向けながら、ステータスパネルを見る。

 何か役に立ちそうなスキルはなかったか……焦る気持ちを抑えながら探す。

 ない、ナイ、無い、これも違う。

 しかしある一点でとまる。


 状態異常耐性。状態異常に対する耐性をもつ。Lvが上がるにつれて耐性の効果が増える。


 これか? 他にはそれらしいものはない。だが麻痺耐性が付くかは分からない。

 悩んだのは一瞬。決断したのも一瞬。

 スキルポイントを振った。残りスキルポイント5。

 

スキル「状態異常耐性Lv1」効果「毒による耐性が付く」


 これでは駄目だ。

 さらにポイント振った。残りスキルポイント3。


スキル「状態異常耐性Lv2」効果「毒無効」


 まだ駄目か。

 今欲しいのは無効効果じゃない。

 さらにポイントを振る。残りスキルポイント0。


スキル「状態異常耐性Lv3」効果「毒無効。麻痺による耐性が付く」


 体の痺れが緩和されたような気がする。熟練度が徐々に上昇していく。

 俺は一度握力を確認し、剣を拾い上げる。

 そして辛そうな様子で立ち上がる。それはもうやっと立った感を出しながら。

 剣を構え、呼吸を乱し、足をもつれさせながら歩を進める。速度は遅い。

 一応演技だ。自分では上手く演じていると思う。大丈夫だよね?

 一歩一歩近付いていく。

 13号は警戒を解くことなく、ナイフを構えた。

 間合いに入った。

 剣を力の限り振りかぶりスキル「ソードスラッシュ」を発動した。

 振り下ろされた剣が、途中ですっぽ抜けて飛んでいく。

 唖然と剣の行方を追うと、その隙を付いて斬りかかってきた。

 俺はその剣先に手を向けて手首を掴んだ。と、同時に握りつぶすように力を込めた。

 声にならない悲鳴をあげて、ナイフが手からこぼれおちた。

 スピードでは互角だが、パワーならこちらが上。

 ここが勝負どころと、動揺の見える13号を押し倒して、体重をかけて押さえつけた。

 苦痛に口元が歪むが、抜け出そうと必死にもがく。

 それをさせまいとこちらも押さえつけながら、使用し続けていた鑑定にひっかかるものがあった。


 『隷属の仮面』。装着者の意思を奪い、命令に忠実な人形を作る。身体能力を著しく向上させる効果がある。


 一瞬。目を奪われた。

 改めて向き直る。

 華奢きゃしゃな体付きで、小柄。仮面で表情が分からないが、鼻、口、肌とよく見ると若いような気がする。むしろ子供か?

 人物鑑定でも年齢は出ないからな。

 どうしようか、どうすればいいのか悩む。敵として相対したが、殺すことには抵抗があるような気がする。

 魔物ではそんなことはなかった。相手が人だからか?

 どうする。この仮面を外す、もしくは破壊すればいいのか?


「何やら騒がしいと思い来てみたら、これは面白い見世物だ」


 色々考えていたら、不意に背後から声がした。

 13号に意識を集中していたとはいえ、接近に全く気付けなかった。

 振り返るとそこには、血のような真っ赤な瞳に、頭に生えた二本の角、背には蝙蝠のような羽がある、どこか悠然と構えた者がいた。

 ……魔人。

 

 


 


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