第36話 討伐依頼・5

 音が鳴りやみ、静まり返った。そこには先ほどまで聞こえていた怒声も雄たけびも、足音もない。

 オークたちは一様に倒れた同胞の姿を、驚いた表情を浮かべて見ている。

 時間が止まった。そんな錯覚を覚えた。

 このチャンスを逃がす訳にはいかない。

 戸惑いを見せて動きの止まったオークに、足音を忍ばせて近付き剣を突き刺した。

 体重をかけた背後からの一撃は、オークの皮膚を突き破り、肉を引き裂き、体を貫いた。

 悲鳴が上がり、横たわるオークに注がれていた視線がこちらを向く。

 俺は素早く剣を引き抜くとオークから離れた。

 支えを失ったオークは、重力に従いゆっくりと倒れていった。これで二体目。

 何処か侮るような、弱者をいたぶる嘲りのようなものを見せていたオークの態度がこの時がらりと変わった。

 臨戦態勢……その言葉正しいか。

 腰を落とし、それぞれの武器を構える。互いに距離を保ち、自分たちの獲物を振るうのに邪魔にならないような、そんな立ち位置だ。

 ここからが本当の意味での本番。

 俺は相対しながら考える。一度使った手はどうしても警戒されるため、使いどころは良く考えないといけない。

 だが勿体ぶっても駄目だ。数の差はそれだけで脅威になる。長引いても体力の差が出てくるかもしれないから短期決戦が望ましい。俺が体力に勝るのは歩いている時だけだろうしな。

 考えをまとめ、並列思考を使って魔法を待機させる。用意するのは火魔法。

 残りは剣、斧、両手剣持ち。この中で斧持ちが一番倒しやすいか。武器の所為か少しだけ動きが遅い。武器の負担を考えると先に倒したいしな。

 俺は剣持ちに向き直り、攻撃を仕掛ける。同時に攻撃されないように、出来るだけ戦っているオークが盾になるように立ち回る。常に移動をしないといけないので体力を使うが、一対一で戦うためには仕方がない。

 しばらくの間は良かったが、オークの動きが変わる。残りの二体が左右に大きく広がると、突撃を仕掛けてきた。

 正面のオークに攻撃を仕掛けて、その勢いのまま横を通り抜ければ回避できそうだが、それを許してくれるほど甘くないだろう。

 だがこれはチャンスだ。

 俺は腰に装備していたナイフを手に取り、正面に投げる。と、同時に方向転換して斧を装備したオークに向かって駆けた。

 斧持ちは迎え討つために足をとめ、構えをとった。

 俺は走りながら剣を振りかぶり、間合いに入った瞬間、魔法を放った。


「ファイアーアロー!」


 至近距離から放たれた火の矢は、狙い通りオークの顔面に直撃した。

 魔法のスキルレベルが低いのか、使い慣れていないためか、倒すには至っていない。

 魔法によって体勢を崩したオークに、振りかぶっていた剣を振り下ろす。

 抵抗なく剣が首を切り裂く。浅いかと思ったが、傷口から血が噴き出し、ぐらりと体が揺れたと思ったらそのまま倒れた。

 倒した余韻もそこそこに、反転し次の行動に移す。

 ちょうどオークが一列に並んだようになっている。

 間合いを素早く詰めて、剣を合わせる。振り下ろしに対して、最小の動きで受け流す。

 返す刀で、今まで出番らしい出番のなかったスキル「ソードスラッシュ」を使用した。

 これはソードマスターのLvが上がった時に覚えた剣技の一つで、剣の速度を上げて、威力を通常の倍以上に上げるというスキルだ。

 剣先がオークの胴に食い込み、抵抗なくそのまま貫通した。

 返り血がローブを汚した。

 剣を振りぬいた瞬間、スキルの効果が切れ、同時に体から力が抜けていくような感覚に陥った。著しいSPの消費の反動か。

 その為対応が遅れた。

 いつの間にか接近していた残りの一体が、オーク諸共破壊するような勢いで両手剣を振り落としてきた。

 回避は……間に合わない。

 スキルを発動させて「ソードスラッシュ」を再び使用。無理な体勢からだから通常の速度よりも遅いが、それでもギリギリ間に合う……はずだ。

 剣はスキルの力を借りて両手剣に向けて飛び、激突し、剣先が破壊された。

 それでも軌道を逸らすことに成功した。

 相手の剣先が脇を通り過ぎ、地面に激突した。

 転がるように逃げるが、体が思うように動かない。ステータスを見るとSPが0になっている。

 オークは向き直り、両手剣を横に構え水平に払った。

 顔を上げると、勝利を確信したような笑みを浮かべたオークの顔がそこにあった。

 俺はアイテムボックスから銃を取り出し、近付く剣先を防ぐように結界魔法を発動させた。

 両手剣はシールドに弾かれて、オークの顔が驚愕きょうがくに染まる。シールドは透明だから使った者以外は分からないよな。

 俺は引き金を引き、ありったけの銃弾を浴びせさせた。

 信じられない、最後に見たオークの顔はそう言っているように見えた。

 ゆっくりと後方に倒れた体は、二度と動くことなく、その活動を停止させた。

 

 

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