第20話

 俺がコンマ1秒前にいた空間に、弾丸が通過し、床を抉る。

 風切り音が鳴ったのはその後。弾丸が音速を超えている証拠だ。

 長い長い、真っ直ぐが続く廊下の先。500メートル先に、その目を復讐に燃やす狙撃手の少女が見えた。


 あの、俺の腹をぶち抜いた狙撃手が現れることは、事前に予想していた。なので俺は、部屋を出るとみせかけて即座に戻り、一撃目をやり過ごしたのだ。

 彼女の『絶対命中』を以ってしても、全く当たらない軌道の弾丸が、いきなり直角に曲がって当たったりはしない。

 それが可能ならば、地球の裏からでもいつでも誰でも、銃さえ撃てば暗殺出来ることになってしまう。

 改変できるのは、あくまで現実的な範囲までだろうという予想が当たった。

 自分の命を賭け金にした、危険なギャンブルだった。俺は壁を背にし、大きくため息をつく。


 この部屋にいれば、少なくともあの狙撃手の射線に入ることはない。弾丸を受ける心配はない。敵の狙撃手も、射程距離の優位がありものを、むざむざ捨てて接近して攻撃することは無いだろう。

 ここからは、我慢比べだ。


 だが、俺がここに現れることを知っていたなら、彼女の狙撃範囲であればもっと遠くから狙い撃ちし、一方的に殺すことも出来ただろう。

 わざわざ自分の姿を俺に見せたのは───強烈な妄執ゆえ。

 お前を殺すのは自分だと、俺に示すためだ。


 しかし、一瞬だけ見えた狙撃手の姿がどう見ても10歳かそこらの子供だったのには正直驚いた。

 彼女は床に腹這いに寝そべり、バレットM82A1を構えている。

 俺の最大射程の武器であるウェザビーMkVなら、500メートルであれば撃ち合える。しかし仮に、俺がこの廊下に躍り出て彼女へ照準を合わせようとしたら、姿勢を作る間に確実に撃ち殺されるだろう。

 すでに必殺の体勢となった狙撃手と遠距離から撃ち合うなんて、愚の骨頂だ。


 この廊下でアンチ・マテリアル・ライフルと撃ち合っても勝ち目はない。

 俺はコルトM79を呼び出し、グレネードを発射。爆発で床をぶち抜くつもりだった。

 グレネードが床に命中、爆発。

 しかし───驚いたことに、床は抜けるどころかほぼ無傷。

 どうやらこの部屋の床も壁も天井も、最高級の耐火加工が施されているようだ。

 この分なら、廊下もきっと同じだろう。

 建物を破壊して、あの狙撃手から逃げることは不可能。


 俺は、先ほど殺したコルネオの死体を見る。

 つまりこの屋敷自体が、俺を殺すためにコルネオが準備した巨大な罠であり、あの狙撃手の最も有利な地形というわけか。


 俺は壁を背に、荒く息を吐く。全身の傷跡から出血している。

 狙撃手がシビレを切らして接近するのを待つのが最善手なのだろうが、俺の傷は深い。このまま手をこまねいていれば、待っているのは失血死だ。


 俺は、覚悟を決める。

 あの狙撃手のために作られた、この長い廊下は500メートル。全力で走れば、60秒ほどか。

 俺はコルトM79へ新たな弾を装填。部屋の出口へ銃口を向け、発射する。

 壁に着弾すると同時に、それは煙を撒き散らす。

 発煙弾。グレネードから発射できる、煙を撒き散らす弾丸だ。


 俺は煙が廊下に十分に満ちたことを確認すると、意を決して廊下に飛び込む。

 そのまま全力で、狙撃手の方を目掛けて駆け出す。

 煙の中に飛び込んだのだ。当然、俺の視界もゼロになる。先の全く見えない中、全速力で走る。

 身体のすぐ傍を、何かが猛烈な勢いで通過したことを感じる。あの少女の放った、アンチ・マテリアル・ライフルの弾丸だ。

 どうやら、これも予想したとおり、完全に見えない相手に対しても『弾丸が当った未来』を引き寄せることは出来ないようだ。


 俺は、ウェザビーMkVを召還。煙の中で足を止め、何発か威嚇射撃をする。

 煙せいで前方が見えない上に、自分が狙撃手に対してどの程度の角度を向いているかも分からない状態だ。当たることは期待していない。

 もし、これであの少女がひるんでいなければそれで俺の負けだ。俺は、そのまま煙の外にまで飛び出す。


 眼前の少女は、俺の遠距離攻撃に多少動揺したようで、スコープから目を離していた。アレでは、咄嗟に俺を撃つことはできないだろう。

 また際どいギャンブルに勝てた俺は、俺はコルトM79から発煙弾を前方に向けて発射。そのまま煙に紛れる。

 煙の中をジグザグに走る。何発ものライフル弾が俺のすぐ傍を通過したことが分かる。ほんの僅かに運が悪かっただけで、即死だ。


 先ほどと同じく、ウェザビーMkVにて牽制。俺は、先ほどと同じく煙の目くらましから飛び出る。

 何度も同じ手を食らう相手ではないようで、狙撃手は腹ばいに寝そべった、完璧な狙撃体勢で、スコープから目を離さずに俺のことを狙っている。

 俺はそれを確認。コルトM79を発射。


 猛烈な閃光。


「!?」


 スコープで俺の動きを注視していた狙撃手はひとたまりも無いだろう。

 俺は、コルトM79から照明弾を撃ったのだ。また発煙弾だと思い込んでいた狙撃手は、完全に不意を衝かれ、目の前が見えなくなっている。

 俺は、その隙に狙撃手へ駆け寄る。


 俺と狙撃手の距離はあと20メートルほど。

 俺は、M4A1カービンを召還。弾幕を展開し、突撃する。


 狙撃手の少女は、歯をむき出しにするほどの歯軋りをし、見えない目でバレットM82A1を撃つ。

 弾丸は俺の肩を掠める。それだけで、俺は風に舞う枯葉のように一回転。地面に倒れる。

 目を掌で覆いながら少女が立ち上がり、バレットM82A1を捨てて階段を駆け下りるのが見えた。


 俺は急いで起き上がる。これが最後のチャンスだ。

 また距離を離されたら、先ほどのような奇襲は通じない。一方的になぶりごろされるだけだ。

 俺はM4A1カービンで威嚇射撃しながら、廊下を曲がり、階段にまで到達する。


 だが俺の目論見は外れる。

 彼女は階段の先、1階にある広いエントランスで待ち構えていた。

 驚いたことに、少女はハンドガンを呼び出している。あの体格で、俺と接近戦をする気なのか。


「私の名前は、アナ・バティスタ」


 アナと名乗った少女は、ガチャリと拳銃のスライドを引く。


「お前が『白の塔』殺した魔法使い、その娘だ」


 距離を詰められたら、一度撤退するという選択肢もあっただろう。それをしないのは、この名乗りのためか。

 お前を殺すのは何者なのか、何のために殺されるのか、それを刻み込むためだ。


 少女の手に握られているのは、スミス・アンド・ウェッソン M&P9シールド。

 0.5キロほどとベレッタM93Rの半分程度の重量で、女性でも扱いやすいハンドガンではある。

 だが、彼女の年齢はまだ10歳ほど。銃の経験も、見た限りほとんどないだろう。まだ目覚めたばかりの魔法使いだ。

 この俺と接近戦をするのは無謀だ。


「お前は……私のパパを殺しただけではなく、コルネオのおじさんまで殺した!」


 俺は中腰の射撃姿勢をとり、ベレッタM93Rをセミオートにセット。階段を下りながら引鉄を引く。

 タタタタという乾いた発射音。

 何発かは確実に彼女の身体に命中されるだろう。それでこの勝負は終わりだ。


「許せない。許せない!」


 少女は、怒りのままS&W M&P9シールドを眼前に構える。


「!!」


 だが、俺は驚愕で目を見開く。

 アナが撃った弾丸は───彼女に当たるはずだった俺の弾丸に当たった。

 激しい閃光と炸裂音。

 弾丸を撃ち落したのだ。


 銃弾で銃弾を撃ち落とす。そんなことが───可能なのか。


「私の銃弾は、必ず当たる」


 俺は攻撃の手を緩めることなく、階段を降りながらベレッタM93Rを撃ち続ける。

 アナは横っ跳びし、空中で身体を縦回転させる。そうやって俺の射線をかわしつつ、拳銃から弾丸を放つ。アナに当たるはずだった銃弾は、全て撃ち落とされる。


「だからこうやって、お前の弾を打ち落とすことなんて、簡単だ」


 撃ちながら接近していた俺とアナの距離は、もはや2メートルほど。その距離を保ちつつ、俺とアナは互いに左右に動き、弾丸を交換する。


 俺の弾倉が尽きる。弾切れだ。俺は素早くリロードを済ませるが、防戦一方だったアナはこのタイミングを待っていた。俺に向かって、二発を射撃。


「……チッ!」


 彼女の弾丸は必ず当たる。俺にそれを防ぐことは不可能。

 俺は見えた未来の中でも一番ダメージの少ない当たり方になるものを選択する。

 両肩から血液が迸る。


 俺はひるむことなく、小まめに左右移動しながらベレッタM93Rを撃ち続ける。

 例え弾丸を打ち落とせるとしても、アナは人間だ。全ての弾丸に反応することは不可能。アナの身体からも、鮮血が散る。


「ッ!!」


 俺と違い銃創を受けるのは初めてのことだろうに、一瞬だけその気力が萎えたように見えたが、またすぐ、復讐の炎を煮えたぎらせ、体勢を立て直す。


 射線を外すために横に跳び、地面に肩から着地。そのまま激しく転がりながら撃つ。

 俺たち二人は、お互いにそれを繰り返す。

 地べたを転げ回り、隙を突いては撃ち、出血を撒き散らし、裂けた腹からは内臓をこぼれ落とし、また撃ち続ける。

 まるで、踊ってるみたいだな、と俺は思った。

 実際には、二人で無様にのたうち回っているだけなのだが。

 撃つ。転ぶ。立ち上がる。また撃つ。被弾する。撃つ。転ぶ。


 ───どれほどの我慢比べが続いただろうか。


 結局のところ、勝負を決めたのは体力の差だった。

 傷の深さが、復讐心で塗りつぶせる限界を超えたのだろう。アナの気力の揺らぎは、無視できない大きさとなっていた。

 所詮は10歳の少女だ。俺とでは、体力にも差がありすぎるし、経験した実戦の数も違いすぎる。


 もし、アナ・バティスタが俺に挑んできたのがあと数年後であったなら、俺は確実に殺されていただろう。


「あっ! ああっ!」


 アナは足がもつれ、転んでしまう。

 床に手をつき、必死に立ち上がろうとするが、力が入らないようで立ち上がることが出来ない。


「なんで……なんでっ! わたしは、パパとおじさんの仇を討たなきゃいけないのに……! 悪い魔法使いになんか、負けたらダメなのに……!」


 俺は、彼女の肩を踏みつける。

 俺を見上げるアナの顔は青ざめ、復讐心はすっかり消えてしまっている。


 ベレッタM93Rを3点バーストへセット。

 少女の額に押し付ける。


「───ころさないで」


 俺は、少女の頭を吹き飛ばした。

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