最終章 You Only Live Twice 29
エージェントの活動で最も職業を偽証しやすかったのは大学の助教授だった。
助教授というのは博士号があればなれたりする。
もちろん、大学院を卒業したからといってすぐになれるものではなく、大学や公的な研究機関などで
しかし、諜報機関に属していると、そういったキャリアの偽証は比較的容易だったりする。例えば、実際には所属していなくとも、軍の研究機関に名を連ねることくらいは裏で手を回せば実現可能なのだ。
エージェントという職務そのものが国家などの安全保障を担っているため、司法や行政機関も暗黙の了解として受け入れたりするのである。
助教授という職業はやはり専門的な知識を必要とするのだが、世界中で活動する上では宗教学という選択肢は欠かせない。
世界三大宗教はキリスト教、イスラム教、仏教である。その中でも、欧米圏で活動するためには信者数が世界人口の3割以上、24億人を超えるキリスト教は外せない。
もちろん、軍の研究機関には各宗教に関する専門家がいる。テロ対策はもとより、各地域で唱えられる思想はその地場における宗派に影響していることが多いためだ。
というわけで、俺自身も宗教学や悪魔学には馴染みがあるといえた。
そしてこちらの世界の文献や、部分的とはいえルシファーの思考を読み取った中から出した推測である。
ミカエルとルシファーは双子という関係だといわれており、さらに神界に残ったミカエルがアトレイクと同一の存在だとすると、そこからさらに分神したのがベリアルではないかという結論に達した。
それが正しいものかはわからない。
しかし、アトレイクとビルシュの関係や活動の中身を考えると、あながち間違いではないと思える。
アトレイクが光とすれば、ベリアルは闇。
互いに表裏一体と考えるのはこれまでと同様といえよう。
そしてアザゼルとの関係についてだが、その系譜として誕生したビルシュは
そう考えると、アザゼルに匹敵する力···ルシファーと同等の存在ということになる。
この下界でルシファーを除けば、やはりそれは同じ堕天した存在、かつかなり上位の堕神ということではないのだろうか。
「虚偽と詐術の貴公子という言葉ほどビルシュにしっくりくるものはない。それにベリアルの呼称のひとつが合致した。別にそれが事実かどうかはどうでもいいがな。」
俺は思ったことをそのまま口にした。
実際に奴がベリアルだろうがそうでなかろうが関係はない。
もしそうならいろいろと辻褄が合うと思えるだけだ。
詐術に優れたビルシュ、そしてアザゼルを倒せるだけの力を有する存在。さらにアトレイクやルシファーと同等の格を持ち、悪徳のために悪徳を愛する不埒な者。
もし目の前で否定しようとも、俺の中での奴の正体は限りなくそれに近かったのだ。
「なるほど···君はそう思っているわけだね。」
「違うなら否定すればいい。」
「残念だよ。君には虚偽と詐術の貴公子として映るわけだ。」
「そう考えればいろいろと納得できることが多い。」
「アトレイク様との関係性が見えないけどね。」
「それは本気で言っているのか?」
ルシファーが下界にいる限り、神界では均衡を保つために同等の存在を配置しようとする。
それがアザゼルではなくベリアルなのは考え方の違いだといえよう。
アザゼルは人間と深く関わり、強い情を持った。これでは下界に厄災をもたらす存在にはなれない。
この先はあくまで推測に過ぎないが、おそらくそれほど間違ってはいないだろう。
下界でルシファーに力を蓄えさせたくない神たちは、対抗馬を送り込もうとした。それがアザゼルだったとして、およそ神らしくない情念を人に抱き、立場を逸脱したのではないかと思えた。
そしてその系譜として生まれた
この時点で、ビルシュの内面には別の堕神であるベリアルが宿っていた可能性が高い。
堕神とはいえ、神殺しなど他の存在では果たすことは難しいはずである。
これまで見聞きしてきた知識として、神界は人の社会そのものだといえた。人間自体が神を模倣して生まれたのだからあたりまえだといえるが、そういった思考は勢力争いそのものにも反映される。
要するに、自分たちの力が及びにくい下界でルシファーに好き勝手されたくない小心な神たちが、力のバランスを崩壊させないように送り込んだのがアザゼルでありベリアルなのではないかと思えたのだ。
さらにいえば、ルシファーを牽制すべきベリアルがルシファー以上の力を持ったとすると、その均衡も粉々となってしまうのではないかということである。
「君が何をどう捉えているかは知らない。でも決着をつけたいということはわかるよ。」
このまま話を続けたところで、埒が明かないというのは互いが思っていることだった。
確かにビルシュの正体を暴いたところでどうなるわけでもない。
それを言い広めたところで信じる者も少なく、下手をするとこちらが狂人扱いされる可能性もあった。
「決着をつけれるなら望むところだ。」
「···わかった。ならば、先日君が立ち寄った遺跡で待つとするよ。」
意外なほど話が早かった。
奴が俺に対して何を望んでいたのかはわからないが、あてが外れたということなのかもしれない。
しかし、ただ存在を消したいだけなら、わざわざ場所を指定して呼び出さなくとも事足りる気がする。
相手は堕神、そしてこちらはいろいろと力を授かったとはいえただの人間なのだから。
「近々訪れるよ。」
俺がそう言うと、目の前の梟は去って行った。
仰々しいという気がする。
何かの意図や策略があるのだろうが、俺一人を消すには時間をかけすぎていると感じた。
まだ何かあるのだ。
俺をすぐに消せない理由···もしくは、ルシファーに脅威を感じているだけだろうか。
いくら考えても答えは出そうになかった。
「現状で使える武器のすべてをくれないか?」
クリスの所に向かった俺は開口一番にそう言った。
「何だ?最終決戦か?」
クリスは驚く様子もなく、ただ淡々とそう返すだけだった。
「これで最終になればいいがな。」
「相手は神に近い存在なのだろう?物理的な攻撃は効果があるのか?」
「さあ、どうだろうな。やってみなければわからない。」
弓や剣でなら太刀打ちできないとは思う。
ただ、こちらの世界でイレギュラーとなるような火力ならどうだろうか。
相手は神界にいる真神ではない。
それに、これまでこちらにいた悪魔王が堕天した存在なら、それを討ち滅ぼすことはできたということだ。
ビルシュがベリアルだとしてもその可能性に賭けたい。
「ひとりで行くのか?」
「その方がいいだろう。」
「だったら、これを先に渡しておこう。」
「これは?」
「緊急信号を発する魔道具だ。救援が必要な場合はオンにするといい。」
「わかった。」
「それから···他の者には伝えてあるのか?」
「いや、伝える気もない。」
「ふむ。だったら君が倒れて他に脅威が迫るようなら、こちらを押すといい。まあ、その余裕があればだかな。」
俺はもうひとつの魔道具も受け取った。
クリスなりの発破のかけ方だろう。
俺が死ねば、他の者も同じ運命をたどることになるからがんばれということである。
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