味のないお弁当
一時限目と同じように、二時限目も授業の内容は頭には入ってこなかった。クラス全員が肩を震わせ笑っているかのように感じられて、とても授業を聞く気にはなれなかったからだ。今のこの状況の説明を、どうにか導き出そうと必死にあがき続けた。
二時限目の終了チャイムが鳴ると同時に、浅田さんが振り向いた。
「トイレ行かない?」
「え?あ、あ、さ、さっき、さっき行ってきたから」顔面がものすごい勢いで熱くなるのを感じ、スムースに言葉が出てこなかった。
「そう。じゃ、行ってくるね」浅田さんは嫌な顔を一つ見せずに、教室を出て行った。そんな何とも普通に思える会話が、今は何とも不気味に感じられた。それを見ていた幸恵が、浅田さんが教室を出るなり駆け寄り、
「なんだって?」と口早に訊ねてきた。
「それが……、『トイレいこう』って」ありのままを話したつもりでも、如何にこれが異常な事なのか、自分でも驚いていた。
「なにそれ、まるで仲のいい友達じゃん」幸恵は声を張り上げた。
「ちょっと声が大きいわよ」
「あ、ごめん、でも変だよね、これって」
「うん。なんか昨日までと違う」
「だよね」
「浅田さんだけじゃない。ほかの人もなんだかおかしい」
幸恵が声を張り上げた時、誰一人として煙たい顔を向けてこなかったのを、私は見ていた。声は届いていたはずだが、誰も気に留める様子がなかった。
今までならば声が聞こえるだけで『うるさいな』くらいの顔を向けてきていたが、そんなことも起きなった。ずっとヒソヒソ話しかしてこなかった私と幸恵の存在は、『空気に徹すること』。それが、今日は大きな声を出し、存在感を見せたとしても、誰も咎めるような態度をしかなったことだ。
三時限目が終わると、今度は『あげる』と浅田さんは私にキャンディーをくれた。『ありがとう』と返すと、彼女はにっこりと笑い、次の授業の準備に戻った。窓側の席から見ていた幸恵は、ただ首を振るだけだったが、そんな幸恵にもキャンディーが届けられていた。浅田さんのエリート仲間である塩谷さんが、幸恵に話しかけ渡したところだった。
ランチの時間、いつものように幸恵と屋上に行こうとお弁当箱を取り出した時、不意に浅田さんが振り向き、手慣れた様子で机をくっつけ、当然と言うような態度で私の周りに三人が集まった。それは浅田さん同様のエリートグループの面々だった。
その上、お弁当を下げて歩いてきた幸恵の席も、しっかりと用意されていた。
そして、それが当たり前のように、机を囲んでお弁当を広げだした。
「竹下さん、昨日はどうだった?」それら一連の動きを唖然として見ていた私に、浅田さんが唐突に聞いてきた。
「え。え?な、なに?」
「もう、昨日のこと忘れたの?」
「なにかあった?」
「図書館で調べるって言ってたでしょ」
「あー、あれね……、み、見つからなかった」と咄嗟に言い繕った。
「そっか。残念だったね」と浅田さんは励ますように笑顔で答えた。浅田さんの話はそこで終わり、疑問だけが私に残された。何を調べていたのかも見当が付かずにいたが、一番の疑問は『何故、このメンバーとランチを摂っているのか?』と言うことだ。しかも、浅田さんの話からすれば、昨日も会話を交わしていたことになる。
ところが、そんな記憶はどこにもなかった。浅田さんのグループはみんな勉強の出来る生徒ばかりで、自分たちとは違う世界に生きていると思っていた。
私たちが知る浅田さんグループは、いつも窓際の加田さんの席に集まり三人でランチを摂っていたことだ。当然の事、一緒に食べたことなどもない。一緒に食べようと誘われたことさえ一度もなかった。
幸恵にキャンディーを渡した塩谷さんもそうだが、その隣にいる加田さんには、怒られたことはあるものの、それ以外は口をきいた記憶さえもなかった。
そんな加田さんも、実に自然な態度でそこに座り、普通に話に加わり笑っているのだ。幸恵は小さくなって、黙ってご飯を口に運んでいる。
居心地の悪さを感じているのは私だけではないようだ。そんな時にふと思い出したのは、とある古い映画だった。村人全員が宇宙人に乗っ取られると言う内容なのだが、まさにそんな感じだった。
その映画同様に、宇宙人とはまでは言わないが、クラス全員が別人にすり替わっているのではとさえ思えた。ランチの時間、話だけは合わせていたが、内容はちぐはぐだったに違ない。ここまで味のしないランチは初めてだ。
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