第31話 オーク討伐・3

 ガイツと稽古したその翌日から、ギルドに顔を出すと一緒に鍛錬しようと誘われるようになった。


「……力は申し分ない。むしろ下手な奴よりもあるぐらいだ。あとは経験を積んで技術を身に付けたら、良いアタッカーになる」


 ガイツのその一言で、あの場にいた者たちから一目置かれるようになったようだ。

 依頼で町の外に出ない日は、毎日誰かしらと戦った。その時パーティーの誘いを受けたりしたが、道が通れるようになったら王都に戻ると言って断った。

 色々な人と戦い分かったことがある。

 今まで気にしてなかったけど、身体能力が優れていることが分かった。少なくとも腕力、体力、素早さは平均以上。打ち合いで負けたのは一人だけで、その男は丸太のような腕をした筋肉野郎だった。

 相手のステータスが分かれば一目瞭然いちもくりょうぜんなのになと思うが、鑑定Lv9になっても見ることが出来ない。MAXになれば解禁されるのかな?

 サイフォンたちは精力的に討伐を依頼をこなし、休みの日に会うと鍛錬所に連行された。サイフォンが手合わせをしてくれるが、その後のガイツの教えの方が為になっていたのは内緒だ。

 ガイツは無口だが、盾士としては有名らしく、また攻撃を受けて相手の動きを観察する洞察力が高いためか、良く意見を求められている。



 そんな日々を過ごしていたある日。オーク討伐隊が帰ってきた。

 討伐の報を首を長くしてまっていた住民たちは、その雄姿を一目見ようと門の前に集まった。

 遠方から近付いてくる集団。それを見て歓声を上げる住民たち、そしてはっきりとその姿が見えてきたとき、歓声が鳴りやみ、困惑した表情を皆一様に浮かべた。

 その姿はボロボロで、落ち武者という言葉が不意に浮かんできた。

 討伐を果たした高揚感も感じさせず、重苦しい雰囲気を纏って門をくぐっていく。

 数もかなり減っているようで、騎士は出発した人数に比べて半数以上減っているような気がする。

 集まった住人たちは言葉を失い、無言で一行を見送った。


「なんか討伐を成功させたって雰囲気じゃないな」


 けど討伐に失敗して逃げ帰ったなら、もっと慌ただしかったはずだ。

 それに荷馬車に討伐したと思われるオークの死体が積まれているのが、その隙間から見ることができた。ただ大部隊で倒したというほど、数があるように思えなかった。

 だからこそなのか、余計に戸惑っている。何があったんだと。

 その答えは夜の食堂の席で聞くことになった。

 今日もサイフォンに夕食を誘われて一緒の席に着いていた時に、オーク討伐に参加した冒険者と一緒になった。サイフォンとは顔見知りらしく、何度か合同で依頼を受けた仲だと言う。


「サイフォンもこっち来てたのか」

「おうよ。フェシスからこっち回りで王都に戻ろうと思ってな。ドラコは今ここらで活動してんのか?」

「まあな。王都ほどじゃないが、上手い依頼も結構あるからな。何より王都と違ってあまり殺伐としてねえから。依頼の取り合いとかも少ないし」

「で、だ。実際のところ何があった? それとも箝口令かんこうれいでも出てるのか?」

「それはない。どうせ明日にはギルドで発表するしな。これは正直言って情報を共有しておかないとやばい案件だ」


 サイフォンが酒を注ぎながら次の言葉を促していた。

 ドラコは一口飲み、口を湿らして次の言葉を吐き出すように言った。


「魔人がいた」

「はっ……?」


 それまで耳を傾けていた皆の視線が、ドラコに注がれた。他の席に座っていた者たちの目もだ。

 驚きと困惑、動揺が広がる。


「冗談だろ」

「事実だ。あれは、確かに魔人だった」


 その時のことを思い出しているのか、その表情は恐怖に歪んでいた。

 それまで汗一つなかった額に、汗が浮かんでいた。

 何度か話そうとして口を開き、けど話すのを躊躇するように口を閉じる。

 それを何度か繰り返し、やがて静かに話し出した。言葉と一緒に、その時の恐怖を吐き出して忘れようとするように。


 オーク討伐は森の奥に集落があるのを確認したので、騎士団と足並みを揃えて強襲。人質を救出して、あとは各個撃破して確実に殲滅していった。

 Aランク冒険者と騎士団の活躍もあって、集落にいた上位種のハイオークやオークジェネラルも被害を出しつつも討伐することが出来た。

 残りのオークもあと僅かとなったところに、奴が現れた。

 大空から飛来したそれは、上空から地上を見下ろし静かに滑空していた。

 皆がそれに気付いて騒ぎ出したその時、まるでそれを待っていたかのように手をかざした。魔法使いの知り合いの話では、その時魔力が爆発したように感じたらしい。

 光が瞬いたと思ったら、爆音とともに騎士団の一部が弾けた。見るとそこにぽっかりと穴が開いていた。

 それが二度、三度と続き、やがてそれは静かに地上に舞い降りた。

 遠くからでも分かる血のような真っ赤な瞳で、視線を向けられただけで寒気を覚えて体が自然と震えてきた。決して目が合ったわけでもないのにな。

 奴は散歩をするように近付いてきて、無造作に腕を振るった。近くにいた冒険者は時に弾け、時に吹き飛び、文字通り血の雨を降らしていった。

 後のことは良く覚えていない。ただ一心不乱に逃げた。気付いたら森の中で震えて、ただただ音がなくなるのを待った。悲鳴が鼓膜に焼き付いたように、しばらくは耳を塞いでも聞こえてくるような錯覚を覚えた。

 どれぐらいの時間そうしていたか分からなかったが、音が鳴りやみ、近くにいた者たちと導かれるように集落に戻った。行くのを拒否していたのにも関わらず、だけど確認しないとという思いがあったような気がする。

 もし地獄というものがあるとしたら、それはこのような光景ではないかと思うほど酷い光景だった。肉片が飛び散り、死体が転がる。そこは人もオークも関係なく、ごちゃまぜになっていた。

 その場に残っていた冒険者と騎士の話によると、撃退はしたとだけ言った。

 けど実際のところは、傷らしい傷を与えることも出来ず、最後は「ハズレか」という言葉を残して、去っていったと言った。

 そこからは死者を弔い、分かる遺品だけを集め。一応討伐の証拠となるオークの素材と魔石を回収し、あとは逃げるように戻ってきたんだと、ドラコは自嘲気味に笑った。

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