最終章 You Only Live Twice 27
自宅へと戻った俺は体を休めることにした。
あの後、特に気になる動きはない。
各国では様々な協議が行われ、スレイヤーギルドを通じて俺と連絡を取りたがる者は何人かいたようだ。
しかし、取次ぎに関してはしないように伝えていた。
スレイヤーギルドに連絡をしてくるということは他国の要人か何かだろう。少なくとも、国を通じて連絡を取ってきたところで簡単にはつながらないことはわかっていた。そのあたりはさすがにこの国が防波堤となっているのだ。
疑いが晴れ、具体的な敵の動きが見えない今となっては、今後のための動きが活発化するだろう。
以前にも似たようなことがあったが、俺を確保したいと考える勢力がそれなりに存在するのである。
ただ、それが国内の要人であったとしても、今は対応する気にはならなかった。
スレイヤーギルドにはその旨もしっかりと伝えてある。
瞼を閉じ、意識が落ちかけたときに誰かが扉をノックした。何となくこちらに向かって来る気配は感じていたが、おそらく急用ではないだろう。
はっきりと相手が誰かわかったわけではない。
しかし、今はまず体を休めることが重要だと勘が告げていた。
敵意や殺気がない相手だと判断できると無視してしまうことにする。睡眠をとるべく頭を無にしてしまう。
どんな状況でも危険がなければ睡眠を貪る。
職業柄として大事なことだった。
ああ、だから俺には恋人どころか、友人と呼べる者がいなかったのだろうな。
ふとそういったことだけが浮かび、やがて意識を落とした。
翌日、軽く部屋の整理をしてからシニタへと向かう。
具体的な考えがあるわけではないが、ビルシュが現れるならここしかないと思えた。
教会本部を一望できる場所にある宿を探し、その部屋の窓から様子をうかがう。
それほど集中せずに、何ともなしに視線を漂わせているだけである。
すぐに結果が訪れるかわからない待ちの監視体制に入った。
スレイヤーギルドと各面々には、何かあれば宿に連絡を入れるように頼んである。
通信用の水晶があれば便利だが、魔力のない俺には使うことができない。インカムも通信範囲からは外れていた。
こういった状況では、何かを焦ったり無理に考えを巡らせることに意味はない。普段と違う状況、俺の場合ならただ漫然としていることで、新たな発想や着眼点を持つことができたりするのである。
二日が経過した。
断続的に睡眠をとり、体が鈍らない程度に鍛錬をする。
その繰り返しで漫然とした時間が流れていく。
定期的にスレイヤーギルドとも連絡をとっているが、特に何の進展もなかった。
連絡をとる際には教会本部の通信環境を使わせてもらっている。そこに常駐する方が何かと都合がよいのだが、ビルシュが関わる件については俺への扱いに困惑する者も少なくないためその選択肢はなかった。
聖女や聖騎士団長、それに教皇代理となった大司教については今まで通り協力的だ。
しかし、俺がその三人との距離感を間違えるわけにはいかない。
彼女たちは教会本部の要職者である。しかも最上位の立場にいるため、俺との関係を曲解されることは好ましくなかった。
人が集団を形成すれば、様々な人間が入り込むのが世の常である。
先代大司教の件もあるが、アトレイク教の規模ともなれば似たような思考を持つ者の出入りはあって当然というものだ。
ソート・ジャッジメントによると、そういった悪意を持つ人間は大なり小なり見分けることができる。
しかし、だからといって毎回排除するほどのものでもない。注意が必要なのはそういったヤカラが派閥を形成してクレアや教皇代理を失墜、もしくは利用しようという動きを見せないかどうかである。
人間性に問題のない者が悪意ある者に利用されるのは世の常ともいえるが、それは権威や立場が大きい者ほどその影響は甚大なものとなりやすい。
あれだけいい加減な執務をしていたビルシュとて例外ではない。
古くから教会の要職に就いている者や信者にとっては、それなりに重要な人物であったのはこれまでの動きを見ていてもわかる。
ビルシュはいい加減なところもあったが、人間性に関しては好かれやすいものだった。
それが演じていたものか素のものかはわからない。
しかし、俺にとっても奴は付き合いやすい人物であった。ソート・ジャッジメントが反応しなかったのは神的な存在だったからか、それともやはり悪意や邪気とは異なる理としての思考を持っていたからかは不明だ。
客観的に見れば悪意ある行動でもそこに意味を見いだし、広い視野で捉えると多くの人の救済となることもある。それをどの角度から見るかによって、罪悪に見えることもあれば正義と映ることもあるのだ。
世の中に確固たる正義が存在しない所以である。
窓辺に座り、教会本部に視線をやる。
ここに来てから何も進展しないまま時間だけが経過していく。
何を待っているのか。
神の係累、
数日程度は大した時間的概念はないのかもしれない。
しかし、動きを見せるならそろそろだという予感があった。
このまま何も起こらずに月日が経ったとして、何の意味もないだろう。
神アトレイクへの信仰が大きく変化することもなく、教皇ビルシュの名が人々の心に刻まれることもない。
日数が経てば経つほど、何かが起こってもこれまでの事件とは別のものとして認識されてしまう。
騒動を起こすなら今のはずだった。
ふと、教会本部の上空から黒い点がこちらに向かって来るのが見えた。
何気なしに見ていたが、何かの予感を感じさせる。
距離が近づくにつれて、それが鳥であることがわかった。
猛禽類···梟の一種だろう。
真っ黒な外観に双眸だけが黄色い。
窓辺まで近づいてきたその鳥は、何の感情も見せずに開け放していた窓枠に着地する。
静止し、じっとこちらを見る梟を見返した。
「堕神と悪魔の違いはわかるかな?」
梟がいきなり流暢な言葉で話し出した。
異常な光景だが、そこはスルーしておこう。
「ずいぶんとイメージチェンジしたものだな。肉体はどうした?」
声はビルシュのものだったのだ。
念話ではなく、嘴を不自然に動かして喋る様子ははっきり言って不気味だ。
人間の言葉を話せるような構造ではないだろうに。
「これは使い魔のようなものだ。」
「だろうな。」
わざわざこちらに接触してきたというのは何かの意図があるのだろう。
「それで、質問への回答を聞きたいのたけどね。」
「堕神と悪魔の違いか···堕神は真神から堕とされた存在、悪魔は単に邪悪なる存在だったと記憶している。」
堕神というのはこちらの世界に来てから知った存在だ。ただ、堕天使と同じように固有の存在だと思えた。
「そうだね。同じにされると困るから聞いておきたかった。」
「何が言いたい?」
「私がいなければ、人々が悪魔や魔族に蹂躙されていたかもしれない。」
やはり何が言いたいのかわからなかった。
「自分を擁護したいのか?」
「君ならわかるだろう?あえて必要悪となり、抑止力として平和の維持に努めていたはずだ。」
このタイミングでまだ俺を取り込もうとしているのだろうか。
やはり意図が理解できなかった。
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