最終章 You Only Live Twice 31

ビルシュは『代理の者』、そして『我々』と言った。


そのふたつについては深掘りしたいところだが、ストレートに質問したところで正しい答えが返ってくるとは限らない。


「なぜ俺をこちらの世界に連れて来た?先ほどの話だと、俺がこちらの事象に関与することは許されないとでも言いたそうだったがな。」


「君はイレギュラーだからね。本来、タイガ・シオタという人物は召喚されるべきではなかったと思っている。」


「その言い方だと、やはり意図的に召喚したのは事実のようだな。」


「そうだよ。すべては勘違いから始まった。まさかあの世界に、こちらの系譜を持つ者が実在するとは想定外だったからね。」


「こちらの系譜?」


「言葉で表現するには適切なものが見当たらないけど···神格化したものの係累とでもいえばいいのかな。それが別の世界で見つかった。同じタイミングでこちらに目当ての存在がいなかったというのが事の発端といえる。」


「その目当ての存在とはテトリアのことか?」


「まさか。彼には荷が重かった···いや、当初はそう考えてはいたのだけれど、現世に現れた彼は馬鹿が加速していた。以前はもっと素直だったのだけれどね。」


えらい言われようだが、テトリアに関しては頷く他なかった。


奴は傀儡のように生き、その後に性格を破綻させた気もする。テトリアをあの様な人間にしたのはビルシュの罪過が大きいように思えた。


「その目当ての存在とは何だ?」


「魔王とでも言うべきかな。この世に波乱や混沌を起こし、人の世に鉄槌を下す存在だよ。」


やはりそういうことか。


神が直接関与できないことは、使徒と呼ばれる者を使って行う。


それがビルシュにしてみれば魔王、そしてルシファーは執行者と言った。


悪神と善神の差というのではないだろう。


人も神も見る角度が違えば、正義も悪もひとつというわけではないのだから。


「それをおまえは乱世によって行い、ルシファーは粛清によって清めようとでもしたということか?」


特に確証などはなかった。


単にビルシュとルシファーの性質の違いからの推測だ。


「まあ、君から見たらそうなのかもしれないね。」


「先ほど我々と言ったのはそういうことか···。」


「そうだ。ただ、勘違いはしないで欲しい。ルシファーと私は敵対しているわけでも友誼を結んでいる訳でもない。」


「それが堕神同士の関係性というものだという理解で良かったか?」


酷く曖昧な回答だが、それで下界の均衡を保っているといわれれば納得はできた。


世の中は勧善懲悪では測れない。


特に、人ならざるものが間接的な支配をしているこの世界では尚更だ。


「広義ではそうだね。」


「それで、おまえの狙いは?」


「···今話した内容では不服かな。」


「少なくとも、個としての狙いがあるように見える。」


ビルシュは自らの存在意義に不満を持っているのかもしれない。


それとも、アザゼルに生み出されたことへの恨みか。


俗的に考えれば、ベリアルという堕神がルシファーに対抗意識を持っているとも、下界で絶大な格を形成したいのだとも思える。


本心を語るかどうかはわからないし、人が想像できる範疇を超えている可能性はあった。


「それを聞いても君にはどうすることもできないと思うけどね。」


元々はどうかわからないが、今の俺にはそれほど重大な価値はないということだろう。


むしろ、ルシファー寄りとして邪魔なだけかもしれない。


「俺の役どころはないということか。」


「君は勘違いをしている。この世界に呼ばれたのはイレギュラーだと話した通りだ。ルシファーに唆されて飛び回る蝿みたいなものなんだよ。」


なかなか嫌な例えをしてくれるものだ。


エージェントなど、敵からすれば確かに周辺を飛び回る蝿のようなものかもしれない。


しかし、無理やりこちらに連れて来た当事者のひとりが、そういうのはどうかとも思う。


「要するに、俺はこの世の魔王候補として間違えて召喚された。おまえにとっては意にそぐわないし、周りをウロチョロとされるのは目障りだということだな。」


「ついでに言えば、ルシファーも似たように思っているだろう。君を放置していれば、下手をするとこちら側に毒されるかもしれない。だからわずかな指標と力を与えて邪魔をさせることにした。仮に君が期待値以下の働きしかしなくとも、大した犠牲でもないだろうしね。」


なかなか傷つくことを言ってくれる。


だが、理にはかなっている気がした。


どちらの陣営にしても放っておくと面倒だが、多大な労力をかけて取り込むまでもない。


まるで、元の世界のエージェントという消耗品と同じ扱いだなと思った。


非常時には必要だが、均衡がとれた状態ならば厄介者扱いされる。


どこまでもクソッタレな立ち位置だと舌打ちしたくなった。


「そうか。喜ばしい事実とはほど遠いが、これまでより経緯が明確になってよかったよ。」


半分は皮肉、そして半分は本心である。


まだ何か隠しているものがあるかもしれない。


しかし、もう十分だった。


この世界が元の世界とは異なる次元にあるのか、それとも広大な宇宙のどこか別の惑星に位置するのかはわからない。


ただ、現実と向かいあえば、今の俺はここに立ちビルシュと対峙している。


エンシェントドラゴンの系譜であるとか、執行者に選ばれただとかはどうでもよかった。


単に住む世界が違っても、共通するものやつながるものがあるということにすぎない。


微妙に異なる神や悪魔の存在など、複雑に考えれば混乱をきたすものでしかないのだ。


不必要な情報はぼやかして、自分にとって重要なことだけに目を向ければいい。


「そんな物分りがいいところを見せても無駄だよ。」


「どういう意味だ?」


「結局のところ、僕らは争うためにここにいる。そうだろう?」


「争って勝てるかどうかは重要なところだけどな。」


「随分と殊勝なことを言うね。」


「俺はすこし特別な経験をしてきただけの人間だからな。」


「神と争っても勝てない···か。」


「亜神や魔神は墮神に勝てるのか?」


同じ神格でも大きな違いがある。


神界にいるのは紛れもない真神というやつだ。墮神は神界から堕ちた真神をいう。


一方、亜神や魔神はもともと人であったものが何らかの経験や実績で昇華し、神格を得るものだったはずだ。


そう考えると、俺は少し亜神や魔神の領域に足を突っ込んだ人間という程度だろう。


では、ビルシュはどうなのか。


精神はルシファーと同じく墮神であるベリアルかもしれない。


肉体はハイエルフのままと考えていいのか。


「神もいろいろさ。真神であっても格が低ければ大したことはない。亜神や魔神も同じようなものだと思えばいい。まあ、そもそも真神は神界にいるからこそ真神なんだけどね。」


今、ビルシュが重要な言葉を漏らした気がする。


真神は神界にいるからこそ存在する?


それは、下界に来たときに実体をなくすからではないのか?


かつて猛威をふるった悪魔王の中には、堕天したものも少なからず存在したという。


奴らは下界で実体を得たということなのだろうか。


···そう考えると、目の前のビルシュはハイエルフという実体を伴った人間と考えてもよい気がした。




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