第7話

「───へぇ、じゃあ麻薬王サマは、そのイカれ野郎に命を狙われてるってわけだ」


 白いスーツに黒いシャツ。赤い中折れ帽には白のリボン。合皮ではなく、天然ものの皮を使用した靴。気障な服装に気取った芝居がかった言い回しが特徴的な紳士。

 自称、正義の魔法使い、ナーヴ・バティスタ。


 ここは、王都の郊外にあるバティスタの自宅。高級住宅街の一角に、バティスタは居を構えている。

 バティスタは、平たく言えば殺し屋だ。依頼を受け、標的を暗殺し、多額の報酬を得る。木材や貝殻や骨といった防具しかないこの世界において、火器を無限に生み出せる魔法使いに殺さない標的などいない。

 ただ一点、バティスタが普通の殺し屋と異なるのは、悪人しか殺さない。そのこだわりだった。


「依頼人サンは、私は悪人しか殺さねぇのは知ってるんだろうが……まぁコイツはどう考えても最悪の悪人だわな」


 バティスタは、渡された写真を指ではじく。

 この日、自宅に直接現れた依頼人は、裏社会の麻薬王と恐れられるとある男の仲介人を名乗った。

 そんな大物からの依頼である、どんな最悪な相手かと思っていたバティスタであるが、これは想像以上に最低の相手だ。

 同じ魔法使い。一筋縄ではいかないだろう。

「オンナを殺された逆恨みに、30人以上の無関係の若者と娼婦を殺戮。とんでもねぇイカレ野郎だ」


 仲介人は、相槌を打つでもなく、無言でただバティスタからの返答を待つ。


「こういう最悪のクソは、掃除しておかないといけない。俺の愛しの、アナのためにも」


 バティスタが芝居がかった大袈裟な口調で言うと、部屋の入り口が勢いよく開かれる。

 そこから、10歳ほどの少女がバティスタに向けて駆け寄ってくる。


「パパー、だだいまー!」

「おかえり、アナ。良い子にしてたかい?」


 少女を見るなり、バティスタは一気に破顔する。


「学校は、楽しかったかい?」

「うん! ……パパは、また悪い人をやっつけるお仕事?」


 少女は、バティスタの対面にいた客人に気づき、声のトーンを下げる。


「そうだよ、アナみたいないい子に悪い人が手を出さないように、やっつけるお仕事だ」


 バティスタは、アナと呼んだ少女を抱き上げる。


「私の娘だ。どうだ、私に似て可愛いだろう?」


 バティスタは仲介人に話を振るが、仲介人は興味が無いと言わんばかりに微動だにしない。


「これを産んだ母親は死んだ。俺に殺されたギャングの逆恨みでな。子育てってやつは最初はイヤで仕方なかったが、今じゃマナが成長するのを見るのが何よりも楽しみでね」


 バティスタの瞳に、強い憎悪の火が燃える。


「俺はこの魔法と呼ばれる力を、誰かを殺した悪人にしか振るってこなかった。この力は、世の中を良くするために授けられたものだ。だが、俺の嫁は殺された。悪人を取り逃した、俺のミスだ」


「パパは強いんだよ。今まで一回も負けたこと無いんだから!」


 アナは、父親の胸の中で、無邪気に言う。

 その言葉に、バティスタは頬を緩ませる。


「……それで、お返事は?」

「ケッ、本当に面白みのない野郎だねあんた」


 バティスタはアナを抱いたまま、力場を展開。

 右腕に生み出された銃で、標的の写真を撃ち抜いた。


「……聞いたとおりだよ、その依頼、受けよう。マナのためにもな」

「パパ大好き!」


 そう言って、少女はバティスタの頬にキスをした。





 背中にバイオインプラントされたゴムノキの細胞から生成されたラテックス。それの先端にアンカーを付け、伸ばして隣の建物へ引っかかる。

 ゴムの収縮を利用し、バティスタの身体はアンカーの方まで一気に引き寄せられ、宙を舞う。

 バティスタは三次元的に多角移動を続ける。縦横無尽だ。

 タララララララッ。

 サブマシンガンからは絶えず銃弾が吐き出される。リロード。また撃つ。


 俺はM4A1カービンで反撃を試みるが、3次元的に高速移動をする物体に命中させるのはなかなか至難の技だ。

 しかも、相手は有利な上から銃弾を雨のように降らせてくる。下手にその場にとどまっていれば、待っているのは死だ。

 俺は、少しでも射線を切るため、建物と建物の間、狭い路地に滑り込む。


 俺のM4A1カービンとH&K MP7なら、連射速度はほぼ同等。有効射程や弾速はライフル弾を撃つアサルトライフルの方が当然上だが、軽くて小回りが効くという点ではサブマシンガンの利点となる。

 バティスタは、俺がM4A1カービンの照準を合わせる間も無く、四方八方から縦横無尽に弾丸の雨を降らせる。

 ゴムのキメラを使った三次元的高速移動と、それを可能にする軽量のサブマシンガン。ただ銃を呼びだすだけの魔法使いではない。恐らく、相当な手練れなのであろう。


「チッ……」


 俺は舌を鳴らす。

 右腕からの出血はだいぶ収まったが、血を失いすぎた。動きに支障はないが、これ以上の負傷は避けたい。

 幸いなことに、H&K MP7の銃弾はピストル弾であるため、速度はそれほどでもない。土塁や貝殻壁の影に隠れれば、貫通することはない。俺はこまめに移動を繰り返しながら、遮蔽物に身を隠し反撃のチャンスを窺う。


「ハイヤーッ!」


 背後から、雄叫びを上げながら棒使いの白耳が突きを繰り出してくる。


「新しい『魔法使い』が現れただと……? だが先ずは白耳の仲間を殺した、貴様から拘束する!」


 先ほど肩を撃ち抜いた若い白耳が、またしても接近戦を挑んでくる。なんという執念だろうか。

 狭い路地にいたのでは、今度は棒術をいなすことが出来ない。俺は仕方なく、また大通りにまで後退せざるを得ない。


「フェリペの援護をしろ! 動けるものは包囲! 弓を射れ!」


 部下に支えられながら、副隊長と呼ばれた男が指示を飛ばす。

 槍を構え10人ほどの『白耳』がまた突撃してくる。

 しかし、建物から飛び出してきたバティスタと俺の間に入る形となり、幾人かの『白耳』はバティスタに撃ち殺される。

 突然の乱入者に、さすがの白耳も対応出来ていないようだ。


「チッ……私は悪人しか殺さないっての!」


 それを見てバティスタは俺から距離を離していく。

 弾幕が止んだことに訝しむ。白耳が何人流れ弾で死のうと、バティスタには関係ないはずだ。

 だが、これは好機だろう。一瞬だけ意識をバティスタから外し、フェリペと呼ばれた若い白耳を先にどうにかしようと、俺は振り返ろうとする。

 しかし、フェリペはそれを読んでいた。

 死角からの突き。フェリペと呼ばれた若者の棒が俺の肩に突き刺さる。

 

 瞬間、彼の手元が目に入る。

 この奇妙な螺旋形の棒は、フェリペの腕から直接生えていた。

 ずっと螺旋形の棒だと思っていたこれは……鞭毛型のキメラだったのだ。


 鞭毛が猛然と高速回転。

 俺の肩の深くまで抉りながら、突き刺さる。激しい痛みと、出血。


 細菌の表面にある鞭毛は、1秒間に1000回転とも言われる猛烈な回転力を持つ。それは、水素イオンやナトリウムイオンの勾配により発生する駆動力を利用した、天然のモーターだ。

 火力も電気も無くとも生み出される、猛烈な回転力。それこそが、彼の腕と一体化するキメラの秘密。

 鉄も火も油も無いこの世界で、最強の貫通力をもった攻撃だ。

 その回転力の前には、人体など容易く貫通してしまう。


「どうだ!」


 フェリペは勝利を確信する。どんな修羅場をくぐったものであっても、自らの肩を抉り取られて平気であるはずが無い。このままトドメを刺す。そう思ったのだろう。

 彼の表情が凍りつく。俺は、フェリペが死角から出てくるのを待ち構えていたのだ。


 掌には、ベレッタM93R。俺の、もっとも愛する銃。


 体勢を崩すことなく射撃姿勢をキープ。鞭毛と腕の結合部である掌に一発。さらに腹に一発。どちらも貫通。

 フェリペは、信じられないといった表情で、その場に崩れ落ちる。


 俺は、折れた鞭毛を抜かず刺さったままにする。抜けば、大量出血は免れないだろう。

 俺は、後転すると素早く中腰の射撃姿勢。ベレッタM93Rをセミオートにセット。俺を包囲すべく陣形をとっていた白耳たちを順番に殺していく。

 悲鳴を上げながら、10人ほどがその場に倒れた。


「邪魔者は消えたようだな!」


 突然、背後から無数の銃弾を打ち込まれる。建物から建物へ飛び移ったバティスタが、奇襲を仕掛けてきたのだ。

 俺はごろりと前転し、何とかバティスタのサブマシンガンから逃れる。


 ちらりと『白の塔』の方を見ると、また新たな白耳の援軍が到着するところだった。

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