第5話
「お帰りなさい、フェリペ」
「ただいま、母さん」
強襲班の仕事は激務だ。
今日も都の西区で起きた立てこもり犯を拘束し、とんぼ返りで塔まで帰り、報告を終えヘトヘトになって自宅へ帰る。
玄関で僕を出迎えた母は、とても嬉しそうに僕を抱擁してくれる。
「あなたの活躍はこの母の耳にも入ってきていますよ。貴方は母の誇りです」
一族の名前に恥じない保安官になれ。それは、常に母が繰り返してきた教えだ。
僕の祖父は地元の名士。地域の発展に大いに貢献したという。父は数年間に殉職するまで、保安官として地方都市で立派に勤め上げた。
父や祖父のように立派な男になり、家庭を作り、父から受け継いだこの家を永く発展させる。それが僕の人生の目標だ。
「疲れたでしょう、ご飯が出来ていますよ」
母がそう言った瞬間。
喧騒。振動。
「───母さん、ごめん。門の方で何かあったみたいだ」
僕は何か嫌な予感を感じ、取るものも取らず急いで『白の塔』へ引き返すこととした。
「気をつけて行くのですよ」
母は、心配そうにそう僕のことを見送った。
◆
魔法使いを殺すには、やはり最も有効なのは毒だ。
そう、『白耳』強襲班副班長ベネデットは頭の中で反芻する。
奴らは、400〜500mも離れた距離から高速で金属の弾丸を山のように飛ばしてくる。弓では有効射程に入ることすらできず、互いに射線が通った瞬間にこちらが死ぬ。
しかも、奴らの火器は恐ろしいことに合成繊維やバイオミネラリゼーション、木製などの防具は易々と貫通してしまい、防具の意味をなさない。例え遮蔽物で身を隠しても、見つかってしまえばその遮蔽物ごと撃ち殺される。
なので、この新兵器である『蜂の巣』《アリスタイオス》の出番だ。
この蜂たちは品種改良されており、ひと刺しでも充分人間を殺すほどの毒を持つ。
数センチの蟲が時速40キロでランダムな動きで飛んでくる。これを打ち落とすのは至難の技だ。それが、数百匹とやってくるのだ。魔法使いの火器といえど対抗策はない。
更に、我々は全身をバイオミネラリゼーションの甲冑で防御しているため、蜂の針は鎧を貫通することは出来ないため危険はない。
しかもこの蜂は、数分で自死するように作られている。もし、この蜂があらぬ方向へ逃げたとしてもすぐに死ぬため、市民への被害の心配もない。
魔法使いは、蜂の巣を一瞬見たと思うやいなや、全力で後退を始める。
なんと勘の良いやつだろうか。蜂が飛来するまで逃げ続ける算段か。
だが、それを黙って見ている我々ではない。
「編隊、進め!」
何重にも重ねた分厚い木材の板を持った隊員で、魔法使いの周囲を厳重に取り囲む。板をぴったりと隙間無く敷き詰め、2メートルほどの輪で魔法使いを取り囲み、さらにその外側を板で取り囲む。
30人以上を動員した、完璧な包囲網だ。
これで魔法使いは、逃げることは出来なくなった。
魔法使いが決死の反撃を試みれば、やつを取り囲んでいる隊員から何人か死傷者は出るだろう。しかし、これこそが最も確実にヤツを殺す最善策だ。
私は、作戦が成功したのを確信し、思わず口元を緩めた。
◆
囲まれた。
正直言って油断していた。塔に着くまでにはそれほど苦戦しないだろう、そう考えていたが甘かった。
あの巨大な蜂。恐らくは、一回でも刺されれば命はないだろう。カンパニー製の新兵器といったところか。
包囲網は何重にもわたり、厳重に取り囲まれている。周囲の白耳を何人かを撃ち殺したとしても、包囲の突破は困難だろう。
ヴヴヴヴという耳障りな羽音。白耳の頭上を越えて、巨大な虫が集まってきているのだ。もう一刻の猶予もない。
────魔法使い。掌に、平行世界の火器を無限に呼び出すもの。
しかし、数は無限に呼び出すことが出来るが、なぜか魔法使いごとに呼び出せる銃の種類は決まっている。
一人につき4〜5種類までである。理由は不明だ。
俺の場合、中距離戦用のアサルトライフルであるM4A1カービン。接近戦用のマシンピストルであるベレッタM93R、速射奇襲用のコルト・シングル・アクション・アーミーの3種類と、更にもう2種類。
そのうちの、もう一つを呼び出す。
この絶体絶命の状況を打破するには、これしかない。
コルトM79。
太い筒のような銃身に、木製の持ち手。グレネードランチャーと呼ばれる銃で、着弾点から10メートル以内にいたものを爆風と熱で確実に即死させる40mmグレネードを高速で発射する”潰し屋”だ。
こいつを呼び出すのは久しぶりだ。
俺は、イチかバチかの賭けに出る。
グレネードの着弾距離は15m先。それより長くても短くても、待っているのは死だ。
「な、なんだ。何をするつもり───うわぁあああ!?」
意を決し、発射。
ひゅるるる、という風切り音のあと、グレネード弾は地面に着弾。
着弾、爆発。
凄まじい轟音と共に、熱風が吹き荒れる。
即死半径は5メートルだが、殺傷半径は130メートル以内。当然、その中にいた俺もタダでは済まない。爆風に晒される。俺は着弾の瞬間に防御姿勢をとり、何とか威力を和らげる。しかし無傷では済まない。
「うわ、うわぁぁぁぁあああああああっ!!!」
だが、着弾点にいた白耳たちはそれでころでは済まない。悲鳴を上げるまもなく、10人ほどがミンチになって即死。
その周囲にいた白耳は、仲間がいきなり肉片になったショックと、全身大火傷や四肢欠損などの重症を負い、絶叫を上げる。周辺は阿鼻叫喚といった様相だ。
「も、燃える! 町が、燃えて! う、うわあああ!」
「熱い……熱いよぉ……」
「いてぇ……いてぇよぉ……誰かぁ……」
「火……火が! 火が燃えて……ああ、神様……」
俺は額と腕に破片を受け、出血。
しかし、俺を殺そうと集ってきた蜂や、俺を囲んでいた白耳たちは熱風で壊滅することに成功した。
残った蜂たちも火に恐れをなして周辺に散り散りなって飛んでいく。
いくら訓練された精鋭とはいえ、このような大規模な爆発は産まれて初めて見ただろう。彼らも平静ではいられない。その隙をついて、俺はコルトM79を真ん中から折るように銃創を開き、次のグレネードを装填。2発目を今度はかなり前方、指揮官と思われる白耳たちに向けて撃つ。
撃つと同時に俺は爆発によって崩れた包囲を抜け、丸まりながら地面に転がる。
風切り音、着弾、爆発。
またも10人ほどが肉片となり、その周りの5人ほどは重症で戦意喪失。
転がりながらコルトM79を捨てると、俺はM4A1カービンを再召喚。素早く中腰になると、今度は後ろを向き、俺を包囲していた残りの半分を順番に撃ち殺す。
30人以上いた包囲網は、あっという間に壊滅した。
俺は立ち昇る黒煙に紛れながら駆け上がる。
「ベ、ベネデット副班長、ご無事ですか!?」
先ほどの指揮官が、部下に引きずられて煙の中から這い出してくる。
「自分の周りで爆発を起こしやがったのか……少しでもしくじれば即死だろうに、イカれてやがる……! バケモノめ!」
悪態をつく元気はあるようだが、足は千切れる寸前であり、とても戦えるような状態ではない。
指揮官をまず狙うのが集団戦のセオリーだろう。俺は、M4A1カービンを構える。
俺の姿を視認した指揮官の顔が恐怖でゆがむ。
しかし、その時。
「ハイヤーーーーーッ!!」
壁を蹴り、超人的な身体能力で俺の前へ躍り出て来たのは、甲冑を着ていない若い『白耳』。
手には、螺旋に巻かれたような形状の奇妙な棒を持っている。
「副隊長殿から離れろ、お前の相手は、この僕だ!」
新たに現れた若い白耳はそう宣言すると、俺に向けて奇妙な棒を激しく打ちつけた。
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