共同戦線
それからというもの、浅田さんたちも『平行世界』や『パラレルワールド』について調べ始めてくれた。大学の研究機関を見つけては、質問のメールを送ったり、海外でも著名な人物に手紙を書いてくれたりもした。
私と幸恵だけでは到底、ここまでの事は思い浮かばず、何の行動も出来なかっただろう。それと嬉しいことに、あちらの世界に行った私たちまで、ちゃんと理解し、協力してくれていることだった。
それから一週間後、『違う世界を見てみたい』とのことで、浅田さんたち三人が、泊りがけで村に来ることになった。とは言え、目に見える違いはないと思う。
しかし、その日の夜、私の部屋で色々と調べているとき、浅田さんはすんなりと信じた理由を語ってくれた。
「いつものように、学校で授業を受けていた時に、それは起こったの」と、その事柄を思い出すような目で語り始めた。浅田さんは小学生の頃、麓の町に越して来たらしい。それ以前に居た町は、あの震災で破壊された町だったそうだ。
「それでね、避難所に向かう車の中で、私、見たんだ」
「何を?」この手の話に一番興味を持つ加田さんが、目を輝かせて聞いた。
「窓の外にね、違う世界が見えたの」
「どういう意味?」
「何と言うのかな、人とか町が、この世界とは全く違うのよ」
「なにそれ、怖い」と言ったのは塩谷さんだ。
「確かに見た目は日本人なんだと思うけど、変な鎧を着てたり、家なんかも今風の家じゃなくて、私の知る世界とはかけ離れていたの」
「本当に気味が悪い」と加田さんは吐き気を堪えるそぶりを見せた。
「そうなんけど、私はそれが現実の景色だってなんとなく理解していたのよ。それから道が霧に包まれたと思ったら、見慣れた世界が見えたの」
「一瞬だったってこと?」
「どうかな、でも、同乗者は誰もその異変に気が付いてなかったようだったけど、今考えれば、気付いても口にできなかったのかもね」
「きっと、見ても頭が信じようとしなかったのかも」私は幸恵の父親の場合を思い出し、そう言った。
「或いは、恐怖で目を向けられなかった。とか」塩谷さんの意見もあり得そうだ。恐怖で固まり、正面を向くことしか出来なかったのかもしれない。
「そうかもね、でもその時間、私は確かに、この世界とは別の世界の道を走っていたんだと思う。だから、竹下さんの話を聞いても信じられた」
「そうなんだ、ありがとう」
「いえ、お礼を言うのは私の方かも。なんかやっと自分の眼を信じることができたし、今まで、誰にも言えなかったことを言えた。気持ちが楽になったわ」と浅田さんは笑顔を向けた。
私が地震が原因かもと言ったことに、浅田さんも同意してくれている。実際に体験したからこそ、納得も出来たのだろう。浅田さんも地震の後に、短時間だが違う世界を垣間見ている。私達は見ているだけでは済まずに世界を跨いでしまったが、原理と原因は同じだろう。それが浅田さんの解釈だった。
「でも、正直に言って、随分とがっかりしたわ」そう言ったのは、塩谷さんだ。
「なにが?」加田さんがおせんべいを頬張りながら聞いた。
「だって、村も普通じゃん、というか、普通に見える。もっとこう、ええっ!って驚くような世界を想像してたから」と不貞腐れた顔を作った。私の家に来る前に、皆で村の散歩をしたことへの感想だろう。確かに、何の変哲もない村は、至って普通であり、塩谷さんの想像とはかけ離れていたらしい。それに落胆したようだ。
「それだと塩谷さん、私たちも学校に行った日に、ええっ!って驚かなくちゃダメってことよ。まぁ、驚いたことも確かにあったけど」と、幸恵が返すと、
「そっか、そうなっちゃうね」と大笑いした。
そこで私は『こぼれたお茶』の話をした。
要点としては、お茶をこぼした時期が重要ではないか。と言うことだ。
「そうかもね、お茶をこぼした時が、はるか昔ならば、もっと違った世界になってるかもしれないわね。逆に、お茶をこぼした時が最近のことならば、大きな差を生まないってことね」
「そう思ってるわ」私は浅田さんの推論に同意した。
「じゃ、浅田さんが見た世界って、遥か昔に出来た『異世界』ってことかな」加田さんは腕を組み、何やら想像しているような感じで尋ねた。
「そう思うわ。第一に、平行世界やパラレルワールドは1つとは限らないじゃない。いくつもある可能性のほうが高いのよ」浅田さんの見た変な鎧は、例えば、日本が開国した後、訪れた外人が鎧をもたらし、何らかの別次元が発生し、今と違う歩みをしたと想定すれば、それも考えられないことではない。
それよりも、もっと遥か昔に別次元が発生し、世界的に異なった文明などが出来たとも考えられる。そこはあくまでも想像の域を越えないが、あり得ないとは言い切れない。実際に、1つの異次元を見たからこそ、その点だけは認めざるを得ないだろう。
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