第13話
王都郊外の町病院。
硬い床の上で意識を失ったまま、朝になってしまったようだ。
僕は頭を振り、混濁する意識を少しでもハッキリさせようとする。
僕が目を覚ますと、チンピラ───魔法使いの男は、どこにもいなくなっていた。
昨晩のことを思い返す。
無から炎と鉄を生み出す魔法使い。カンパニーが秘密裏に作り出していた合成獣。
どれもまるで荒唐無稽だ。
だけど……それが夢じゃなかったことは、壊れた機械と、変色した僕の腕と、部屋の真ん中で死んでる女の遺体と、合成獣だった肉塊があるので、明らかだ。
「そ、そうだ。入院患者さんたち!」
僕は急いで書斎を出て病室を確認したが、患者はみんな無事だった。
ホッと胸を撫で下ろす。
僕は、これからどうすればいい。変色し、痺れる腕を自分で処置しながら考える。
全身大怪我の、あの男。
カンパニーを潰す、と言っていた。
確かに、御伽噺のように、無限に火器を生み出せるならそれはとても強力な武器になるだろう。
しかし、身体は生身の人間だ。その証拠に、僕が処置したあの全身の大怪我。
魔法使いであっても、不死身ではない。巨大なカンパニーを相手に、個人で太刀打ち出来るはずがない。
殺されに行くようなものだ。
……放っておけるはずがないじゃないか。
僕は、医者の後輩に連絡し、この病院の患者さんたちのことを任せると、カンパニーの女と肉塊を丁寧に埋葬する。
それが済んだら、彼が向かったと思われるカンパニーの工場へ走り出した。
◆
どこまでも続く、巨大な白い塀。それをよじ登り、なんとか超え、『カンパニー』工場の建物へ入り込む。
『カンパニー』。
人類が火と鉄と油の文明を手放してから、300年。動力とエネルギーを失った文明は、一気に衰退した。
そんな中にあって、生体工学や遺伝子工学で次々と画期的な発明を世に送り出し、その問題を解決。世界でも有数の企業に成長した。
しかし、カンパニーがいくら有名な企業だからといって、ここは研究施設と生産工場だ。『白の塔』よりも警備が厳重なはずはない。
早朝で職員が出勤してくる時間ではないこともあり、俺はほとんど何の苦労もなく目的の中枢部へ潜入することができた。
工場の中枢部は、異様と言って良い光景が広がっていた。
壁一面をピンク色の筋肉繊維が埋め尽くし、高濃度糖液を流し込まれ律動している。その駆動力によって生産ラインは止まることなく、珊瑚の細胞からバイオミネラリゼーションの素材などを作り、合成血液の廃液をたれ流す。
鼻をつく血の生臭さと脂肪特有の脂っこいにおい。
どくん、どくんと絶え間なく心臓の鼓動のような音が聞こえる。
これが現在の人々を支える生産プラントなのだが、やはり慣れない人間には不快感を伴う光景だ。
この中枢のどこかに、ダフネの脳を奪ったやつがいる。
俺は曲がり角で立ち止まり、壁に背中を密着させる。背中にバイオ廃液が染み込む。そっと頭を出し、曲がり角の先を窺うと、射撃姿勢を作りながら転がり出る。
曲がり角の先は、だだっ広い空間となっていた。広さは20メートル四方ほどだろうか。
壁はやはり筋肉繊維で埋め尽くされ、所々から赤黒いバイオ廃液が漏れ出している。
「!!」
その部屋の入り口。俺から3メートルほど先に待ち構えていたのは、合成獣。
丸太のように太い腕、刃物も通らないような硬い体毛、奇妙な8本の腕。
オオカミによく似た合成獣だ。
しかも───それが4匹。
つい最近殺した生体由来毒を撒き散らすタイプではなく、獣特有の高い身体能力を武器にするようなタイプだ。
なぜこんなところに、と疑問を抱く間も無く、合成獣は猛然と俺に襲いかかってくる。
「GRRRRRR!!!」
4匹の狼は、時間差を付けて走り来る。もの凄い瞬発力だ、3メートルなど一瞬で消費してしまうだろう。
迷っている暇は無い。俺は、コルトM79グレネードを召還。3秒かかり、俺の掌にコルトM79が生み出される。
狼たちに向けてグレネードを発射。地面に着弾し、猛烈な爆発。
「AAAAAAA!!!」
狼のうち、2匹までは爆発に巻き込まれ四散する。しかし、左右の端にいた2匹は無事だ。仲間の被害になどひるむことなく、俺への距離を詰める。
コルトM79は単発式の中折れ銃だ。リロードをしている暇は無い。
俺は、コルトM79を捨てると、アサルトライフル、M4A1カービンを召還。射撃姿勢をとり、迫り来る合成獣へ弾幕を放つ。
バララララッという乾いた銃声。片方の狼は俺から逸れるように斜行し、崩れ落ちる。しかし、残りの1匹には強靭な筋肉と硬い毛の前に、ライフル弾であっても致命傷を与えることが出来ず、接近を阻むには至らない。
「クソッ」
俺は毒づき、咄嗟にリボルバー拳銃、コルトSAAを呼び出す。
もう狼は俺の眼前にまで迫っている。重いアサルトライフルでは密着するほどの格闘戦では一瞬の遅れに繋がる。俺はM4A1カービンを捨てる。
俺は、中腰の姿勢で、コルトSAAのファニングで、6発の弾丸を一瞬で撃ち込む。
人間であれば即死だが、合成獣は多少怯んだもののそのまま突進を続ける。
強靭な筋肉を持つ大型の獣には、小口径ではダメージは少ない。
あの筋肉に捕まれば、俺なんか一瞬で引きちぎられてしまう。
何とかして距離を離さなければ、待っているのは死。
俺は、弾が空になったコルトSAAを捨てると次々とコルトSAAを呼び出し6連発のファストドロウを撃つことを繰り返す。
3回目にして、ようやく合成獣はたたらを踏む。
全力で後ろへ跳び、着地とともに更に呼び出したM4A1カービンを乱射。狙いをつけている暇も無い。
合成獣は、ようやく沈黙。
殺せたようだ。
俺は肩で息をする。
魔法使いが呼び出せる銃の数は、理論上では無限ではあるが、一回呼び出すのにもかなりの集中力を要する。次々と呼び出しながら戦うのは、負担が大きい。
「はじめて見たけど、素晴らしい!」
遠くから、大声が響いてきた。
声のした方を見ると、600メートルは先だろうか。強化ガラスに阻まれた高台に、よれよれの白衣を着た研究者が興味深そうにこちらを見ている。
「それが高次元量子干渉か! どんな仕組みなんだ?!」
ガリガリに痩せた針金のようなシルエットに、落ち窪んだ目と無精ひげ。唾を飛ばしながら、子供のように両手を広げて喜ぶ様とのギャップが大きい。
しかし、俺はその研究者の奥にあるモノに視線を吸い寄せられる。
ガラスを挟ん小部屋の奥。設置してあるテーブルの上には、半透明の容器が置かれている。その中に浮かぶように収納された脳髄。
ダフネの、脳。
そして、テーブルの横には、仕立ての良いスーツ姿の紳士が脚を組んで座っている。
あの、テーブルの隣に座っている男こそ、ダフネを殺すよう指示した男か。
3人目の、仇。
「高次元量子干渉。お前は専門に訓練を受けた治安維持組織、白耳を100人を相手にとっても皆殺しにするようなバケモノだ。人間の警備なんかアテにはならないだろう。だから、こうして合成獣をたくさん用意させてもらった」
スーツの男は、俺を虫でも見るような目で見る。
「その数は、62匹だ。お前が今殺したので58匹となったがな。合成獣1匹は、訓練された軍人一個中隊が相手でも全滅させる。お前が相手にするのは、一個大隊にも匹敵する戦力だぞ。せいぜい足掻いて見せるが良い」
俺はM4A1カービンをリロードする。
明かりが全く無いため、広い部屋の奥は窺うことが出来ない。暗闇の中から先ほどの8本腕の合成獣がまた4匹、俺に飛びかかってきた。
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