敵か味方か?

 翌日、事態は前日と変わりはなかった。何気ない挨拶と冗談などをを交わしあい、普通に授業が始まった。ところが、最初の衝撃は一時限目から私に襲い掛かって来た。それは返却されたテストだった。稀にみる高得点に自分でも驚いたが、その驚きを軽々と超えたのは、テストを受けた記憶さえないことだ。


「竹下いつもながら頑張ったな」教師にもそう言われたが、なんのリアクションも取れずにいた。やはりこの教師も、私の知る教師ではない。

『竹下、もう少し頑張れ』と言われる方が聞き慣れているし、それ以外を言われた記憶もなかった。英語はママの影響で得意なのだが、数学は苦手だった。それから教師は黒板に目をやり、

「竹下、授業が終わったら職員室に来てくれ。みんなに配ってもらいたいプリントがある。日直のお前に頼むな」と言った。当然、それらも日直の仕事の一つだろう。正直、職員室に行くことも怖かった。想像もつかないことでも起こりそうだったから。けれども、断る理由は見つからない。


「はい」と返事を返し、そそくさと答案用紙をしまい込んだ。授業後、職員室で渡されたプリントは来月のテストの予定表だった。ここでも違いに気が付いた。

今までこの学校が、これほど頻繁にテストをしていた記憶はない。しかも、予定表などと言うものの存在も、今初めて見知ったことだ。見れば小テストのオンパレードだ。私の知る学校は、学業よりも部活動に力を入れていたはずだ。そして教室に戻り、プリントを配ろうとしたとき、戸惑う私に加田さんが教えてくれた。


「そこに積んでおけば必要な人が取るよ」と。配ると言っても、生徒の自主性を尊重しているようだ。教壇の脇にある木箱にプリントを入れておけばいいらしい。

その時、加田さんの眼光が鋭く光ったように感じられた。それに気が付かないような態度で席に戻ると、すぐにチャイムが鳴った。

そして驚きは次々と続いた。数学よりも更に不得意な物理の点数も良く、生物ときたら満点だった。教師からはお褒めの言葉を頂いたが、黙って頷くことしかできなかった。『受けた記憶なんてない』今にも泣きそうな私とは対照的に、浅田さんたちは当然と言うような笑顔を向けていた。


「ここじゃ、私たちって頭いいの?」ランチを済ませ、急いでやってきたトイレで幸恵が話し始めた。私と同じように、幸恵のテストも良かったらしい。当然の事、他に誰もいないことは確認してある。

「そう言うことらしいわね」冷静さは取り戻していたが、真実味がなく客観的にしか答えることが出来なかった。

「だから、浅田さんたちとも仲が良いのか」と、幸恵は素直に納得したようだ。

「だと思うわ。そうなるとやっぱり……」

『別世界』この言葉は二人同時に発せられた。

「なんか、この世界も悪くないなって思えてきたわ」と、幸恵は笑っていた。

「でも、この先が問題。次のテストで同じような点数が取れる?」

「あー、それは無理、ヤバイわ」幸恵はそう言ってため息を漏らした。

「試しに、答案の答えを自分でも書いてみたんだけど」そう言ってノートと、返された答案用紙を幸恵に見せた。

「同じ字にしか見えないね」幸恵は二つを見比べてからそう言った。

「それでね、職員室に行ったときに貰って来たんだけど」と今月のテスト予定票を幸恵に見せた。

「今日返してもらったテストは、先週の金曜に実施された訳ね」プリントを見て、幸恵は確かめるように言った。

「そうよ、地震の前よ」

「やっぱり別世界なのかな」幸恵は予定表を見ながら呟いた。

「この事からも、単にテスト受けた記憶をなくしているわけではなく、完全に自分とは別の自分が存在していたことになるんじゃないかな」

「この点数じゃ、そうとしか思えないよね。でも、この世界にも私たちが居たと言うことは理解したとして、どこにいったの?」と幸恵は疑問を口にした。

「私が思うには。入れ替わったってことじゃないかな」

「じゃ、この世界に居た頭の良い私たちは、私たちが居た世界で、肩身の狭い思いをしているのかな」

「空気のように扱われているはず」

「それはそれで可哀そうね。でも、本当にそんなアニメや映画のようなことがあるのかな」

「それは私にはわからない。でも、今が異常なのは確かよ」

「あ」そこで幸恵が思い出したように声を上げた。

「もしかして、昨日の朝、美紀が言ってた景色が違うって、あれかな」

「たぶんね。似ては居るけど、完全に一緒じゃないって事だと思う」浅田さんたちが自然な態度で接してくると言うことは、同一人物には見えると言うことだろう。

ところが、頭の出来には差があることは明白だ。同じに思えても、なんらかの違いがあることには、疑いの余地はなくなったと言えよう。

同じように、景色一つとっても、完全に一致するとは限らないと言うことだ。

そこに、別の生徒が入って来たので、二人は口を閉ざした。誰に聞かれても可笑しな話だし、二人以外は別の世界の住人と想定する必要があったからだ。

そんな彼女らに、変な素振りを見せるわけにはいかなかった。今はまだ、ここの住人が敵か味方かを判断する材料がなかったからである。

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