第4話
「本日付けで強襲班所属となりましたフェリペ・バルツォーネです! よろしくお願いします!」
僕は、部屋に入るなり、最敬礼のポーズで皆へ挨拶をする。
この国の治安維持を司る『白耳』の中でももっとも誉れ高い『強襲班』のメンバーに選ばれたのだ。失礼があってはならない。
『白耳』。
それは、自ら志願してきた者達で構成された、都の平和を守るための自警団だ。
我々は、王政からも軍隊からも商会からも干渉を受けない、独立した正義の守護者。
白耳同士がお互いを監視し、敬いあい、機能する。市民の平和を守るため立ち上がった勇士なのだ。
その象徴として、僕達は入隊時に『白耳』と呼ばれる、聴覚を高めるバイオインプラントをキメラ手術で移植される。それがこの組織の名称の由来でもある。
「いよぉ、よく来たな!」
急に後ろから首に手を回され、引き寄せされる。驚いて目だけを向けると、そこにいたのは中年の『白耳』の男性。
よれよれの制服、無精髭。しかし、その眼光は鋭く、歴戦のベテランであることを感じさせる。
「なんでもフィル君は、王都でやった棒術の模擬試合でトップの成績だったんだって? いやぁ心強いなぁ。皆、新人くんをよろしく頼むぜ」
その男性は、僕の首をロックしたまま強襲班の人たちへ僕を紹介してくれる。
「あ、貴方は?」
「俺? 俺はここの副班長やってるベネデットだ」
「ふ、副班長さまでしたか!」
恐縮し、首をロックされたまま最敬礼をする。副隊長殿はそれをにやにやと面白そうに見ている。
「威勢のいい新人が入ってきたもんだ。じゃあ装備の準備よろしくな。そこにいる先輩たちに教えてもらうように」
副隊長殿は、緊張でガチガチになった僕の背中を軽く叩く。
「怖~い怖~い、悪い魔法使いに殺されないように、な」
「ま、魔法使いでありますか……その、本当にそんなものが居るのでありますか?」
「高次元量子干渉体」
副隊長殿のトーンが鋭くなる。
「巷じゃあ魔法使いだなんて言われてるが、そう呼ばれるやつらは実在する。まだ世界中で50人ほどしか観測されてはいないがな」
どのような理屈か、火と鉄と油の時代の遺物を呼び出すことのできる者たち。火器を無限に生み出すことの出来る犯罪者。
この国では、火を扱うことは重罪だ。故意の場合、死刑になる。それを無限に生み出してしまうのだ、存在そのものが違法となる。
「その怖い魔法使いとは例の、数日前に起きた港近くの歓楽街で大量殺戮を行ったとされる高次元量子干渉体ですか」
「おっ、フィル君は耳聡いねぇ。公式の発表ではアレはマフィア同士の抗争ってことになっているけど、本当は違う。アレをやったのは───1人だ」
1人で50人以上のギャングを皆殺しにした。そんかものが本当にいるなら、確かにそれは何かの魔法を使ったのだろう。
殺戮にしか使えない魔法。
副隊長殿は、更に言葉を続ける。
「その事件はキナ臭くてな。ウチの班長も何かを隠してやがる。分かってるのは、どうもその魔法使い野郎が、近いうちにこの『白の塔』へ、白耳の長官を暗殺しに来るってことだけだ」
長官を暗殺。
不可能だ。地方のマフィア数十人を殺すのとはワケが違う。
ここには、高次元量子干渉体の情報を豊富に持った精鋭の白耳が300人も常駐しているのだ。自殺しに来るようなものだ。
「ふ、副班長殿」
恐る恐る、僕は切り出す。
「いくら犯罪者とはいえ、取調べも裁判もなくその場で殺してしまうのは、いくらなんでも……その……」
魔法使い───高次元量子干渉体は、いかなる場合においても、見つけ次第その場での死刑が許可されている。
例え、生まれながらの大罪人であっても、そんなことが倫理的に許されるのだろうか。
僕の問いに、それまでにこやかだった副隊長殿の表情が、急に酷薄なものになる。
「フィル君、馬鹿言うなよ。あいつらはみんな化け物なんだ。化け物を殺して何が悪い?」
僕は、知らず知らずのうちにインプラントされたばかりの耳を触っていた。
◆
ダフネと3ヶ月を過ごした辺境の歓楽街を出て数日。都と辺境の中間ほどの地点に、その建物はある。
通称、白の塔。
バイオミネラリゼーションで作られた真っ白く複雑な形をした塔が、小高い丘の中央に高く聳え立っている。
保安官たちの総本部であり、象徴。志願してやってきた若者たちを雇用し、関連し、保安官としての役目を与え、報酬を約束する。
丘の中央にある塔の周りの斜面には、保安官の宿舎や、白の塔で事務員の生活のため集まってきた商店などがひしめくように軒を連ね、ひとつの大きな街を形成している。
斜面に出来た集落が平地にまで達すると、その周りをぐるりと取り囲む高い塀が聳え、入り口には厳重な門。更に、門の周りには数人の保安官が武器を携え警護にあたっている。
ここに常員している保安官は300人ほどだが、堅牢さは人数以上だ。マトモに正面から侵入して、白耳の長官を暗殺しようなどと考えるのはイカレたやつだけだろう。
俺は、5日かけて自分の足で山を越え、ようやく白の塔にまでたどり着いた。
バイオ産業で潤う街の中以外は、乾いた荒野が広がっている。
街で排泄されたバイオ廃液の血液が地面に捨てられ、赤黒い地面を形成。乾いた血液が風に舞い、血煙を常に巻き起こしている。俺の身体も服も血の土埃で薄汚れていることだろう。
フラフラと、ゆっくりと入り口に近づく。
「おい、止まれ。お前、旅人か? ここは通行止めだ」
門の前に立つと、関所の見張りたちが武器を構えて牽制してくる。
俺は、掌に力場を展開。ベレッタM93Rを生み出す。
俺の目標は、この地の最奥にいるはずの、ダフネの仇。
白耳の長官。その暗殺。
「!!」
驚愕に顔を歪める見張りの二人の急所を撃ち抜く。眉間、心臓。三点バーストによって見張りの2人は即死だ。
悲鳴。怒号。
「火、火だ! こいつ今、手から火を出したぞ!」
「魔法使い……高次元量子干渉体だ! 緊急配備! 伝令早く!」
向かってこない者とわざわざ敵対するつもりは無い。俺は、混乱する門番達の横を駆け抜ける。
商人たちや、保安官の家族が住むエリアを走り抜ける。塀から白の塔までは、直線距離にすれば500メートルほどか。
左右から弓や棘が飛来。俺はそれを察知し、身を低くして転がるように進む。恐らく、塀の上からの狙撃だろう。侵入に対する対応がとても早い。厄介だ。
ベレッタを投げ捨て、M4A1カービンを呼び出す。塀から一気に離れるが、今度は住宅地のどこかの建物から矢や棘が飛来。地面を転がり的を絞らせないよう動きながら、時折左右に威嚇射撃。しかし、それに怯むことなく矢は断続的に放たれる。俺はそれを避けるために、矢のこない方向へ逃げるしかない。
……袋小路に誘導されているのは分かる。だが、姿を見せない遠距離攻撃に対して、俺は誘導されるままになるしかない。
保安官達の中でも特に厄介な『白耳』たちが編隊を形成しながらやってくるのが見えた。
彼らは、全身貝殻のフルプレートの鎧で身を固めている。あんなものでは銃弾は防げないと、彼らなら知っているはずである。妙だ。
「周辺の人員の避難よし! 蟲を放てぇ!」
彼らの先頭を走る、指揮官らしき男が号令を放つ。
編隊の後ろから、黄色と黒の縞模様の何かが台車に押されて3つ前に出てくる。
彼らがそれを地面に放り投げる。木と土で出来ていたそれは、無残にも潰れてしまう。
俺を狙った投擲ではない。では、アレは何か。
高速で棒を振りぬいたときのような音。それも、相当な数。
割れた縞模様の球体から湧き出てきたのは、体長4~5センチはあろうかという巨大な蜂だ。
その数、数百ではきかないだろう。数千はいるかもしれない。
その蜂が大きな羽音をさせながら、俺の方へと向かってきた。
◆
「どうやら、始まったようだな」
魔法使い。
量子ねじれを利用し、平行世界の物体を掌に出現させる者の俗称。
詳しい原理は不明。だが、呼び寄せられる物体は、なぜか火器に限定されている。
白の塔へ物資を取引にやってきた商人たちのキャラバン。その一団に場違いな男が混じっている。
白いスーツに黒いシャツ、赤い中折れ帽には白のリボン。合皮ではなく、天然ものの皮を使用した靴。見るからに気障な格好をした、商人というよりは俳優といった風情の伊達男だ。
「旦那、どうやらここまでだ。どうやら、イカレたチンピラが白耳の連中に喧嘩をふっかけたらしい」
伊達男を載せた車の運転手の承認が、そう告げる。
「巻き込まれるのは御免だ、旦那はここで降りてくれ」
商人の一団は、突然始まった侵入者と白耳との交戦に怯え、すぐに逃げ去ろうとする。しかし、その男は帽子を指で弾くと鼻歌交じりで起き上がる。
「ああ、ありがとうよ。こいつァお礼だ」
伊達男は紙幣を商人に渡すと、颯爽と車から飛び降りる。
商人の一団が過ぎ去ったのを確認すると、掌に力場を展開。次の瞬間には、彼の手には銃が握られている。
彼もまた、魔法使いの一人である。
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