花の都
ところが、大学受験も本格化してきたとき、事態は好転しだした。
「連絡がきたわ」開口一番、浅田さんが喜び勇んで手紙を見せた。それは東京にある超常現象などを研究する国家機関で、是非とも会いたいとのことだった。
「こんな国の機関があったんだ」と、私は正直に驚いた。超常現象といえばすぐに思い出すのが、幽霊や宇宙船だからだろう。しかし、今起きている平行世界なども、言わば超常現象に間違いはない。
「そっちの世界にはなかったの?」
「なかったと言うか、聞いたこともないし、存在してるかさえ知らない」
「そうなんだ。こっちでは結構有名よ」浅田さんの話では、テレビの討論会や、雑誌などでも取り上げられているようだ。これは、私の世界との大きな差と言っていい。
「それで、早いうちに研究所に来てほしいそうよ」
「なんか怖いな」浅田さんには悪いと思いながらも、つい、本音が出てしまった。
これが、私も知る機関なら問題はなかっただろう。しかし、初めて耳にする研究機関と言うこともあり、恐怖を感じたのかも知れない。これが別次元と言うことの証なのだろう。
「国家機関だから大丈夫だとは思うけど」
「でも、私の知る国家じゃないから」同じ日本という国でも、別次元の日本だ。自分が住んでいた日本とは、この事実だけでも大きく異なる。
「そうね。私も知ってるとは言え、内情までは理解してないないし、一緒に行くわ」
「いいの?」
「うん、心配だけど興味はある。それに、私の手紙に応えてくれたわけだから」と浅田さんは胸を張った。このことに対して、パパは快く承諾してくれた。当然のこと、ママも行くと言い出した。
「私だって興味あるし、万が一のことあって、家族がバラバラになるようならば耐えられない」とのことだ。ママの言うことには一理ある。
同じ国の機関だとしても、区役所や役場に行くわけではない。知らない場所に行き、何が起こるか分からないのも事実である。そう考えたら、浅田さんの同行に心配が残る。ただ肝心なことは、私達とは異なり、浅田さんはこの世界の住人だと言うことだ。トラブルが起こった場合に心強いのも確かだ。
色々と検討した結果、幸恵たち家族は、同行者から外すことにした。幸恵の母親が、ずっと怖がっているのも理由の一つだ。話によれば、ずっと家に籠りっきりらしい。恐らく、彼女の頭では、異世界の住人=敵なのだろう。そう思い込んでしまえば、敵陣の真っただ中では、塹壕の中で震えるだけの行動をとってしまうのも理解はできる。そんな母親を一人残して東京に行くことは、無理だと判断したためだ。私と幸恵の場合は、幸いにして敵と認識する前に、浅田さんの様な味方を見つけたことだ。
浅田さんの親は、私たちと東京に行くことをすんなりと許してくれたそうだ。
表向きは観光と言うことにし、私の親も同伴と言うことで納得したようだ。
やはり、勉強が出来ると言うことは、親からの信頼も厚いと言うことだ。
ローカル線に揺られ、新幹線を乗り継いで東京へ向かう途中、想像すらしなかった見慣れない景色が車窓に浮かんだ。東京にほど近い場所にも関わらず、そこは一面が風車で埋め尽くされていた。
「これは?」
「これ?風力発電だけど、そっちにはないの?」浅田さんは私の視線の先を見てから、当然と言うように答えた。
「風力発電はあるけど、ここまですごいのは見たことないわ」
「そうだな、それにこの辺は住宅などで密集してたはずだ」パパも目を丸くしながら、そんな景色に見入っていた。
「ええ。かつてはここも街が広がっていたけど、数年前に再開発されたはずよ」浅田さんは自分の知りうる知識を聞かせてくれた。
そしてその意味を知ったのは、東京駅を出た時だった。通りの車はほとんどが電気自動車で、そのせいか空は澄み渡り、耳障りな騒音もなかった。
電飾の施された看板が多くあり、何よりも大きな違いは、街中を動き回るロボットだった。掃除のロボットや駅の案内のロボット。私の世界でもロボットは居たが、ここまで生活に密着はしていなかった。けれども、緑も水も溢れるほど配置されており、けっしてごみごみとした都会とは言えなかった。
「かなり違うわね」私は見慣れぬ世界に驚きを隠せなかった。
「都会と田舎の違いね」都会の変化の方が目まぐるしいとの意見だろう。けれどもママの顔は驚きよりも、喜びの顔に見えた。ママが生まれ育った場所は、近くには羊が居たり、綺麗な小川が流れていたり、緑あふれる地域だったから、環境に配慮した世界が嬉しかったのかもしれない。
「風力発電の多さはこれで納得できたな」パパは、途中に見た景色の原因を納得したようだ。言い換えれば、この世界の方が進んでいるとも言えなくはない。
去年、おじいちゃんの住む大阪に行くときに乗った以来だけど、新幹線などには大きな違いはなかった。しかし、違いは確かに存在し、この世界は別の世界だと信じられるには十分すぎた。ママは担当の件で既に納得しているようで、この世界を楽しもうとしているようであった。それでも、研究機関に行く前に、是非とも担当と会いたいと、ママが譲らなかった。
「竹下ですが、杉田さんは?」会社は同じ場所に建っており、建物自体も差はないらしい。それでも社内には緑も多く配置されており、快適さはかなり違うらしい。受付の女性に取次ぎを頼むと、ママはそう言っていた。
「どうしたんですか?」暫くしてロビーに降りてきた女性は、ママに笑顔を向けてそう言った。
「ええ。近くまで来たので、ちょっとご挨拶をと思って」ママはそう言って相手の差し出された手を握った。そしてお菓子の手土産を渡した。
「ありがとうございます。それで、仕事で不便はありませんか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「竹下さんは仕事が早いので、こちらとしても助かってます」
「いえいえ、適切に振り分けて貰えるからですわ。ところで、柳田さんとお話ししたいんですが」
「柳田ですか?お知り合いでしたっけ?」
「ええ、ちょっと」
「そうですか、少し待ってください、部屋に居たはずなので」そう言うと、杉田と言う女性は、受付に向かって行き電話を借りた。
「すぐに降りてくるそうです」受話器をおいて戻ってきた杉田さんはママにそう言って、ソファーの置かれた場所へと案内してくれた。暫く雑談した後、仕事が残ってるとのことで、杉田さんはその場を後にした。
そこまでの丁寧な対応は、見ていても嫌な思いは少しも感じなかった。それでも、私達はママの行動を理解できずにいたが、この場は任せるしかなかった。やがてやってきた柳田と言う男性は、ママを見ても何の表情を浮かべなかった。
「柳田ですが、何の御用でしょうか」
「あら、ごめんなさない、名前を間違えたかしら」ママはそう言って恐縮したように頭を下げた。その時、ママを思い出したのか、笑顔で話し始めた。
「あー、杉田が担当の竹下さんですね、何度かお見掛けしたことがあります」
「はい、竹下です。私も何度か見かけましたが、間違いだったようです。ごめんなさい」
「いえいえ、良いんですよ。うちの部署、人数だけは多いですから」と柳田さんは笑って許してくれた。
「ママ、どういうこと?」会社を出るや否や、パパがママに訊ねた。
「うん、柳田さんは、私の事を顔見知りくらいにしか思ってないわね。担当なのに」
「うん、それで?」
「でも、確かに同じ人物よ、顔も同じだし、声も同じ。杉田さんだって、話はしたことないけど、顔は知ってたの、その杉田さんも同じ顔だった」
「何が言いたいの?」
「同じ人物は存在するってこと。そして相手も、私を同じ人物だと思っていることよ」ママは、この世界の住人=敵の構図を作らないようにしたかったのだろう。
それでもその行動に何の意味があるのだろうかと腑に落ちないような顔をして歩いていると、パパが私に話しかけた。
「浅田さんごめんね」パパは先に隣を歩く浅田さんに謝った。
「これから言うことは、私達には重要なことなんだ」
「はい、大丈夫です。理解していますから」
「美紀。これから私たちは、彼らから見て異世界の住人だと告白しにいくことになる。言い換えれば、敵国で名乗るようなものだ。通りすがりや、ちょっとした会話をするのとは訳が違う。ここの住人から見たら、私たちのほうが異世界の住人なんだ。だからこそ、敵に見られたくない。相手を敵とは思いたくないと言うのが、ママの本音だと思うよ」パパは、何故ママが担当と会おうとしたのか、簡単に説明してくれた。それは分かりやすく、浅田さんにも気を使ってくれたことにも感謝したいほどだった。確かにやさしく親切に接してくれている人でも、いざ、自分が異世界の住人だと知ったときに、同じ対応をしてくれるかは大きな疑問だ。
浅田さんのように理解を示してくれる方が稀だろう。『人に信じてほしければ、まずは人を信じなさい』ママのお父さん、私のおじいちゃんの言葉である。ママはそれを実践するために、信じる道を探したのだと思う。これから会う、見知らぬ人物のために。
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