第14話

「GRRRRRR!」


 灰色の毛皮の狼の背中に、更に四本の腕を生やしたような奇怪な合成獣。

 大きさは人間の2倍ほどだろうか。全身に樫のような筋肉を纏っており、万が一捕まれば俺なんかあっという間に引き裂かれてしまうだろう。

 その、恐るべき獣が、4匹続けざまに襲いかかってくる。

 人間はどんなに鍛えても時速40キロで走るのが精々だが、犬の走りは時速70キロを超える。しかも一日中走り続けても、疲れることはない。二足歩行と四足歩行にはそこまでの違いがあるのだ。

 あっという間に間合いを詰められる。一つの判断ミスが命取りになる。

 俺は起き上がると中腰で後退しながら、アサルトライフルM4A1カービンを乱射。


「AAAAA!!」


 一番近くまで迫っていた1匹を殺したが、残りの合成獣たちはすでに目の前にまで迫っている。背中のその、丸太のような腕で俺を掴み、引き裂こうとしてくる。

 俺はなんとかそれを横っ跳びで躱すと、拳銃ベレッタM93Rを呼び出す。

 ズキリ、という頭痛。短期間に複数の銃を呼び出しすぎた。

 痛みのせいで空中で僅かに姿勢を崩してしまう。何とか着地するが、万全の姿勢ではない。

 その一瞬の隙を見逃す獣ではない。1匹の合成獣が、大口を開いて俺の頭を噛みちぎろうとする。

 鋭い牙が並ぶ真っ赤な口が眼前まで迫まり、よだれの飛沫が俺の顔にかかる。

 その真っ赤な口腔めがけ、俺はベレッタM93Rの三点バーストを発射。

 いくら強靭な筋肉を纏っているからといって、口の中にまで筋肉で満ちているはずがない。3発の銃弾は、口の中へ飛び込み、上顎へ命中。

 狼は、そのまま弾かれるように後ろに倒れる。

 上顎から頭側にまで貫通したはずの銃弾が出てこない。どうやら、強靭な頭蓋骨で止まったようだ。なんて頑丈さだ。

 息をつく間もなく、残りの2匹が俺を挟み撃ちにする。


「いいぞ、いいぞ! いくら強いとはいえ所詮は人間、いずれは体力か気力が切れる。休む間もなく波状攻撃をするんだ!」


 ガラス壁の先にいるガリガリの研究者が、大声でそう囃し立てる。

 その奥のスーツの男は、リラックスし切った様子で酒に口をつける。

 俺は、銃を構えたまま、再び横っ跳びし肩から着地。そのまま一回転し、挟み撃ちから逃げ出す。

 連続して横っ飛びしたせいで、いつの間にか壁際まで追い込まれていたようだ。

 自分の位置も把握できないなんて、なんて迂闊だろう。

 俺は、一刻も早く行き止まりから逃れるため、壁に背中を向ける。


 ぞくり、と全身から悪寒。

 俺の未来視が警戒を告げる。弾けるように振り返る。

 壁には、巨大な人間の顔のような合成獣が張り付いている。まるで、壁から直接、顔だけが生えているかのような異様な見た目だ。


「ORRRRRR!!」


 その巨大な顔の合成獣は、大きく口を開く。そこから、とめどなく透明な液体が流れ出てくる。

 液体は、あっという間に俺の足元に水溜りをつくる。

 これは───恐らく、シアノアクリレートか。

 生物の体内でも生成可能な化合物で、強力な接着剤の原料となる。空気に触れればあっという間に硬くなり、接着してしまう。

 逃れようと足を上げるが、もう遅かった。足の裏は、地面に接着してしまっている。

 俺は、咄嗟にベレッタM93Rをフルオートにセット。靴と地面の間を撃ち、接着剤を剥がす。


 巨大な顔の合成獣は、まるで痰を吐くように次なる接着剤を口からどんどん飛ばしてくる。

 俺はグレネードランチャーコルトM79を呼び出し、グレネードを発射。爆発。壁ごとそいつを焼き尽くす。

 巨大な顔は断末魔の叫び声を上げながら絶命するが、完全に接着剤を防ぐことは出来なかった。液体が右腕にかかる。

 一瞬あとには、もう指や関節の一部が動かなくなってしまった。


 狼型の合成獣は、俺を追いかけ背後まで迫って来ている。

 左腕にベレッタM93Rを呼び出そうとするが、こちらも手が開かない。

 手のひらからでなければ、銃を呼び出すことはできない。


「GRRRR!!」


 俺は狼型にのしかかられる。前脚で両肩を押さえつけられ、背中の4本の腕の爪を振りかざし突き立てようとする。


「っ!」


 思わず声が漏れる。

 俺は右手を口の中に入れる。そのまま自分の指に噛みつき、右手のひらの皮膚が裂けるのも構わず、無理やり接着剤を引きちぎる。

 今度こそベレッタを呼びだすと、三点バーストにセット。狼型の眉間に銃口を当てると、発砲。脳蓋を吹き飛ばす。

 発砲の勢いのまま、地面を無様に転がる。

 なんとか八つ裂きにされる前に間に合ったが、組み伏せられたときに爪が食い込んだ肩と胸から出血。致命傷ではないが、浅くはない。


 ズシン、ズシン、ズシン。

 地面が揺れるほどの重い足音。

 暗闇の先には、6メートルほどもある巨大な合成獣がゆっくりとこちらに近づいて来るのが見える。

 まるで、象を一回り大きくしたような見た目だが、ぶよぶよとした表皮からは、常に酸性の液体が生み出されており、本来両目があるはずの部分に人間の顔が生えている。

 重さは4トンはあるだろうか。あんなものに踏み潰されたら即死だろう。

 巨大な合成獣は3匹。それを取り囲むように、オオカミ型が8匹。天井には、人間の腕のような駆動機関と一体化した蝶型の合成獣が10匹は浮かんでいる。


「ヒヒヒ! その大型の合成獣には、動力源として人間を10人組み込んだんだ。新型だぞ!」


 遥か前方の安全圏にいる研究者が口角を飛ばす。

 あの巨大な合成獣は、恐らく攻城戦などに使うために開発したものじゃないのか。俺一人を殺すためだけに、冗談みたいな過剰戦力だ。

 まず機動力に優れる狼型で俺の足止めをし、逃げ道と反撃を封じる。そして、本命の大型で追撃。周囲の壁には顔型。隙間を埋めるように蝶形が毒の鱗粉を撒き散らし完全に退路を塞ぐ。

 これが、俺を殺すためのあの研究者の敷いた布陣というわけか。やられた。これは、俺がくることを見越し用意された、罠。


 大型の合成獣は、その巨大に見合わず、恐らく時速30キロ程度の速度で近づいてくる。あんなのに囲まれたら終わりだ。

 俺はコルトM79を召喚。大型の合成獣に向け、グレネードを発射。

 爆発音。しかし、目に見えてグレネードの威力が低い。

 大型合成獣の表皮から分泌している体液により、爆発が減衰したようだ。その上、あのデカさだ。ダメージはそれほどでもないだろう。

 しかし、グレネードをリロードする暇はない。狼型が襲いかかってくる。

 それに対して俺はM4A1カービンを呼び出し、弾幕を張り対応。再びズキリと頭痛。集中が乱れる。


 6匹の狼型を撃ち殺しす。いくら高速で走る狼型とはいえ、さすがに目が慣れてきたようだ。命中精度が上がってきており、距離を詰められる前に殺すことが出来た。

 撃ち漏らした2匹が間合いに入る前にベレッタM93R召喚。左手に準備する。

 狼型の1匹が口を大きく開き跳びかかるところへ、突き上げるような渾身の右膝蹴り。強靭な筋肉に阻まれダメージはないが、さすがに合成獣はバランスを崩す。そこへ、ベレッタM93Rのグリップを振り下ろすように殴り、その勢いのまま三点バーストを放つ。


 だが、狼型に対処している間に、大型はもうあと3メートルほどに迫ってきている。

 右腕のM4A1カービンを撃つ。如何なる生物であろうと、ライフル弾を秒間15発撃ち込まれたら死ぬしかない。しかし、強靭な筋肉と硬い皮膚のせいで完全に殺しきるまで時間がかかる。

 俺は中腰の射撃姿勢のままジリジリと後退。


「ZIGGGGGGG!!」


 大型の合成獣は、山ほどの鉄の雨を受け、血達磨となり、呼吸器官から異様な断末魔を上げながら真横に崩れ落ちる。

 なんとか1匹は殺せたが残り2匹の突進はもはや間に合わない。

 地響きのような、内臓に響く足音。俺はM4A1カービンを捨てて立ち上がるが、周囲の壁には、巨大な人間の顔の合成獣が無数に待機しており、口から様々な毒を放出している。

 蝶型の合成獣は抜け目なく鱗粉を周囲にばら撒いている。

 逃げ場はない。


「───っ!!」


 恐らく4トンは超えるだろう巨大な生物の体当たり。俺を挟むように2匹の巨大が猛加速したため、巨体同士がぶつかり、お互いの頭部が衝撃で破裂する。

 巨体同士の激しい衝突の衝撃で、俺は吹き飛ばされる。


「無茶苦茶しやがる……!」


 俺は無様に吹き飛ばされ、地面に激突。当たりどころが悪く、足首を骨折してしまったようだ。

 ドクターに手当てしてもらった、白耳や刺客たちとの傷も開いてしまったようで、出血が止まらない。

 だが、それは予想できたこと。俺は、歯を食いしばり、なんとか腕の力で上半身を起こと、呼び出したコルトM79のグレネードを発射しようとした。

 周囲にはぶつかり合って破裂した、大型の合成獣のバイオ血液や内臓がぶちまけられており、一面真っ赤。その中に、奇妙な粒があることに気づく。


 その瞬間、全身の細胞が危機を告げる。

 足元では、早回しの映像かのごとく、花畑が猛スピードで育ちはじめていた。

 これは、大型の合成獣の内臓に忍ばせた、植物の種。


「ヒーヒヒヒ! 作戦通りだ! もう終わりだぞ!」


 撒き散らされた種は遺伝子操作によって促進育成されているようで、猛烈な勢いで育っていく。

 咲き始めた花々は、特に変わったところの無い、何の変哲もないよく見る花だ。毒などもない。

 しかし、毒よりももっと恐ろしい。

 一気に成長する植物が周囲の酸素を一気に消費する。酸素濃度が18%を下回ると、酸素を取り入れるはずの肺から逆に、血管から外へ酸素を放出してしまう。ひと呼吸で全身の酸素が外へ排出されてしまい、即死。


 ただの毒草なら焼夷弾で焼き尽くすこともできるだろうが、酸素濃度が極端に下がれば銃の弾丸に点火する撃つための雷管の働きも悪くなり、正常には動作しなくなる。また、そもそも酸素がなければ焼夷弾の炎も発生しない。

 魔法使いを殺すために、これほど効果的なトラップはないだろう。


 俺は咄嗟に肺の空気を押しとどめ即死は免れるが、死肉と粘液の山に埋もれ───そのまま意識を失った。

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