もう一人の存在
その日を境に、私達の仲は急速に親密さを増した。それは。共通の秘密を持ったからかも知れない。三人が村に来ることも多くなり、幸恵と一緒に泊まりに行くことも度々あった。親たちは理解してくれていることに感謝し、浅田さんたちにだけは、信頼を寄せているようだった。
他の人たちに怪しまれないためにも、急激な点数の低下は避けるべきだとの指摘により、浅田さんたちに勉強を見てもらうことにもなった。
そのお陰で、先生などからも怪しまれないような点数を取ることが出来るようになり、心配事の1つからは解放された気分だった。
そのことに一番喜んだのは幸恵だろう。私とは違い進学を希望していたからだ。
それでも、解決に向かうような気配は何一つとしてなく、崖っぷちをよろよろと歩いている気分だった。そんな生活を送っていた時、放課後に浅田さんから言われた。
「向こうの竹下さんと話してみない?」と。本心を言えば、それは怖かった。『会うとどちらかが消滅するかも』との言葉が記憶に焼き付いている上、どんな会話を、どんな顔で交わせばいいかわからなかったからだ。私が答えを出しかねていると、浅田んは笑顔で言った。
「大丈夫よ、電話だから」その屈託のない顔に決心を固め、
「うん、わかった、私も話してみたい」と、返事を返した。
本当は、聞きたいことは山ほどある。何故、勉強が出来るようになったのかも、その中の1つだ。そして一番聞きたいのは、幸せなのか?と言うこと。私の両親は仲が良く、私の事も大切にしてくれている。この世界の私も、そんな生活を送れているかが聞いてみたいことであった。
『こんにちわ、初めましてって可笑しいかも知れないけど。よろしくね』自分の声を第三者的に聞くのは不思議な気分だ。とても自分の声とは思えないような声が、スマホを通して伝えられてきた。
「こんにちわ……。ごめんね」私は咄嗟に謝ってしまった。なぜならば、空気のような扱いを受けているのは、自分のせいだと思ったからだ。それに引き換え、今の私は浅田さんなどに良くしてもらっている。だから謝罪の言葉が出てしまったのだろう。
『あなたのせいじゃないわ。気にしないで』
「でも、ひどい扱いを受けてるんじゃない?」
『最初はね、でも、今じゃ私と幸恵は秀才と呼ばれてるから』と大きな笑いがもれた。どうやら、頭脳で地位を確立したらしい。
『当然、こっちの浅田さんたちとも、仲が良くなったわよ』私よりはるかに優れた人間のようだ。
「やっぱり、頭がいいのね」
『でも、私が気が付かなかった平行世界に気が付いたじゃない。あなたはあなたで優れている面もあるってことよ』
「ありがとう、なんかほっとしたわ」
『わたしもよ。やっぱり勇気を出して話した甲斐があったわ』私同様に、この竹下美紀も、少しは恐怖を感じたのだろうか。
「あの、一つだけ聞いてもいい?」
『いいわよ、なに?』
「あの、幸せな人生でしたか?」
『そうね、何1つ不自由しない人生だったわね。親も仲が良いしね』
「そうなの、良かった」
『あなたはどうだったの?』
「はい、私も幸せだったと言えます。パパもママもよくしてくれます」
『パパママなんだ、うちはいつの間にかお父さんお母さんになったけどね』
「あ!もう一つ聞かせて、なんで勉強が出来るの?」
『それの答えは難しいわね。特別なことがあったわけじゃないから。ただ、勉強が嫌いではなかったかな』
「私も嫌いではないけど、どこが違うのかな」
『それは自分で見つけるしかないんじゃない。私にはこれと言った特別な事があったわけじゃないし』
「もしかして、小さい頃に……」
『ええ、虐めにあってたわ』
「やっぱり、その時期は同じ体験をしてるのね」
『私はそれが我慢出来なかった』
「そうなんだ。同じ体験してても、そのあたりはちょっと違うね。私はそれほど深くは考えなかったから。世界が分かれたのはそのあたりかな」
『どうかな?お茶がこぼれたのはもっと前かも知れないし、もっと後かも知れない』
「お茶の話も知ってるんだ」
『ええ、聞かせて貰ったわ。そちらのお母さんは頭が良いのね、とても分かりやすかったわよ』
「子供っぽところもあるけどね」
『それはうちも同じよ』きっとママは、どこの世界でもおちゃめな存在なのだろう。それが嬉しくて泣きそうになった。
「話せてよかった。ありがとう」
『いえ。私からもお礼を言わせてもらうわ。これからも何かあたら連絡するから、またね』そう言うとスマホから、機械的な音が流れてきた。
「どうだった?話してみて」
「うん。なんか私よりも大人だなって感じたわ」
「そうかな。普通の高校生と同じに思えるけど」
「私が幼過ぎるのかも」
「それも違うと思うわよ。私には、普通の高校生に見える」と浅田さんは笑った。
ただ一つ、私は積極性に欠けていることを、あちらの私は気づかせてくれた。
勉強で地位を確立したと言うことは、本来の私ならばそれも出来るということだ。
私は今まで、出来ることさえしてこなかったのだと痛感した。嫌いではないと言える勉強にもっと真剣に取り組んでいたら、空気みたいな扱いも受けることはなかっただろう。私はそんな自分の世界に、幸恵も巻き込んでいたのではないかと反省するしかなかった。
しかし話の内容で、特別な出来事はなかったと聞いた時、お茶の量は関係がないと理解できた。記憶に残らない小さなことでも、差が生まれるのだと気づかされた。
ただ、どこで平行世界が出来上がったのかは見当もつかなかった。そんな話を浅田さんに言うと、
「確かに、平行世界が出来た理由はあると思うの。でも、それって、竹下さんが作り出したかは疑問が残るわ」
「え?どういうこと?」
「この世界が出来た理由、それはほかの人が作った可能性もあるっていうこと」
「あ……」
「わかった?確かに状況から見て、自分を原因と思うかもしれない。でも、竹下さんが作ったとは言い切れないでしょ。また逆の考えを言えば、竹下さんのいた世界が、後から作られた可能性もあるのよ」浅田さんの理屈に、私は衝撃を受けた。
今までは自分中心に考えていたから、この世界が別世界と思っていたが、この世界の人間からすれば、私たちのいた世界こそが別世界なのだ。
また、この世界を生み出す理由となったお茶も、私がこぼしたとは断言できないことである。誰でも、お茶をこぼす可能性があるのだ。だからこそ、平行世界やパラレルワールドは無数にある。と言われる所以でもある。それこそ『誰か』ではなく『何か』や『何事か』などまで含めれば、別次元が作られる要素は無限大とも言えるはずだ。
「いい、だから自分を責める必要なんてないのよ」そう言って浅田さんは静かに笑った。浅田さんは、私を勇気付けるために話をさせようとしたようだ。
確かに、解決策が見いだせない私は、焦って落ち込んでいたかもしれない。そんな私を気遣ってくれたのだろう。私は恵まれている。心底そう思えた瞬間であった。
ただ残念なことは、数か月経っても、元に戻れるような兆候が見られなかったことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます