最終章 You Only Live Twice 26
その後、しばらくしてから大公から連絡が入った。
受けこたえに関してはアッシュが応じてくれている。
様子からすると緊急の連絡ではなさそうだ。
俺を取り巻く環境が少しでも変わってくれるとよいのだがと思っていると、通信を終えたアッシュがそのことについて告げてきた。
「各国に対してタイガの拘束はしないと名言したそうだ。」
アッシュの話によると、やはりテトリアの言動を広域にLIVE配信したことが影響しているようだ。
特に周辺各国については以前に魔物や魔族の討伐を行った功績もあることから、条件付きで了承の意を取りつけたらしい。
「条件というのは?」
「ああ、大したことはない。おまえの居所を王国が常に把握しておけとのことだった。」
なるほど。
直接的な話ではないが、ビルシュに関する脅威を感じた国が多いということではないだろうか。
テトリアとのつながりで彼もまた人外ではないかという嫌疑もあるはずだ。
それに加えて、大陸内では最大を誇る宗教のトップでもあった。
生死がはっきりしない現状で考えると、社会的にも大物で敵対するならテトリア以上の脅威だと捉えるのも自然というものだ。
そこで緊急時に備えての防波堤として、俺とすぐに連絡がつけれるようにとの要請が入ったということだろう。
「ずいぶんと勝手ですね。少し前まではタイガ様を罪人のように扱っていたというのに、厚顔無恥とはこのことでしょうか。」
マルガレーテが怒りを口にした。
俺とて同じ思いがないわけではない。
しかし、国家とはそういったものである。
マルガレーテ自身も以前は俺と敵対するかの立場にいた。
「現場で血も汗も流したことがない人はそんなものでしょう。」
サキナがそう言った。
確かにその通りである。
彼らの多くは机上の理論と自らの狭い思考、そして感情でしか発言しない。
「だからこそよ。そういった思考は危険過ぎる。無事に今案件が終焉を迎えたとして、次はタイガ様を脅威だと見なす者たちが必ず現れるでしょう。」
マルガレーテが俺のことを案じてくれているのはわかった。
目に見える脅威が去ったとして、次は大き過ぎる武力や影響力を持つ相手をどうするかが課題となる。懐柔するのか、無理ならば排除というのが王道ともいえた。
だからこそ、元の世界では俺たちエージェントが暗躍し、水面下で小さな戦いを繰り広げていたのだ。
それは国同士の核や軍を用いた戦争の抑止力という点では有意義なものだといえたのである。
元の世界の俺は、何の因果かリストアップされた一番上にその名が記されていた。
コードネーム"ザ・ワン"
固有スキルから名づけられたコードネーム。
その名が世界中の暗部に知れ渡ると、やはり同じような状況に陥った。
懐柔、監視、消去。
前のふたつについては折り合いをつけていくしかない。それでも度を越したものはこちらから排除に出たが、消去に関しては黙って見ているわけにもいかなかった。
自分でいうのも何だが、それなりに実力はあったのだと思う。それに所属している組織も世界有数のものだった。
そのエージェントを消去しようというのだから、生半可な相手ではない。不審な動きや情報を得た瞬間に組織として圧力をかけてもらうか、個人として実力行使に出るかの二択しかなかった。
ときには味方であるはずの陣営が、何らかの意図を持って敵を泳がすこともある。当然のことだが、そういったケースでは自力で身を守るしかない。ひどい場合には、所属組織が俺の所在地をリークするという笑えない事象すらあった。
そういった世界なのだから仕方がないと割り切ってはいたのだが、今日の味方が明日の敵という心休まらない日々だったのは否めない。
むしろ、クリスのような自己の欲求に忠実な狂人の方が信用できたというのは笑えない話だ。
今回もまた、同じようなものだろう。
別の世界に来ても境遇はそれほど変わらないのは、そういった生き方しかできなかった自分の不器用さを呪うだけである。
いや、今回は少し違うかもしれない。
これまでの経験から手放しでそうだとは言い切れないが、少なくともここにいるメンバーは信頼できる。
彼らになら、裏切られて命を奪われたとしても恨みは残らないとも思う。
これも心境の変化だろうか。
それとも、これまでに自分の周囲にはいなかったタイプの人間と過ごしたことで、
少なくとも、エージェントとしては感じてはならないこの温い空気に居心地の良さを感じていた。
これが元の世界なら、こういった思考が死へのフラグであると経験上知っている。
感傷や情に流された者は長生きできない。
それがエージェントの暗黙の了解といえるものだった。
だが···
それならそれでいいのかもしれないと思っている自分がいた。
スレイヤーギルドの街へと引き返している途中だった。
俺の頭の中ではずっとビルシュの影がチラついている。
テトリアがいなくなった今、他にも手駒はいるのだろうか。
アザゼルと同じように堕天した存在が手を貸すというのは微妙な気がした。
ルシファーたちのように意を異にする存在、そしてかつて災厄をもたらせた悪魔王といった存在が確認できている。
しかし、ビルシュという存在は、それらとは間接的な関わりしかなかった。
互いに利用する立場としてなら共存や共闘はあったはずである。
しかし、歴史を紐解いても、そういった事実には至らなかった。
もちろん、そのような史実が残されていないだけの可能性もあるだろう。
なぜ今なのか。
それがずっと疑問として残る。
世界を手中にしたいのであれば、これまでにもチャンスはあったはずだ。しかし、具体的な行動に移していれば、もっと情報が残っていても不思議ではなかった。
では、本当に神アトレイクの神界での立場を向上させるために動いていたのだろうか。
それも違う気がする。
自らを生み出したアザゼルをこの世から消し去り、テトリアと共に英雄として活動した。それ事態も何かの布石だったのかもしれない。
ビルシュの本当の目的とはなんだろうか。
ルシファーやクリスから聞いた話は頭に残っている。しかし、事実確認のとれないものはすべて憶測の域を超えない。
ビルシュが真に望み、期待する展開とは何なのか。
そして、そのためにどういった思考を繰り広げ、この件に結末をもたらせようとしているのか。
そういったことを考え、出るはずのない答えを探そうとしていた。
エージェントとしての任務なら、ある程度の状況証拠や情報が出揃えば、あとはどのような結末を迎えさせるかがテーマとなる。
しかし、今回は勝手が違った。
一時しのぎで事を終わらせても、何の結末も迎えない。
数年、数十年、数百年という間隔でまた同じことが繰り返されるだけなのである。
可能であれば、ここで一気に終わらせてしまいたい。
俺は何千年と生きるハイエルフでも、死という概念がない神でもないのだ。
そして、心の片隅に、結末をもたらせるために俺は呼ばれたのではないかという思いもあった。
その思いが事実なら、俺がやるべきことはひとつしかない。
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