屋上の隅っこ対決
「一体、どういうこと?」朝、学生が行きかう校門で、浅田さんがいきなり詰め寄ってきた。その顔は険しく明らかに非難する目だった。意味も分からずに困惑していると、浅田さんは恐ろしい一言を吐き出した。
「あなた、誰?」
「え?誰って……」私はそこまで答えると声を失った。バレたのだ。
「昨夜電話してきて、いきなり怒り出したでしょ」浅田さんは私たちを睨みつけた。浅田さんが言う『電話』を私は掛けてはないからだ。答えを発せずにいる私たちに、浅田さんは話を続けた。
「あなたに、言われたの。『何で無視するの?』ってね。昨日も一昨日も、一緒にランチを食べたし、無視なんてしてないよね?」
「……うん」
「じゃ、私に電話してきたのは誰?それともあなたが私の知らない誰かなの?」浅田さんの話では。一方的に怒られたそうだ。
迂闊だった。幸恵の伯父と、村から連絡が付いたと言うことは、村とは元の世界が繋がっていることになる。地震のニュースもそれを裏付けている。同時に、私の世界に行ったであろう、この世界の竹下美紀も、想像通りに入れ替わっていたとしたら、村からこの世界の浅田さんと連絡は取れると言うことでもある。
浅田さんの話によれば、私の世界に行ってしまったこの世界の美紀は、クラスでのけ者扱いされているようだ。当然のこと、この世界の幸恵も同じ扱いを受けていたようだ。そう、空気のような存在である。訳も分からずに二日ほど我慢したが、耐えきれずに電話したとの事だ。しかし、話の内容から、この世界の美紀は、『平行世界』や『パラレルワールド』には気が付いていないようだ。もしも気が付いていたならば、騒ぎを起こすことはなかっただろう。
「いいわ。すべて話すわ」私は腹をくくり、そう答えた。
「でも、お昼休みでいい?長くなるから」と返事を待たずに付け加えた。
「ええ。ちゃんと説明してよね」そう言うと、浅田さんはくるりと振り返り、スタスタと校舎へと歩いていった。その後姿からは、何事をも受け付けないような激しいオーラが漂っていた。
「どうするの?」幸恵が心配そうに尋ねてきた。
「本当のことを話すわ」
「大丈夫なのかな」
「話さなくちゃだめよ、向こうに行った二人のためにもね」と幸恵に言うと、理解したように頷いた。その日は当然、休憩時間に話すことも、みんなで机を囲んでのランチもなかった。塩谷さんと加田さんは、そんな浅田さんの態度に戸惑っても居たが、そのことを責め寄ることはしなかった。
そしてランチ後。浅田さんは二人を従えて私のもとにやってきた。二人は何も知らないようだ。浅田さんは話をするまでは二人には言うまいとしたのだろう。
「屋上にいきましょう」私はまっすぐに歩いてくる浅田さんに、そう言った。
「ええ。いいわ」そうして五人は連れ立って、お昼休みの喧騒の中、屋上へと続く階段を上った。屋上の隅に陣取り、浅田さんが口を開いた。
「さあ、説明して」口調の厳しい浅田さんに、同行の二人は驚きの顔を向けた。
「一から説明するわ。でも、決して嘘ではないことだけは分かってほしい」私はそう言って地震の話から始めた。浅田さんは、明らかにその顔に怒りを表しているように、口をぎゅっを閉じ、真剣な眼差しで聞いていた。
「じゃ、調べるって、このことで?」一通り話終わると、加田さんが口を開いた。図書館に行ったことを指摘していることは分かった。
「そうよ、私たちは、初日にはおかしいって気が付いたの。二日目に返された答案を見て、その疑問は確信に変わったわ。それで調べることにした」
「ちょっとまって、あの話って本当だったの?」パラレルワールドについても、興味津々だった加田さんが、興奮気味に続けて尋ねてきた。
「そう思ってる。だって、テストなんて受けた記憶がないの」
「じゃあ、竹下さんは地震が原因だと考えてるの?」ようやく浅田さんが口を開いたが、その顔からは何の感情も読み取れなかった。
「そうね、前日は何の変哲もない日だったから、地震だと思う」
「確かにその日、ここで地震は起きてない」加田さんが呟くように言った。
「じゃ、これを観て」と、私は保存しておいたニュースをスマホに呼び出し、みんなに見せた。それは村で見た時のニュース映像だ。
「本当だ、確かに地震はあったみたいね」塩谷さんも遠慮がちに口を開いた。
「これで確証を得たのよ。そして……」と、幸恵は叔父の話も聞かせた。
「なんか、大変なことになっているじゃない」塩谷さんが大声をだした。
「わかっているわ。でも、どうしていいかわからずに、みんなと話を合わせていたの。決して悪気があったわけじゃないわ」
「話してほしかったな」と浅田さんが呟いた。一番、説得に苦労すると思っていた浅田さんだが、何故かすんなりと信じてくれた事には驚いた。
「ごめんね。向こうの世界だと、浅田さんとは口をきいたこともなくて……」と幸恵が言うと、
「やなやつなのね、向こうの私は」と浅田さんは少しがっかりしたようだった。
「ううん、私たちの出来がわるいだけよ。きっと」と幸恵はかぶりを振った。
「私もね、すぐにおかしいって気が付いたの。あなたたちの態度にね」浅田さんは何かを思い出すように、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「やっぱり変だった?」と私は聞き返した。
「変というよりは、具合でも悪いのかな?って最初は思ったわ。しかも、なんかよそよそしく見えたしね」
「ごめんなさい」
「謝る必要はないわよ。もしも同じことが私に起こったら、きっとパニックに陥ってるかもしれないわ。そう考えたら、二人は冷静だと思う」
「ありがとう」と言った瞬間、私の眼から大粒の涙が流れ始めた。真実味がなく、ずっと客観的にしか捉えることの出来なかったことを、みんなに認めて貰ったことで実感し、そして恐怖と安心感との混じり合った感情に流されたのだろう。隣の幸恵も涙を流していた。
「うんうん、よく頑張ったね」塩谷さんが優しく言ってくれた、
「そうだね、私でもきっとパニック起こしただろうな」加田さんの言葉も、私達を元気付けるのには十分だった。暫くして涙を拭い、
「話したついでに、お願いがあるの」私はそこで意を決して言った。
「なに?」浅田さんの眼も、普段の優しい眼差しに戻っていた。
「気が付いているかも知れないけど、向こうの私たちにも、伝えてくれない?」
どちらの世界にしろ、周囲に敵を作るべきではないと思ったからだ。
「そうね。騒いで大事になったら大変だもんね」暫く考えてから、浅田さんは答えた。やはり向こうに行ってしまった私たちをも心配しているようだ。
「でも、本当にごめんなさい」私は謝ることしか頭に浮かばなかった。
「竹下さんのせいじゃないわ」
「そうそう、そのことは気にしなくていいよ」加田さんも塩谷さんも浅田さんの言葉に同意してくれた。
「本当は、私も変だなって思ってたんだ」そこで加田さんも思っていることを口に出した。それはプリントの扱いについて、私が戸惑ったときに感じたことだと言っていた。この世界の生徒ならば、どうすればいいのか理解していて当然の事だったからだ。
「でも、元に戻れるのかしら」浅田さんは疑問を投げかけた。それが一番の問題だろう。もしも元に戻れないとなれば、あちらに行ってしまった私達とも会えなくなるとの心配からだろう。
「何とも言えないけど、地震が発端なら、また地震が起これば……って考えてはいるんだけどね」私の口調には自信の欠片もなかっただろう。しかし、今はそれしか思いつかないのが現実である。
「ともかく、このことはみんな、内緒だからね。普段通りにしててよね」浅田さんは昨日と同じような笑顔で皆に言った。
「でもさ、同じ人間だよね?なんか拍子抜けしたわ」と加田さんは笑った。
「別に宇宙人じゃないし、同じ人類には変わりないでしょ?」と、浅田さんがあきれた様子で言うと、
「だって、もっと怖いものかと思ったから……」と加田さんは少し顔を赤らめて答えた。
「確かに、人は知らないことを怖がるものだけど、知ればどうと言うこともないことが多いのよ。今回の事に関してもね」浅田さんの言いたいことはすぐに分かった。私たち二人を怖がるなと言いたいのだろう。
「うん、わかった。明日からはまたランチ一緒にね」塩谷さんも同意してくれたようで、一つ、肩の荷が下りたような思いに安堵した。
「ありがとう」私も幸恵もその言葉を心の底から発した。
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