第10話

「さて、コレでよし。お大事にな」


 僕は、今しがた抜糸を終えた患者の腕を叩く。


「いてて……ドクター、叩くなよ!」


 患者の労働者である男性は、涙目になって喚く。まったく、身体は大きいのにいちいち情けない。


 狭く、雑然としてはいるが、白を基調とした壁に天井。清潔なベッドの横には診察用のデスク。

 ここは、病院だ。

 王都の郊外に位置する、労働者たちが集まる住宅地。その路地に、この小さな病院はある。

 僕はそこの院長を務める医者だ。まぁ院長と言っても従業員は僕しかいないのだが。


「どうだ、傷口、キレイなモンだろ?」


 鉗子とクーパーを膿盆に置く。バイオ手術が発達した昨今では、珍しい治療法だろう。


「ホント、どこに傷があるのかよく見ないと分からないな……さすがはドクター」


「そうだろう、そうだろう」


「ドクターはさ、腕はいいんだからこんな辺鄙なとこで医者やってないで『カンパニー』にでも勤めればいいのに」


 患者の労働者の男は、まじまじと傷口を眺めながらそう言う。


「バカ言うなよ、こんなボロでも爺さんの頃から続く、由緒正しい病院なんだぞ。僕はここを継ぐために医者になったんだ」


 僕の年齢は26。まだ医者になったばかりの駆け出しだ。童顔で幼く見えるらしいのが若干の悩みだ。


「いやホント、ドクターみたいなのがいてくれて助かってるよ。今度奢らせてくれよ」

「おっ、風俗か? 行きたいけどなぁ、チンピラ狩りだっけ? なんか繁華街で若い男が殺される事件があるらしいじゃん」

「アハハ! そんなのもう何日も前に収束してるよ。ドクターは相変わらず巷の世相に疎いなぁ!」


 そうだったのか。病院が忙しいのもあるが、最近は『あること』を調べるのに忙しく、ニュースを仕入れてなった。


「じゃあ、お大事にな」


 僕は、患者を見送る。今のが最後の一人だ。今日も忙しかった、もう日も暮れて遅い時間だ。

 ふと、病院の脇にある路地を見る。

 何かの予感。医者としては非科学的な感覚を信じるのはどうかと思うが、僕はそのとき何かを感じ、暗い路地を奥に足を進める。


「!!」


 そこには、肩と腕から出血するボロボロになった男が倒れていた。



「……ドクター、俺の治療なんてしなくていい」


「バカ言うなよ、絶対安静だ。生意気を言っているが、その有様じゃあ動けないじゃないだろ」


 白衣の若い男性は、俺の全身を睨むように見る。

『白の塔』での戦闘で負った傷は決して浅いものではなかった。

 しかもその後、白耳たちに手配されている俺は列車などを使うわけにもいかず、荒野を徒歩で王都まで移動するしかなかった。

 そうしたことが祟り、俺は限界に来ていた。

 そのまま一週間ほど寝ていたらしい。起きるとそこは、病院だった。


 一瞬『カンパニー』の手のものに捕まったかと思ったが、どうやら違うようだ。

 この、童顔でお人よしそうな医者が、俺になぜか治療を施してくれたらしい。

 どう見ても不審なチンピラ相手に、どういう精神なのだろう。とんでもないお人好しだ。


「ところでキミ……これは火傷……、か?」


 そう、コルトM79により追った全身火傷だ。

 この医者は、それに適切な処置を施してくれたようだ。

『火』を見ることもまれなこの国では、火傷の治療をする経験などほぼないだろう。それを行えるとは、この若さで広く知識を得ている証拠だ。非常に優秀な医者であることが伺える。


「……とりあえずこれは化膿止めと抗炎症をかねた痛み止めだ。いいか、絶対に安静だからな」


 そう言うとドクターは、俺の点滴に新たな薬を追加する。

 俺は指名手配の身だ。俺なんかを匿えば、きっとこのお人好しの医者にも迷惑がかかる。

 俺の脳裏には、ダフネの影がちらつく。


 俺はどうにか起きあがろうとして、身体が全く言うことを聞かないことを自覚する。

 どうやらドクターは、点滴の中に鎮静剤を入れているようだ。


「……クソッ」


 そのまま俺は、まどろみの中に落ちていった。

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