第34話 討伐依頼・3

「一ついいか」


 食事を終え、色々考えた末ランツに向き直り尋ねた。


「何だ?」

「オークの数と、さらわれた村人の人数は分かるか?」


 探るような目。だけどその瞳の中には、迷いのような揺らぎがある。

 その感情を一言で表すなら葛藤かっとうか?


「何故そんなことを聞く」

「気になった、と軽々しくいったら失礼だな。昨日寝る前に色々考えたんだが、手伝ってくれるならオークを討伐。いや、引き付けることぐらいしか出来ないかもだけど、さらわれた人の救出に手を貸すよ」


 この家も一人で過ごすには大きすぎる。食器の数もそうだ。何より昨日の村人との言葉。ランツは自分を押し殺しているように見えた。


「昨日あいつらの言ったことを気にしたのなら忘れろ。冒険者ってのはそういうものだ」

「経験者の言葉か?」

「……そうだ」

「別にあんたらの事情は関係ない。俺が、オークと戦いたい。違うな、討伐出来るか試したいと思ってるだけだ」

「力試しとでも言うのか? そんな事……」

「別に許可をとるつもりはない。あんたが無理なら、昨日いた人に頼むだけだ。きっと賛成してくれるだろう」


 強気に言っているが、出来ればランツに同行してもらいたい。昨日言って来たのは普通の村人だった。一人狩人もいたが、たぶんオークについて詳しく分かってないだろう。俺も詳しいかと問われると、素直に頷けないとこだが。

 ランツはこちらを凝視しながら視線を逸らさない。

 俺も逸らさず真正面から見詰める。

 どれぐらいそうしていたか、先に視線を逸らしたのはランツだった。


「何故そこまでする。赤の他人のために」

「そうだな。俺も赤の他人だというのに、親切にしてもらったことがあるからかな。それとオークと戦いたいというのも本当だ」


 本気で戦いたいかと問われると、本当はそこは半々。自分が死んだら元も子もないことは理解している。

 だけど今抱いているこの想いは理屈ではないんだろうな。ルリカやサイフォンたちだって、純粋な親切心だけで色々教えてくれたとは思わない。

 それでもスキルがあったとはいえ、手探りでこの世界を生きないといけない俺にとって、そのさし伸ばされた手がどれだけ嬉しく助かったことか。


「これは俺の自己満足みたいなもんだ。だから気に病むことはないよ」


 ぶっきらぼうに言って答えを待つ。

 ランツは迷っているようだ。冒険者だった頃の自分と、村人の一員としての自分と、親もしくは恋人としての自分を天秤にかけているように見える。基本的に善人で、優しい心の持ち主なのだろう。


「分かった。皆に話してみる」

「そうしてくれ。オークを引き付けるのはいいが、何人さらわれたか分からないから、助け出す人員はそっちで出してもらうしかないからな」


 分かっているが、それを説明する訳にはいかないからな。

 村長宅での話し合いの結果。ランツを含む五人の村人が同行することになった。

 残された村人は、足の速い若者がギルドへの依頼に走り、あとは倉庫に集まって過ごすことになった。倉庫は他の家と比べて造りがしっかりしているのと、避難所にもなる地下室があることから選ばれた。


「どうかお気をつけてください」


 深々と村長が頭を下げてきた。

 ランツを先頭に歩き出す。オークの正確な位置は分かっていないため、村人のどちらの方向に向かったという証言からその方向に歩を進めた。

 ある程度進むと森が濃くなっていく。俺も周囲を探索するふりをしながら、それらしい痕跡を見つけて皆を誘導する。

 ランツが不思議そうに見てきたので、


「採取依頼で森に入ることが多かったからな。自然と魔物や獣の足跡を追う癖がついてるんだよ」


 と、それらしいことを言って納得させた。

 実際それらしい跡が、進む方向で時々見かけたしな。所々に木に傷が付いているのは、示威行為の現れなのだろうか。


「待て。……この先少し森が切れているようだ。少し様子を見てくるから待機していてくれ」

「一人で大丈夫なのか?」

「足手まといがいない方が楽だ。ランツさんは皆をまとめて、そうだな。あの辺りで身を潜めていてくれ」


 強めに言って行動を制限させる。

 下手に動かれても困るしな。焦りのようなものがあって、何かの拍子に暴走しないか心配だ。身内がさらわれた者もいるから、仕方がないのかもしれないが。


「ここで勝手に動いて気付かれたら、さらわれた者が危険にさらされる。指示に従えないならここで引き返すぞ」


 念のため釘をさす。

 若造の言葉だ。不満を隠そうとしない者もいるが、ここは無視してランツを見る。大丈夫か? お前が下手な動きをすると他の者が危険にさらされるんだぞ。

 ランツは理解しているのか、一度頷き、皆を促して移動していく。

 それを見届け、俺も移動を開始する。

 オークに動きは見られない。まずはオークたちがどのような場所にいるかを確認する必要がある。

 気配遮断を使いながら近付く。一つだけ離れた所にいるそれは見張りか? 肉眼で確認すると、朽ち果てたような建物の前に、オークが一体立っている。

 建物は見た感じ、それなりの広さがあるようだ。建物の背後は岩山になっていて、回り込んで強襲することは難しそうだ。どうにかしてオーク五体を建物から引きはがす必要がある。

 仮に正面から攻撃を仕掛ければ、中にいる奴らは外に出てくるのだろうか。それとも襲撃されたとみて、人質としてさらった者を使ってくるだろうか。これは一種の賭けになるかもしれないな。一存では決められないし相談するか?

 地形及び周囲の環境を確認して、一度戻ることにした。

 合流すると早速現状を説明する。


「人質にか……」

「ああ、オークがどのように行動するか分からないからな。今出来ることとしたら、俺が持っているアイテムで大きな音を出すものがある。それを使って奴らが外に出てきてくれれば、姿をさらして誘導しようと考えている。無理ならそのまま襲撃するしかないけどな。それでだが、オークの数はわかるか?」

「四体か五体だったと思う。それ以上はいないと思う」

「そうか。それで方法としてはそれでいいか?」

「……少し様子を見て、外に出てくるか観察してみてはどうだ? そろそろ昼時だから食事をしに外に出てくるかもしれない」

「ランツさんの言う通りだ。出来れば危険は避けたい」

「オークは人と同じような感覚で食事をするのか?」

「……それは分からない、な」

「分かった。配置についたら少し様子を見るよ。ただ動きがないなら最初の予定通り動いていいか?」


 他に良い代案もないため、リスクはあるが実行するしかない。夜襲をするにしても、その場でオークを全て倒せなければ、真っ暗な中逃走しないといけないしな。

 それを理解しているからか、一〇〇パーセント納得出来ていないが従ってくれた。


「そうだ。あとこれを渡しておく。必要だと思ったら使ってくれ」


 渡したのは回復ポーションとスタミナポーションの入ったバッグ。

 ランツは最初遠慮したが、さらわれた人の状態を想像したのか最後は受け取った。

 ポーションも村人からしたら、高級品に分類するだろうしな。それがそれぞれ一〇本ずつあれば驚くか。


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