最終章 You Only Live Twice 28

「人のために動いていたと言いたいのか?」


「ある意味そうだね。」


今更、何を主張したいのかわからなかった。


「前の大司教を操り、魔人を世に放ったのはおまえじゃないのか?」


「確かにそうだ。」


「人体実験で理外のものを生んだとは思わないのか?」


「理外ねぇ···魔族の血が人間の体内に入って、変化をもたらすことは理の内じゃないかな。」


「その副反応で命を落とす者が多勢に出てもか?」


「前提として、君が最初に対峙した魔人たちは意図的に生んだものではないよ。」


「偶発的に魔人化したとでもいうのか?」


「そうだよ。彼らは今の君と同じスレイヤーだった。ある時に魔族と死闘を演じてその返り血を浴びたんだ。受傷していた彼らは、偶然にも魔族の血を取り込み体内で異変が起きた。」


「そうなる予測はあったのじゃないのか?」


「ふむ···君は誤解している。僕は学者じゃないからね。そもそも脆弱な人間を強化しようなどという発想はなかった。」


脆弱な人間という言葉を使った。


意図した言葉ではなく、それがこの男の本心だろう。


「しかし、その事象を知ったおまえは悪魔化に着手した。」


「それも誤解だね。あれは僕の指示ではなく、悪魔どもが勝手にやらかした。考えてもごらんよ。君や四方の守護者から加護を授かった者を倒すのに、どれくらいの数を揃えれば対抗できるというんだ。数十数百の集団が攻めてきても、君たちは何の犠牲もなくそれを壊滅させた。悪魔化も魔族化も成功する確率は極めて低い。いったいどれだけ非効率なことをすれば目的を達することができるのか。」


「おまえは人の命は何だと思っているんだ?」


「そうだね···僕の父親だったものは人間が好きだったみたいだね。それが理由で堕天するくらいだから。」


目をクリクリと動かしながら話しているが、梟だけに表情を読むことはできなかった。


ただ、その声音には侮蔑の色が含まれている気がする。


「父親ではなく、おまえ自身がどう思っているか聞きたい。」


「君がいた世界では、大量殺戮兵器が何度か使われていたよね。」


「それがどうした。」


「あれは人の命を奪う目的で使用されたわけじゃないでしょ。それと同じだよ。」


大量殺戮兵器の使用は、当然のごとく激しい非難を浴びるものである。そしてこれまでに何度か使われてきたのも事実だった。


「より多くの人の命を救うための犠牲とでも言いたいのか?」


確かに、大量殺戮兵器の投入は戦争における終焉、早期に勝敗を決するためのものだといえる。


善し悪しは別としてその効果は高い。


だが、その爪痕は時間が解決してくれるような浅いものではなかった。


「そうだ。僕が行っていることもそれと同じだとは思わないかい?」


「神アトレイクの威信を高めるためというのであれば、それはただの無差別テロだと思うがな。」


「別にそれだけを目的としているわけじゃない。人はただでさえ、日々の生活に余裕を持つと争わずにいられない生態だ。でも共通の目的があれば、その愚行も抑えられるとは思わないかい?君も前にいた世界で散々それを目の当たりにしてきたのだと思うけど。」


確かにその通りである。


しかし、だからこそ時代とともに情報戦や諜報活動に切り替わった。


「そういった大きな争いや犠牲が生じないように俺のような人間がいた。」


水面下で大きな動きに至る前に抑圧や瓦解を生じさせる。それによって第三次世界大戦は起こらなかった。


俺個人がどうのというよりも、エージェントと呼ばれる者たちの活動でそうなったと考えたいところだ。


「それは詭弁だね。」


「具体的には?」


「世界大戦というのは、数カ国が二陣営に別れて全面戦争を行うことでしょ?世界の均衡を考えて、二国の争いに他の国が直接的な武力を投入しなかっただけという考え方もあると思うけどね。」


そんなことはわかっている。


所属する組織がその片方、もしくは双方と絡むことがなければ関与することもなかった。


だが、間接関与による抑止力は働いていたともいえる。


「なぜ最初のテトリアとの戦いを止めた?」


「いきなり話を逸らすのかい?」


「いや、関係したことだ。あのとき、おまえが神アトレイクと偽って戦いを止めたのは、こちらの世界でその大戦じみたことを起こしたかったからじゃないのか?」


あのまま戦いが続いていれば、勝利したのはテトリアの方だったと感じていた。


結果がそうなっていた場合、少なくとも現時点での動きは変わっていたはずだ。


「あのまま君が負けていれば、対外的には大した情報もなく悪漢テトリア、もしくはそれに憑依された大戦犯タイガ・シオタが生まれていただろうね。でも、それだと困るんだよ。もっと明確な立場で人類の大きな脅威を生み出す必要があった。」


つまり、こいつは情報操作を行い、人々の意識を誘導しようとしたということだ。


そのため、労せずに俺を葬ることができたタイミングでテトリアに攻撃をやめさせた。


まわりくどい。


しかし、神アトレイクへの信仰心を高めるという意味では必要なことだろう。


そして、先の大量殺戮兵器の話も根本は同じなのである。


不特定多数の者たちに絶望を与えて心を折るか、救世主をかつぎあげて心の支えとさせるかの違いでしかない。


この作用はまったく別の性質を持っているようで本質は同じなのである。


プロバガンダ、アジテーション、そしてマインドコントロールなど、いずれも対象の規模の大きさや深浅に違いはあるが、情報操作や世論誘導を用いた扇動であり洗脳なのだと思えた。


しかし、唯一理解できないことがある。


この男は何を目的としているのか。


主体性がないわけでも、神アトレイクに対して盲目的な献身をしているようにも思えない。


「···虚偽と詐術の貴公子か。」


ずっと予感めいたものが頭にあった。


それが確実性のあるものかどうかはわからないが、ビルシュの正体を知る上でぶつけてみようと思ったのだ。


微かだが舌打ちする音が聞こえた。


梟の姿で実際に舌打ちしたかは分からないが、今の言葉に対する心理を現しているかに思える。


じっと反応をうかがった。


苛立っているかのように視線をさ迷わせているように見える。


互いに沈黙するが、こちらからは反応をしめさない。


ただ、知っているぞという雰囲気で次の言葉を待った。


「ちっ···ルシファーめ。」


ようやく出た奴の言葉がそれだった。


俺が放った言葉がルシファーからもたらされた情報だと勘違いしたのだろう。だから今更ごまかしても無駄だと考えたのだ。


虚偽と詐術の貴公子。


そう呼ばれた神界の存在とは、元の世界でいう堕天使ベリアルのことだ。


ベリアルはミカエルや他の神と同等の力を持ち、ルシファーの次に生まれでた大天使といわれている。


こちらの世界では神と天使の概念が少し異なるのだが、光の息子と呼ばれたミカエルに対してベリアルは闇の息子と呼ばれていた。


破壊、そして邪悪と罪を振りまくために生まれたといわれるベリアルは、普通に考えればミカエルの対抗馬である。


しかし、ミカエルが神界、ベリアルが下界という構図は同じでも、この二柱が協力関係にあることから別の発想へとつながるのだった。




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