第12話

 逆さまになった女性の顔が、二足歩行の巨大な甲殻類の顎の下に埋め込まれたような合成獣。


 人間のような目を複数もつ巨大なクラゲの合成獣。


 蝶のようなノズル状の口から、常に血煙を吹き上げる四速歩行の合成獣。


 老若男女、脈絡の無い顔が埋め込まれた巨大植物。


「GRRRR……」


 数々の、グロテスクな合成獣のサンプルが、ひしめき合っている。

 ここは、『カンパニー』が有する最大規模の工場のひとつだ。


「相変わらず見るに耐えないな」


 合成獣たちの群れからガラス一枚挟んだ隣の部屋。薄暗い中に、二人の男性がいる。

 一人は部屋の壁際で高級そうなソファに腰掛け、ワイングラスを傾けている。

 もう一方は、部屋の反対側、ガラスの方に設置された作業台に向かい、背中を向けたまま答える。


「また、俺ちゃんの合成獣が壊されたのかい?」


 げっそりと痩せ、落ち窪んだ目とボサボサの髪が特徴的な白衣の研究者。

 彼は、傍らに立つ男に話しかける。


「ああ。どうやら、標的の『高次元量子干渉体』はとてつもなく勘がいいらしい」


 応じる方の男は研究者とは違い、仕立ての良い有名ブランドのスーツに身を包み、高級なアクセサリーで全身を飾り立てている。

 彼の名は『カンパニー』の重役、ピエルイジ・ロッソ。


『カンパニー』。


 石油や金属といった資源が枯渇し、それを奪い合う戦争を人類が経て数百年。次第に文明は衰退し、かつてあった技術は散逸した。

 しかし、このカンパニーと呼ばれる企業集合体の創始者である、ある技術者が生物由来でエネルギーを生み出すことに成功し、世界は一変した。

 人々は次第に文化的な生活を取り戻し、食料、物流、医療、様々な問題が解決した。

 それもこれも全て、この企業が生産する生体産業技術に依存している。権威だけの王族や議会どもと違い、世界の実権を本当に握っているのは、カンパニーなのだ。


 創始者たちの時代のカンパニーは、高潔な人々の集まりだった。衰退する人類を救おうと研究を重ね、それにより貧しい人々を何億人も救った。

 しかし、いまのカンパニーは腐りきっている。内部で権力闘争あけくれ、重役たちは勝つために汚い金に手をつけることを厭わない。


 この、ロッソという男は、その中でも一番のやり手だ。

 均整の取れた身体。髭を蓄えた紳士然とした顔。信用できそうな誠実そうな見た目から、カンパニーの顔としてメディアへの露出も多い。

 そのどれもが、バイオインプラントによって得た偽りのものだ。

 その本質は、どす黒く、醜く、薄汚れた人物だ。


「勘ね……そういう根拠のないもの、俺ちゃんはキライだなぁ」


 研究者の男は、忙しなく視線をあちこちに彷徨わせ、実験する手を止めることは無い。

 彼の手によって遺伝子変化を起こすウィルスを注射されていくのは───人間の、子供。

 作業台の上に拘束され、麻酔によって眠らされている。年齢は10か11歳といったところだろうか。


「その魔法使いとやらは、本当にこの工場へ向かって来ているの?」


 研究者によって注射された子供は、途端に激しく身体を痙攣させる。

 しかし、そんなことは意に介さず、研究者は次々とウイルスを投与し続ける。


「ああ、間違いない」


 ロッソは組んだ両手の親指に頭を乗せながら、言葉を続ける。


「キメラ手術後の患者へ処方している薬。アレを調べようとしていた若い町医者がいるとの情報を得たので、始末することにしたのだが……向かわせた私の部下と、合成獣が殺された」


 ロッソは大きくため息をつく。


「驚くべきことだ。触れれば即死の酸を撒き散らす合成獣。それを殺せるやつなど、酸の届かない遠距離から攻撃できる、ヤツ以外に居ないだろう。どうやらヤツは、とんでもなく鼻が効くらしい。すでにこの王都にまで潜入しているようだ」


 その言葉を受け、研究者の男は振り返り、ガラスを隔てたとなりの部屋に満載された合成獣たちを見る。


「合成獣は作るのに一匹で数千万から、高いモノなら数億の金がかかるよ。一度バイオ溶液から出したら、数週間で死ぬ。工場に配備した合成獣は62体。そこまでする価値が、そいつにはあるのかい?」


「ああ……なにせそいつは『秘密』を暴露する気に違いない。そうなったら、私もお前も終わりだぞ?」


 そう言って、ロッソは半透明の容器に入れられた脳を取り出す。

 忌々しい、あの娼婦の脳だ。


 合成獣のベースに、身寄りの無い人間を使っていること。

 キメラ手術後の免疫抑制薬に、マフィアから横流しされた麻薬成分を添付しており、薬なしでは生きられない中毒者に仕立て上げていること。

 本当は、キメラ手術後に免疫抑制剤など必要ないこと。


 これらは全て、ロッソが私腹を肥やすため、この研究者に命じてやらせていることだ。

 そのどれもが、世間に知られれば『カンパニー』の存亡の危機となる重大な秘密だ。

 

「あの娼婦は、奇妙な女だった……」


 アレといると、話してはいけないような秘密であっても途端に引き出されてしまう。

 誰にも話すつもりの無かったこれらを、気がつけばベッドの上で隈なく自慢しつくしてしまった。

 だからあの女が商売を辞めると言い出したとき、きっとそれをネタに脅しに来るとロッソは思った。


 だから、殺すしかなかったのだ。


 元々取引のあった、裏社会の麻薬王。ヤツからあの娼婦の話があったときは、心臓が冷えた。

 しかし、提案されたのは、同じくあの娼婦を殺したいと思っている権力者たちと手を組み、あの娼婦の死を有耶無耶にすることだった。

 そうして、自らの秘密が詰まったこの脳を奪うことに成功。これで安泰だと思った、その矢先だ。

 手を組んだ4人のうち、2人までが殺されたのは。


「馬鹿馬鹿しい……場末の娼婦を殺した、その復讐だと? 私はこの世界を牛耳るカンパニーの重役なのだぞ? 私は、この世界に必要な男なのだ」


 ロッソは、ギラギラした目で独り言を続ける。


「来るなら来てみろ、チンピラめ。どう足掻いても覆せない身分の差を、思い知らせてやる」


「───まぁいいさ。いくら損失が出ようと、俺っちの懐は痛まないからね。例え何億かかろうと、何匹でも投入するさ」


 イヒヒ、と研究者の男は唾をたらし笑う。彼の注射したウイルスに耐え切れず、被験者の少女が悲鳴を上げながら死んだ。


「研究にしか興味の無いお前を、ここまで引き立ててやったのは私だ。どんな手を使ってでも、ヤツを殺せ」


 ロッソの命令を聞き、研究者の男は、合成獣たちに殺戮の指令を与えた。





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