第3話

 燐光ネオンが赤や青、紫といった派手な色にギラギラと発光し、下世話な看板たちを照らす。飲食店に混じり多数の風俗店が立ち並び、多くの娼婦たちが路上で客引きをしている。

 ここは、このあたりでは最大の繁華街。交通の要所である港から程近く、都から多くの旅人が訪れ、酒や女を求め金が落とされる。

 大量のバイオ廃液が側溝を流れ、そこから蒸発した生臭い血煙が舞い、むせ返るような空気を作り出している。


 風俗街の最奥にある寂れた劇場。そこがドゥエンデのアジトだ。


 ドゥエンデは、風俗街の顔役たちの中では比較的若く、30前半ほどだ。

 彼は貧しい農村に生まれ、男娼としてこの街に買われてきた。その後、持ち前の知能と残虐さでメキメキと頭角を現し、敵対する相手を次々と葬り、のし上がってきた。

 面長の顔は蒼白で、髪は白に近い金色に脱色されている。金や真紅などの派手な色の礼服を好み、いつも着用している。男娼として買われてきただけあり、年齢は経たものの美男子に分類されるような顔である。しかし、その顔に不釣り合いの、異常なほど張り出した腹が特に目立つ。


「魔法使い? 手から火を出した? そんな御伽噺みたいなことが、あるわけないだろう」


 灯りもつけず真っ暗な劇場の舞台中央。ドゥエンデは椅子に座り、部下からの報告を受けている。

 神経質な様子で、ガリガリとテーブルを何度も引っ掻く。


「お、お言葉ですがボス。あの女の死体を見張ってたやつらや合成獣は、炎で真っ黒焦げになって死んだんです。ジヘも全身を穴だらけにして死んだって……普通じゃありえないですよ!」


 側近たちは『炎』という言葉を口から出すのも忌まわしいとばかりに、冷や汗をかき震えている。彼らが本物の炎を見たのなど、10年ぶりだ、無理もないことだろう。

 ドゥエンデの周りにいる警備たちも、その恐ろしい報告に心底恐怖している様子だ。

 周囲の部下たちのその姿に、ドゥエンデは大きくため息を吐く。


「いいか。僕は臆病者が嫌いだ」


 部屋を見回す。そこには、30人ほどの武装した用心棒と、40人ほどの娼婦。その誰もが、このドゥエンデが好きに使える駒たちだ。


「ダフネのやつは、この俺の商売から足抜けしたいなんて言い出したから、制裁を加えた。当然のことだ。それを逆恨みして、ジヘをも殺したイカレ野郎がもうすぐここに来る。年齢は30歳ぐらいの長身のチンピラ」


 ドゥエンデは、テーブルにあった酒を手に取り、一気にあおる。


「魔法使いなんて、そんなものは存在しない。ビビって逃げ出すようなやつは、僕が制裁をくわえる」


 そのドゥエンデの冷徹な言葉に、部下たちの全身は一気に冷え切る。


「イカレ野郎を確実に、殺せ」





「なんかよぉ、今日はギャングの数が多いぜ」

「何でも、このストリートを通る30歳ぐらいのチンピラが、無差別にギャングからリンチされるって話だ」

「ひえーっ、おっかねぇ。迷惑な話だぜ」


 行き交う人々の噂話を聞きながら、俺は通りを進む。

 道幅4メートルほどの風俗街のメインストリートで、今俺がいるのは両側を安ホテルで挟まれたストリートの入り口。多くの通行人が行き交っており、燐光を利用した客引きの看板がギラギラとまぶしい。

 このストリートを進んだ最奥の袋小路の一角が目当てのドゥエンデのアジトだ。

 どうやら、ジヘの言っていたことは本当のようで、ドゥエンデの息がかかっているだろう屈強な男たちが、そこかしこで目を光らせている。

 しかし、俺はそんなことには構わず、ドゥエンデの元を目指す。


「おい、待て。お前」


 5人の大男に囲まれる。彼は全員がキメラ手術を受け肉体を強化しており、手に刺胞弓やピラニア歯ナイフで武装している。物々しい雰囲気だ。


「今ここは、お前みたいな男は通行止めだ。殺されたくなきゃ、今のうちに───」


 掌に力場を展開。俺の手には、新たな銃が生まれる。

 M4A1カービン。1秒間に15発も弾丸を吐き出す悪魔。中距離でこいつに敵うやつは、この世界にはいないだろう。

 俺は、M4A1カービンを両腕で持ち、脚を前後に開き射撃姿勢を作る。

 タタタタタタタタッ。乾いた銃声と共に、俺の前にいた3人が悲鳴を上げるまもなく倒れる。即死だろう。


「お、お前っ───!?」


 後ろにいた2人が弓を構える前に、振り向きざまに頭に5発ずつ撃ちこむ。この2人も血を噴出して即死。

 そのまま横っ跳び。俺の先程までいた場所に、棘が無数に撃ち込まれる。

 刺胞弓。内部の浸透圧差で棘を打ち出す武器だ。だがその射程も弾速も、銃弾に比べれば絶望的なまでに遅い。

 受け身を取りながら2回転。リロードしながら射撃体勢を作ると、撃ってきた方向へ牽制射撃。


「あ、あいつだ! 5人やられたぞ!」

「ひっ……火ぃ! 火、火だぁああああ! あいつ、本当にあの黒い筒から火を出していやがる!」

「魔法使い! あいつ本物の魔法使いだ!」


 用心棒たちは、仲間が殺され恐慌状態に陥る。

 タタタタタタタタッ。乾いた銃声。俺は、銃弾を吐き出しながら、M4A1カービンの銃口を水平に右から左へと滑らせる。男たちは咄嗟に樫の木や貝殻で出来た盾をかざすが、ライフル弾の前にはあんな盾は存在しないのと同じだ。そのまま無惨にも貫通してしまう。

 男のうち3人は、またしても悲鳴を上げる間も無く即死。残りの2人は、肩と脇腹を貫かれ崩れ落ち、のたうち回り動かなくなった。


「う、うわああああああああああああ!!」


 突然始まった血なまぐさい争いに、周囲の無関係の客や住民は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「殺せ! 殺せぇ!!」


 アジトの劇場の門が開く。数人の男を乗せた車が、俺に向かって猛加速しながら突っ込んでくる。

 俺は、中腰になり射撃姿勢を作り、正面から発砲。タタタタタタタタッ。筋肉や貝殻で出来た車など、アサルトライフルの前では紙くず同然。中にいた男たちごと穴だらけにする。

 車が左右にぶれ、コントロールを失ったのを確認すると、俺は横に向けて転がる。車はホテルに激しく突っ込み、ホテルのロビーを破壊して、そのまま停止した。


 敵も住人もいなくなり、往来は水を打ったように静かになる。劇場前の道には、俺が殺した死体だけが残されている。殺したのは15人ほど。ジヘの言ったとおりなら、人数はあと半分くらいか。


 俺は、警戒しながら木製のドアを蹴破ると、劇場へと足を踏み入れた。


「この野郎───!」


 体格のいい男が殴りかかってくる。格闘技の心得があるようで、動きに迷いがない。

 俺はM4A1カービンでは接近戦は不利と判断し、アサルトライフルを手放す。

 魔法で生み出したものは、持ち主の身体から離れると1分ほどで崩れるように消えてしまう。なぜなのかは俺にも不明だ。


 男は左右のフックを繰り出す。それを身をかがめてかわすが、大振りなフックは囮り。本命はその次のミドルキック。それを前に詰めながらなんとか受ける。体格が1.5倍も違う相手の渾身の蹴りだ。体勢を崩さなかっただけで上出来だ。


 しかし、男は動きが止まった俺を、尾骶骨につながった第三の腕で掴む。キメラ手術でインプラントした義手だ。

 体格の大きい相手に掴まれた。普通ならそのまま組み伏せられて終わりだろう。


 俺は掌にベレッタM93Rを生み出す。

 大腿に一発。三本腕の男は絶叫して体勢を崩す。至近距離での発砲で、体勢を崩さないやつはいないだろう。

 俺は大男の顔面に向けて発砲。男の後頭部は風船のように破裂。即死。


 入り口からすぐ見えるステージの中央。そこに、ドゥエンデがいた。異様なほど肥大化した腹部のためか、難儀そうに椅子に腰掛けている。

 その周りには、まだ数十人の武装したギャングと、娼婦が取り囲んでいる。

 彼ら彼女らは、初めて見る魔法使いと、それが引き起こす火にすっかり怖気づいており、俺のほうへ向かってくるものはいない。


「あいつを殺したら、2000万出すぞ」


 ドゥエンデは俺を指差しながら言う。

 2000万。都の役人が10年間の給料でもらうぐらいの金額だ。用心棒や娼婦たちの目の色が一瞬で変わる。


「うおおおおおおおおおお!」


 雄叫びを上げながら、次々と突っ込んで来る。

 センザンコウの甲羅を移植した用心棒。仕事のために乳房が6つある娼婦。全身に棘を移植した用心棒。腕が4本と口が3つある娼婦。

 それを順番に撃ち殺す。


 背後から近づいてきた娼婦を、振り向きざまに撃つ。狙いが甘く、腹部に当たった。


「神様……ああ、神様!」

 

 娼婦は痛みに倒れながら祈りを捧げていた。頭へ二発。娼婦は動かなくなった。

 俺はM4A1カービンを新たに生み出すと、用心棒や娼婦へライフル弾を吐き出し続ける。タタタタタタタッ。その大半が即死するか致命傷。


 俺とドゥエンデの間には、死体が折り重なるように山になっている。

 ドゥエンデを取り囲んでいた部下たちは、あともう数人しか残っていない。


「ドゥエンデ、ダフネが世話になったみたいだな」


 俺は、M4A1カービンを構えながら、ドゥエンデにゆっくり近づく。

 しかし、圧倒的不利な状況でも、ドゥエンデは取り乱したりはしない。


「僕が一度も修羅場をくぐらずにこの地位についたとでも思っていたのか?」


 ドゥエンデは、礼服の前を大きく開き、異様なほど張り出た腹を露にする。そこには、キメラ手術によりバイオインプラントした昆虫の腹部が、黄色い粘液を滴らせながら無数に蠢いていた。

 その昆虫の腹部が一斉に震えた。

 全身が総毛立つ。時間感覚が引き延ばされたような感覚。

 物凄い爆音。


「ぷぎっ!」


 ドゥエンデを守るために彼の側にいた娼婦が、全身青紫になって絶命する。

 アレは───蝉の発音筋のキメラか。

 キャビテーション現象。超音波により液体内に真空の泡が発生、それが弾けることで衝撃波が発生するという現象だ。もし全身の血管内でそれが起きれば、毛細血管はボロボロになる。そのまま死ぬだろう。

 音の広がる速度は、当然ながら音速だ。避けることは不可能。

 遮蔽物の陰に隠れようと、音はどこからでも襲ってくる。全く意味をなさないだろう


 俺は全力で後方へ跳ぶと、受け身をとる暇もなく転がるように、ステージの後方壁際まで下がる。

 それでようやく、ギリギリドゥエンデの攻撃の射程から外れることができた。


「これがなんだか分かるか?」


 そう言うと、ドゥエンデは側にあったテーブルの上から半透明の容器を掲げる。中に入っているのは……右脳の後ろ半分。

 ダフネの脳。

 とっくに破棄したものと思っていたが。


「これは『証』だ……僕たちがお互いに裏切らないよう、お互いを監視する。その誓いの証だ」


 ドゥエンデは椅子からゆっくりと立ち上がりながら、そう言った。

 僕たち。お互い。やはりそうか。


「お前にあれほどの合成獣を用意できる資金力があるとは思えない。他にまだ、仲間が誰かいるのか」


 油断なく銃口を向けながら尋ねる。


「僕は、あの女が足抜けしたいなんて言い出したから制裁を加えたかっただけさ。それをどこで聞きつけたのか、あの女の上客だった3人が、あの女を殺したなら必ず脳を奪い、保管しろと言ってきたんだ」


 ドゥエンデは、辺境とはいえこの辺り一帯の裏社会の顔役だ。彼にそんな命令ができるほどの人物が、ダフネの脳を奪った黒幕なのか。

 ドゥエンデは興奮した口調で、ダフネの脳を奪った残りの3人の名前を告げる。それはどれも、この俺でも知っている権力者だった。


 治安維持組織の長官。

『カンパニー』の重役。

 都の暗黒街を仕切る麻薬王。


 どうしてそんな権力者たちが、場末の娼婦の脳を欲しがったのか。

「僕のキメラは燃費が悪いんだ。薬を飲まずに使えるのは後一回だ」


 そう言いながら、ドゥエンデはじりじりと間合いを狭めてくる。

 俺の動きを注視し、油断なく銃の有効射程外から俺を殺すつもりなのだろう。俺は、意を決して一気にドゥエンデの元へ走り寄る。

 ドゥエンデは勝利を確信し、顔を歪ませる。


「さぁ、死ね魔法使い───!」


 ドゥエンデが言い終わる前に、彼の眉間を撃ち抜いた。


 俺とドゥエンデの距離が20メートルほどにまで近づき、ドゥエンデが腹のキメラ細胞を震わせ、音圧を発生させるまでの1秒にも満たない僅かな隙間。

 俺は、左掌に力場を展開。新たな銃を生み出す。


 コルト・シングル・アクション・アーミー。


 ベレッタM93Rよりも弾速も精度も劣る拳銃だが、構造が単純でファストドロウと呼ばれる早撃ちに最も適した銃だ。大昔の達人であれば、銃を手にしていない状態から発射まで0.02秒で可能である。


 ドゥエンデは、右手のベレッタM93Rには注意深く用心しながら間合いを詰めてきたが、左腕に生み出したコルトSAAによるファストドロウまでは意識の外であったようだ。

 脳漿と血を撒き散らせながら、ドゥエンデが崩れ落ちる。

 蠢いていた蝉のキメラ細胞も、主の死によりエネルギーを解放することなく弛緩していく。


 俺は立ち上がると、ドゥエンデの元にまでゆっくりと歩み寄る。ダフネの脳を回収し、懐にしまった。

 残る脳は3つ。

 治安維持組織長官。カンパニー重役。麻薬王。

 全員、殺す。

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