最終章 You Only Live Twice 30

準備を整えてすぐにマトリックスを駆り、目的地へと向かった。


翼を使えばそのままでも飛行はできそうだったが、無駄に体力は削らない方がいいだろう。


それに、ルシファーから一時的にせよ授かった力だ。


ビルシュが同じ堕神の類であるベリアルだとすると、視認する前にこちらの位置を把握して何らかの攻撃を加えてくる可能性があった。


今のところ、ビルシュの目的は明確にわからない。


ただ、何となくだがテトリアの後釜として俺を引き入れたいのではないかと思えた。


テトリアは言うまでもなく人間性が破綻している。


共闘するにはリスクがあり過ぎるというのは、これまでの経緯でもまざまざと見せつけられた。


本来、ビルシュがやろうとしていること···こちらから見えているものは氷山の一角程度かもしれないが、隠密行動ができる存在が不可欠と考えられる。


もちろん、圧倒的な戦闘力と倫理道徳を気にしない人間性も求められるのだろうが、そういった者だけが仲間だとどこかで破綻するのが常だ。


現にテトリアは伏兵としては機能せず、重要事項も考えなしに漏らしていた。


ビルシュにとってはそれも計算の内だったのだろう。


テトリアの性格を知り尽くしているからこそ、扱いやすさはあったのだといえる。


しかし、やはりそういった相手は使いどころが難しい。


エージェントの任務で否応なしに共闘した敵国の同業者がそれに近いのだが、彼らは共通の利益のためには裏切ることは少ないのである。中には自らの利のために動き祖国を裏切るような奴もいたが、そういった思考を持つ者はそれなりの気配や言動を振り撒くので注意を怠らなければ脅威ではない。


むしろ、最初から信頼関係などないのだから、裏切られてもリカバーしやすいといえた。


それをテトリアに置き換えた場合、絶えず懐にピンの外れた手榴弾を携えているようなものだ。


奴には裏切りなどという思考はない。


ただ、自分の思うがまま無計画に、衝動的に動く稚拙な存在なのである。


場をかき回すのには最適かもしれないが、要所要所には据えることのできない核弾頭といった比喩がわかりやすいかもしれない。


ただ、俺をその代替に使うのであれば、洗脳や精神干渉の類には十分注意を払う必要があった。


それを防ぐためには先手必勝しかないだろう。


背後にある真実を暴くことは難しい。


自らが最善と思える段階で曖昧なまま終焉を迎えさせることが、俺のできる精一杯だと思うしかないのだった。




遺跡の手前でマトリックスからおりて徒歩で向かうことにした。


今のビルシュがテトリアのように精神体アストラルボディだとするとかなり面倒だが、その可能性は低いと考えている。


精神体アストラルボディは、傍から見れば完全な人外で精霊や霊の類だ。


神アトレイクを差し置いて現実社会でそのような姿を晒してしまうと、ビルシュそのものが神格として崇められてしまう。


そうなった場合、神アトレイクの使徒として考えられればいいが、皆がそう思うとは限らないのだ。


宗教的観念からすると、現世に実在してしまう常軌を逸した存在は、それだけで特別なものと見なされる。


神アトレイクを崇拝しようとも、身近に神格化した精神体アストラルボディのビルシュがいれば奇跡として扱われ、それだけで神アトレイクへの信仰がビルシュへと転じてしまう恐れもあった。


宗教団体の教皇や教祖は信仰の最高判定者、神の代弁者、使徒などと考えられ、その権威や政治への関与などは常人の知るところではない。


ただでさえその教皇という立場で死に戻りをしたビルシュの場合、崇拝対象の神よりも強いインパクトを持ってしまうのである。


そこで肉体を持たない精神体アストラルボディで衆人環視の前に現れたとなると、ほぼ間違いなく神と見立てられるだろう。


それを根拠として、ビルシュは元の肉体を保持したままだと考えていた。


とはいえ、この場には俺以外の者はいない。


テトリアとの戦いでサキナが用いたLIVE配信をするつもりはなかった。


理由は単純だ。


この戦いは堕天した神、いわゆる亜神との戦いである。


こんなものを一般観衆に見せてしまうのは、現実を逸脱しているとしかいえなかった。


そして、俺自身も相手がベリアルである場合、手段を選ぶつもりはないのである。


俺は非力だ。


特にこちらの世界では神の類と比肩するような力など持ってはいない。


魔族や悪魔に対しても、対多数が相手となると銃器などがなければ太刀打ちできないのである。アッシュやマルガレーテたちのように持てる力で殲滅というわけにはいかなかった。


卑怯といわれようと、罵られようとも搦手で戦う。


ここで勝利しなければ、おそらく多くの人々がその身を危険に晒してしまうからである。


俺は正義の味方を気取るつもりはない。


ただ、だまって罪のない人たちが傷つくのを静観していることはできなかった。




「やあ、思っていたよりも早かったね。」


現地に行くと、普段通りのビルシュがいた。


「殺されたんじゃないのか?」


あまりにも普通過ぎて拍子抜けするとともに、これまでの経緯は何だったのかと思う。


「今更だね。詳しい説明が必要かい?」


「いや、いらない。それよりも、おまえは人間にとって害悪をなす敵だと思っていいのか?」


「害悪とは心外だな。人間は常に何かの指標を欲している。目的がなく、生活にゆとりができると何者にもなれなくなるものだ。そういった世界にスパイスは欠かせないと思うのだけれど、いかがかな?」


宗教演説のような物言いをする。


いや、確かに彼は一大宗教の教皇ではあった。


「そのスパイスのあり方が問題だとしたら?」


「それを決めるのは君じゃない。いや、正しくは現世の人間がそれを決められはしない。」


「そもそも、俺は現世の人間ではないけどな。」


「そういうところだよ。君はすぐに人の揚げ足を取ろうとする。現世どころかこの世界の人間でないのだから、論争に参加する資格すらないと思うけれどね。」


こいつは宗教家として俺と対峙するつもりなのだろうか。


宗教哲学というものは理であり、また俗世間とはかけ離れている場合もある。


「そういったもので誤魔化すのはどうかと思うぞ。人の生き死にに関することに、資格がどうだなどというのは論外だろう?」


「ふむ。確かに君のような世俗的な塊にはそうかもしれないな。」


「現実主義者といってもらいたいところだな。」


「ならば理解しているだろう?」


「何をだ?」


「人間の残酷性、怠惰、傲慢さや嫉妬心など、狭小な心で他者を傷つけ、己自身のためだけに生きようとする業の深さをだよ。」


次は七つの大罪でも語るのだろうか。


「そんなものは反吐が出るくらい見てきたさ。しかし、だからといって神格が手を出すことでもないだろう。」


「そうだ。だからこそ、我々は代理の者をこの虚妄の世界に顕現させようとしているのだ。 」


代理の者?


虚妄の世界?


「今度はブッダの教えか?」


「君の世界のものとは別だ。だが、神意というものは多かれ少なかれ似たような部分があるということだよ。」


なるほど。


ブッダの教えには「友をつくりなさい」というものがある。しかし、その教えの「友」とは善友がすべてだったと思う。


要するに、仏教では「誰とでも仲良くしろ」とはいわないのである。




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