第35話 討伐依頼・4

 ウルフを討伐に来たんだけどな。

 手の中で銃をもてあそびながら、緊張を紛らわす。

 初めてウルフを狩った時は、考える間もなく必要に迫られて戦った。

 初めてゴブリンと戦う時は、自分の意思で討伐を受けた。ただしその時はルリカとクリスがいた。

 オークと戦うのはこれが初めてだ。今回は残念ながら一人だ。戦う準備も覚悟も足りていないかもしれない。それでも今ここに立っているのは、間違いなく自分の意思によるものだ。

 ランツたちは俺が指定した位置にしっかりいるな。

 オークも建物の中で何かしら動いている。見張りの一体は何処か不満そうで、イライラしてるように見える。

 日がだいぶ高くなっている。これ以上待っても無駄か。

 銃口を空に向けて構える。

 引き金をひこうとして、二体のオークが外に向けて動き出した。MAP表示で確認中だ。

 しばらく待っていると、建物の外に出てきた。何事か見張りのオークとやりとりをしている。会話をしているのか?

 もう少し待ったが、残りの二体に動きはない。

 あとは出たとこ勝負か。引き金を引くと銃声が響いた。

 オークは驚いたように見えたが、すぐに周囲を警戒するような動きを見せた。

 俺は気配遮断を解除した状態でオークの前に姿を見せると、そのまま剣を携えて向かっていく。

 オークは雄たけびを上げて威嚇してきた。

 俺は無視して間合いを詰めると、先頭にいるオーク目掛けて剣を振り下ろす。

 金属がぶつかる音が鳴り響く。手に持った剣で受け止められた。

 押し返すような力が加わるが、それを正面から受け止める。力負けはしないな。個体差があるから過信は禁物だが。

 俺は一度押し込むように力をこめて、次の瞬間ステップを踏んで後退する。

 力の支点を失ったオークの体が、前のめりになり前方に流れてくる。

 その隙を逃さず剣を振り下ろす。完璧なタイミングと思ったその一撃は、横合いから伸びてきた槍の先端に邪魔をされて狙いがそれた。オークの皮膚をかるく切り裂いただけに終わった。

 さらに反対側から、もう一体のオークが攻撃を仕掛けてくる。持っている装備は斧。肉厚の刃を見ると、まともに討ち合うのは危険かと感じる。

 一度仕切り直しだ。三体の間合いから逃げるように後退する。

 斬りつけられたオークは態勢を立て直し、傷を負わされたことに気付くと怒りの咆哮ほうこうを上げた。

 そしてその声を聞きつけたのか、残りの二体が建物から出て来た。

 建物の中の人の動きは……片隅に皆集まっているようだ。

 俺はナイフを取り出すと、それを投げた。狙うは出て来たばかりのオーク。

 ナイフは吸い込まれるように眉間に向けて飛んで行ったが、蠅を追い払うような簡単な仕草で弾かれた。

 オークの瞳がこちらを捉え、憎々し気に睨んでくる。

 これで注意をひくことが出来たか?

 投げた直後にオークが攻撃を仕掛けてくるが、それは剣で受け流した。

 改めて間合いに注意しながら、五体全てのオークを見る。それぞれ持っている武器が違う。剣、槍、斧、こん棒、両手剣。武器の得手不得手なんてものが魔物にもあるのだろうか?

 あと気になるのは、一体だけちょっと色が違う。微妙な色合いの差だ。それこそ並んでなかったら気付かない程度の。鑑定をしたが五体ともオークだな。

 しかし注意をしてみると、その色合いの違う両手剣のオークを中心に、拙い隊列を組んで向かってくる。

 俺はそれを迎え撃つように剣戟けんげきを入れる一方で、大袈裟に避けて後方に逃げるを繰り返した。これは出来るだけ建物から遠ざかるためだ。


「そろそろ頃合いか……」


 俺は牽制を入れて近くにいた二体のオークの動きを止めると、斧持ちに向かって剣を振り下ろした。

 それを待ち構えていたオークが受け止め弾く。

 俺はバランスを崩して転がった。

 そこへ、こん棒持ちが追撃をしてくる。

 片膝をついた状態で剣を構え、正面から受け止めたが、勢いを殺せず後方に吹き飛ばされた。それはもう、派手に。

 慌てたように立ち上がり、剣を構える。乱れた呼吸を整えながら、怯えたようにオークを見回す。

 両手剣のオークと目が合うと、あざけるような笑みを浮かべた。

 俺はジリジリと後ろに下がり、


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 と、叫び声をあげて、すぐ後ろまできていた森の中に飛び込んだ。

 一瞬後、背後から足音が追いかけて来た。

 MAP表示を見ると、五体全てが追ってきている。

 追っ手を引き離さないように、注意しながら走るスピードを抑える。

 付かず離れずが意外と難しい。加減調整がな……。

 足音と怒声、雄たけびに追いかけられながら、走る走る走る。

 五つの点が建物に向けて動くのが見える。……合流したな。

 その時風切り音がして、危険を感じて地面にダイブ。さっきまで頭の合った位置に、槍があった。木に突き刺さり、反動で揺れている。危なかった。

 油断をしたつもりはなかったが、MAPに意識を向けた一瞬に虚を突かれた。

 俺は気を引き締めて走り出す。木の間を縫うように、また木を盾にしながら。

 五分、十分と走り。時に身をさらし、時にナイフを投げながら挑発を繰り返し、目的地とした小さな広場で立ち止まる。立ち位置はすぐにでも森に身を隠せるように広場の外周部。

 振り返り、オークが森の中から出てくるのを待つ。

 MAPからオークの位置と、ランツたちの位置を確認する。村の方に向けて、反対方向に動いている。

 まずは一つ目の作戦ミッションが終了。俺としての本番はここからだが。

 大きく息を吸い込み、剣を持ち替える。銃を構え、いつでも撃てるように準備する。

 緊張感が半端ないな。改めて考えると、頭一つ以上も大きく、肉厚な体格をしたオークと対峙していたと思うと、震えがくるな。

 だが逆に考えろ。それだけ的が大きくて当てやすいと。

 吸い込んだ息をゆっくり吐きだす。一緒に強張っていた体から無駄な力も抜く。

 三、二、一……散々走らされて怒り狂ったオークたちが森から飛び出してきた。

 突出して前に出て来た一体が、広場の半分を越した時に引き金を引いた。距離として二〇メートルもない。

 銃声が二つ鳴り響き、怒りの表情を浮かべながらドサリと音を立てて倒れた。 

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