家族の絆
「おまたせ」そこにママが三つのカップを持って戻ってきた。
「ありがと」
「どうもすみません」幸恵の父親が頭を下げた時、幸恵が叫んだ。
「おとうさん、またおじさんに電話をかけてみて」幸恵の言うおじさんは、昨夜掛けた相手の事だろう。
「え?ああ、そうだな」
「早く早く」幸恵の意図は理解できた。昨日の相手は元居た世界のおじさんで、今掛ける相手はこの世界のおじさんだと仮定出来る。もしも昨晩の電話を知らなければ、一つの証明になるはずだ。それが幸恵の意図だろう。
「そうか、いや、なんでもない、悪かったな」そう言って幸恵の父親は電話を切った。幸恵は興味津々にその後の言葉を待った。
「おかしいな」
「なんとおっしゃていましたか?」パパも興味を引かれたらしい。
「いや、昨夜の電話は知らないと……。確かに話したんだが……」幸恵の父親は、腑に落ちないと言った面持ちで答えた、『頭が固いし』幸恵が言っていた両親についての言葉が思い起こされた。そして出た言葉が、
「あいつ、昨夜は酔ってたのかな?」である、思考が認めようとしないのだろう。何かと理由をつけては真実を見ようとしない。自分の理解を超えることからは目を背けてしまう。大人ならば誰にでも罹りえるバイアスかも知れない。
「じゃ、私も」といきなりママが言い出した。
「何が私もなんだ?」パパは咄嗟に訊ねた。
「私も担当に電話してみるね。最近、話したばかりだから、もしもそのことを知らなければ。ね」と、ママは軽くウィンクした。何故かママはこの状況を楽しんでいるように見えた。好奇心の旺盛な人だとは思っていたが、それ以上だ。しばらく何やら話していたママが、笑顔で電話を切った。
「どうだった?」パパは覗き込むように尋ねた。
「私の担当、ここじゃ違う人みたいよ」と、ママは笑った。やっぱり楽しんでいる。
「え?どういうことだい?」
「うん、柳田さんが本来の担当なんだけど、ここでは杉田さんが担当なの」ママの言う担当とは、翻訳の仕事での担当であり、社は東京にある。普段はメールや電話だけの遣り取りで済ませるが、仕事の割り振りなどのために一応担当は決まっていた。
その担当が、ここでは別人だと言う。しかも本来の担当である柳田さんは、一度も担当になったことさえないのが、この世界だ。
「美紀ちゃんたちの言うことは本当のようね」ママはあっさりと認めた。
「そんな、信じられない」幸恵の父親は周囲も気にせずに声を荒げた。幸い、近くの席に人は座っていないが、従業員は確かにこちらを怪訝な目で見ていた。
「だって、彼らが嘘を付く理由はないでしょ?私を自分の知っている私と思ってるんだから」ママの理屈通りだろう。電話だけでママを異世界の人間だと分かるはずもないからだ。
「それでは一大事ではないですか」幸恵の父親は、今度は周囲を気にしながら小さな声でそう言った。やはり、先ほどの大声に自分でも驚いていたようだ。
「でも、家族は一緒でしょ。本当の家族」ママはさらりと言ってのけた。
「しかし、それでは……」幸恵の父親はまだ納得できずにいた。
「おとうさん、私たちはずっと一緒の家族だよ。似ているおかあさんでも、似ている私でもない。ずっと一緒にいた家族だよ」幸恵の言いたいことは手に取るように分かった。例え世界がひっくり返っても、今、家族は同じ場所にいるのだ、それが大事だと言いたいのだ。私もその考えには激しく同意できた。
「そ、そうだな。お前はずっと一緒にいた娘だ」幸恵の父親もようやく納得したようだ。ただ、問題はこの先のことだ。果たして元に戻れるのか?と言うのが、全員の疑問だろう。それは努力しなくてはいけないのか、来た時と同じように、偶然を待つしかないのか。
「どんな状況でも、協力だけはしましょう」暫く続いた沈黙を、パパの言葉が破った。本当ならば、村人全部で協力するべき事態だが、なにせ老人ばかりで、信じてもらえるとは思えない。
それでも、少なからずいる比較的若い人には、周知させることが必要だろう。と話は決まった。少しでも協力し合い、現状を乗り切る必要があったからだ。
ともかく、この世界の住人から敵視されることのないように振舞おうとも決めた。
普通の生活を送りながら、手を考えようと言うわけだ。この状態がいつまで続くのかさえ分からなかったのもあるが、元の世界に帰れる保証もないのだ。
それでも当初の目的は達成でき、私は満足のいく結果を喜んだ。幸恵も同じだろう、帰りのバスの中ではいつものような笑顔を見せていたからだ。それと、こんな事態になったことによって、幾らかでも、父親との距離も縮まったように感じたのかも知れない。それは親し気に笑い合う二人を見て思ったことだ。
しかし、翌日は思いもよらない事態が待ち受けていた。
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