二家族会議
夜、幸恵と両親が家に来た。これは私と幸恵が決めたことだ。
『うちの親は頭が固いから無理よ』と幸恵は渋っていたが、
『いつかは異変に気が付くはずだし、協力する必要もあると思うの』と私が押し切った形で決めたことだ。
「なんだかわかんないんだけど」と幸恵の母は恐縮したように頭を下げた。
「いいんですよ。私たちにもわかりませんが、何やら大事な話があるとかで」対応にでたママも恐縮しながら、訪ねてきた幸恵家族を居間へと案内した。
『パパ、ママ、今晩、幸恵たちが来るから、話さなくちゃいけないことがあるの』と、私は帰って直ぐにそのように伝えていた。私の両親と幸恵の両親、その正面に私と幸恵が座った。幸恵の父親は落ち着きのない様子だった。
なにか良くない話でも聞かされるのではと思っていたのだろう。良くないことには違いはないが、幸恵の父親が想像していることではないと言い切れる。
話によれば、幸恵の両親は地震後、村を出てはいないようだ。二日とも裏の山で伐採仕事をしていたようだ。だから、町で起きていることは、細かいことまでは知らないはずである。ただ、人づてに地震の話を聞いただけらしい。
「集まってもらってすいません」一呼吸してから私は頭を下げた。
「何か事件か事故でもあったのか?」幸恵の父親はやや興奮気味に聞いてきた。
「その両方だと思います」私ははっきりとそう答えた。
「いったい何があったの?」幸恵の母親も心配そうに尋ねた。それに引き換え、うちの両親は落ち着いているように見えた。しかし、それは見た目だけで、目には厳しい光を覗かせていた。どうやって話そうかと思ったが、はっきりと言った方がいいだろうと思えた。
「まずは、見てほしいものがあります」そう言って私はテストの答案をテーブルに並べた。同じように、幸恵も持参した答案を隣に並べた。どれもほぼ満点の答案に、親たちは満面の笑みを浮かべた。
「これがなに?素晴らしい点数じゃない」幸恵の母親は何度も答案に目を向けていた。私のママも答案に目を向けたが、問題は別にあると分かっているようだった。そんなママが気が付いたことは、
「まさか、二人でカンニングでもしたの?」だった。普段ならば帰宅して直ぐに見せる答案用紙を、二家族の前で披露した理由を無理矢理に探したのだろう。
「そういうことじゃないの。私たち、テストを受けた記憶がないのよ」
「え?それってどういうこと?」ママは心配そうな顔で尋ねてきた。
「ちゃんと説明すると、テストの予定すら知らなかった」
「でも現にこうして……」幸恵の母親が、テーブルに置かれたテストを指さし、興奮気味に言った。
「そう。それが問題なの」と、冷静な態度をとるしかなかった。そして、
「昨日の地震は覚えているでしょ。あれ、町では起きていないとしたら?」と付け足すと、その言葉にパパが直ぐに反応した。
「どういうことだ?理由がわかったのか?」
「ちょっと待ってね」そう言って私はスマホを操作し、昨日の地震関連のニュースを呼び出した。
「ここにあるように、昨日、この辺りで地震が起きたよね。でも、麓の町でスマホ検索しても、地震関連の記事が出てこないの。要するに、町では地震が起きてないことになってるのよ」
「じゃあ、なにか?飼料屋のおやじさんが言ってたことは本当なのか?」
「地震が起きてないんだから、知らないのも当然よね」
「あなた、どういうこと?」ママに聞かれて、パパは事の顛末を話した。
「それじゃ何が起こっているんだ?」幸恵の父親は状況を理解できずにいた。
「パラレルワールド。平行世界とも言うわ」私は言うべきことを口にした。
「え?どういうこと?」訳が分からずに、幸恵の母親は少しヒステリックになっているようだ。
「順を追って話すわね」と私と幸恵は地震があった朝からの出来事を、事細かに説明した。そして行き着いた答えが、平行世界だと伝えた。
「テストは、地震の前に行われていたの。だから、私達は地震が原因じゃないかって考えてるの」私は更に、テストの予定表もテーブルに並べた。その話が終わったとき、ママが思い出したように口を開いた。
「以前、そんな内容の本を翻訳したことがあるわ」
「あー、君が『専門家に任せればいいのに』とぼやいてた本か?」
「そうよ、専門的な言葉も多く、苦労したもの」
「それでそれにはなんて?」口早に聞いたのは幸恵の母親だった。
「著者の意見はあくまでも論理上の指摘であり、可能性を肯定しただけの本だったけど」
「いや、どんな意見なの?」幸恵の母親は、パラレルワールドや平行世界については、まったく知識がないようだ。
「あくまでも仮説なんですけど、例えば、一時間前のある一点で、お茶をこぼした美紀と、お茶をこぼさなかった美紀が居ると、その時点で、二つの時間軸が出来ると言うことです」
「それじゃ、全く意味が分かんないんですが」
「タイムマシンは分かりますよね」
「ええ、そのくらいなら」
「では、タイムマシンで一時時間前にタイムスリップして、お茶をこぼさないように、過去を変化させたらどうなりますか?」
「お茶をこぼさずに良かったね。ってことでしょ?」
「確かに良かったですが、お茶をこぼした現実世界は既に存在しているんです。それと同時に、お茶をこぼさなかった世界もその時点で発生してしまうんです」
「二つも世界ができてしまうの?分からないわ」
「おばさん、仮に私がタイムマシンで過去に戻ってお茶をこぼさないようにした場合、私を送りだしたみんなは、そのままこの世界に残っていますよね?私がマシンを使ったからと言って、みんなが消滅するとは言えないでしょ?でも、お茶をこぼさないように修正した世界もその時点から発生し、皆さんも存在し始めると言うことなんです」
「じゃあ、私が二人も存在することになるですか?」幸恵の母親は狂気に近い顔でわめきだした。
「仮に……。お茶をこぼした五分後を考えてみます。お茶をこぼした世界では、誰かがそれを拭き取るでしょう。でも、こぼさなかった世界では、その時間に他の行動が行われる。例えそれが何であっても、その後の世界に何らかの影響を及ぼします。その時点で、既に二つの異なる世界が出来上がっているのです。当然のこと、二人が存在することにもなります」ママの説明にも、幸恵の母親はヒステリックに訳の分からない言葉を繰り返すだけだった。私と幸恵も、この二日間が無ければ、恐らくパニックを起こしていただろう。
「お、お前、すこし落ち着け」幸恵の父親に諭され、少しは落ち着きを取り戻したようだが、幸恵の母親はブルブルと震えていた。暫くそんな様子を見てから、私のママが話を続けた。
「今は仮説として『お茶』を題材にしましたけど、それ以外、もっと世界に影響を及ぼす事柄だって起きうる可能性があるんです」
「え?それは……」幸恵の母親が口ごもると、父親が代わりに口を開いた。
「最悪の場合、戦争さえあり得ると言うことですね」
「多くの変化が重なれば、極端な話、そういうことも起こり得る世界になる可能性もあると言うことです」ママはすごくまじめな顔で答えた。
「それは分かりましたが、私たちと関係があるんですか?」
「はい、あります。どうやら、その平行世界とこの村が繋がってしまったみたいなんです」と、私はクラスメートの態度や微妙に違う景色の話をした。
「そんな馬鹿な話が……」幸恵の父親は怒り狂ったように声を荒げた。
「でも、それ以外に説明が付かないんです、もう一度これを見てください」と私はテスト用紙を叩いた。
「私達は確かに二人いると言う証明が、このテストです。このテストは恐らく、もう一人の私が受けたんだと思います。けれども、何らかの理由で入れ替わった。村ごと入れ替わったと言うのが、私達が行き着いた答えなんです」両親たちは、私達が冗談やおふざけでしている話ではないと理解したのか、一言の反論も出てはこなかった。暫くすると、幸恵の父親が小さな声で言った。
「わかった。すいませんが、ちょっと失礼します」そしてどこかに電話を掛けた。暫くしてスマホを仕舞うと、
「今、弟と話しましたが、特に変わったところはないですよ」
「では、明日、町から電話をかけてみてください。そこでも変化がないようならば、私たちの間違いだと認めます」
「いいでしょう。明日は町に行く予定があるので、試してみましょう。では今夜はこれで」と怒りが溢れるような顔つきで、幸恵の父親は帰っていった。仕方なく幸恵も震える母親に手を貸すように帰っていった。
「パパとママも、明日は町に行ってね」
「私たちはお前を信用している。でも突飛すぎるな、この話は」
「うん、わかってる。だからこそ、明日は自分で確かめてほしいの」
「お前がそこまで言うのならば、行くことにするよ。地震の件はたしかに変だしな」パパの返答に、ママも黙って頷いていた。しかし、現状が分かったからと言って、どうしたらいいのかは、見当が付かなかった。果たして、入れ替わってしまった世界を、元に戻すことは可能なのだろうか?
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