第3章 絆 34話 「調査隊⑥」

「あの···。」


イザベラが自分から話しかけてきた。


思い詰めたような表情。


まだ、何か迷いがあるような瞳をしていた。


「どうした?」


「質問をしても?」


「どうぞ。」


すーっと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した後、イザベラは言葉を紡ぎだした。


「私は幼い頃に家族を失いました。目の前で、魔族の手によって···。」


イザベラが語ったのは、この世界では良くある悲しい現実だった。


家族と暮らしていた街に魔族が突然現れて、その場を惨状へと変えていった。


イザベラはなすすべもなく家族を奪われ、次は自分が同じ運命をたどるのだと、幼いながらも諦めの感情を抱いたのだという。


「そんな時に、彼が現れました。」


イザベラの窮地を救ったのは、若き騎士。


強大な魔族の力に次々と仲間を失っていく最中でも、その男は誇り高く、最後まで輝きを失わずに騎士として闘い抜いたという。


「私は···あの方に、命がけで助けてもらいました。そんな人に···恥ずべき生き方をするべきではない。あの方の意志を継げるような立派な騎士になりたい。そう思って、生きてきたのです。」


言外に、そんな自分に邪道とも言える道を歩めというのかという意思を匂わせていた。


「なるほど。それで、その騎士はどうなったんだ?」


「···最後は、魔族と相討ちになりました。」


「彼がそこで生き残っていたと仮定して、これまでどれだけの命が救えただろうな?」


「!?」


我ながら、酷い言葉を投げつけたものだと思う。しかし、それが現実だ。


「君が言う彼は、立派な騎士だと思う。しかし、生き残れなかった。」


「··································。」


蒼白な顔をするイザベラ。自分を攻める気持ちがあるのかもしれない。


「勘違いはするなよ。彼は騎士として立派な仕事を果たした。だが、それも途中半ばだったという話だ。」


「······························。」


「人を救うことが騎士の使命だと言うなら、自身をもっと大事にしなければならない。常日頃から研鑽を重ね、誰よりも強く、どんな障害にも打ち勝たなければならない。彼の行いは立派だ。だが、そこで生き残ることも、彼の使命だったはずだ。」


「それは···。」


困惑と、微かな憎悪が入り雑じった表情。イザベラが俺に敵意を持つのは当たり前のことだろう。


「手法は別として、イザベラが今以上に強くなったら、これから何人の命が救えると思う?」


「···わかりません。」


「言い方を変える。イザベラは、命を救ってくれた騎士の意志を継ぐべきだろう。だが、同じやり方をする必要はない。」


「····························。」


「人はそれぞれに得手不得手がある。だったら、適性のある手法で自らを高めなければならない。」


「そのために···騎士道を捨てろと言われるのですか?」


「求める先は同じだ。その経緯がどうであれ、同じ結果、同じ意志で立ち向かうのであれば、それが騎士道に反するとは思わないがな。」


「それは···。」


「泥臭かろうが、格好が悪かろうが、結果を出せなければ騎士としては未完に終わると俺は思う。」


「·································。」


真面目な性格をしている。


イザベラの認識では、俺の闘い方を邪道ととらえているのだろう。


「まあいい。口でいくら言っても、理解はしにくいだろう。今から、イザベラに修得してもらいたい技法を見せる。それを実際に目にしてから、どうすべきか悩んでくれ。」


イザベラと視線があう。


まったく興味がないというわけではないことは、その瞳の光が物語っていた。




「それが···あなたの言う技法ですか?」


「そうだ。」


「···································。」


「どうした?」


「いえ···想像していたのとは違いました。」


俺はイザベラに修得してもらいたい技法を見せた。


一通りの動きを見せて解説、そして実際に相対してもらい、その効果を理解してもらったのだ。


「···どんな想像をしていたんだ?」


「え···と···その···。」


俺の目を直視しようとしないイザベラに、ある程度の予測はついた。


「チリパウダーでの目潰しから連想をしていたんだろ?」


「···はい。」


「俺がイザベラに見せた技法は、相手の隙を誘導誘発するものだ。チリパウダーだろうが、砂だろうが、使えるものは何でも使えば良い。ただ、安直な動きは逆効果だということを、念頭に置いておかなければならない。」


「それは···一朝一夕で身につくものなのですか?」


俺は右手を上に挙げた。


イザベラの目線がそれを追う。


「今、無意識に視線を誘導されなかったか?」


「されました。」


「一連の手法は、いわゆるフェイクだ。これは一瞬の視線の動きだけで行うこともあれば、幾重もの伏線を張り巡らせて罠にはめるようなものもある。例えば、初見の相手なら、無造作にチリパウダーを目に投げつけることで、それなりの効果が得れる。これは意表をつくという意味合いでフェイクに類いする。」


「···先ほどの、ランダーとシンのようにですね。」


「そうだ。だが、同じ相手にもう一度やろうとすればどうなる?」


「まず警戒をされますし、成功率は格段に下がるかと。」


「視線誘導にしても、悪いタイミングで行うと悪手になる。自分に隙をつくることにもなりかねないからな。」


「使いどころを見極めないと、諸刃の剣になりえるということですね。」


「これには騙しのテクニックが必要になる。相手だけではなく、状況によっては味方や自分自身をも欺き通せる駆け引きや、気概のようなものが必要だ。」


「自分自身をも···ですか?」


「例えば、利き腕に持つ剣で攻撃をするとしよう。だが、実際には反対側の手に持つナイフで刺突することが狙いだとする。」


俺は右手に破龍を、左手にはナックルナイフを持った。


「今から実践するぞ。」


そう言いながら、破龍をイザベラの頭部に振り下ろした。


イザベラは破龍を軽くかわし、腰の位置に突き上げられたナイフを自らの剣で弾いた。


「もう一度。」


俺は再び破龍をイザベラの頭部に振り下ろした。


「!?」


イザベラは咄嗟に双剣を交差させ、振り下ろされる破龍を防ごうと動いた。俺はそれと同時に彼女の脇腹の手前でナイフを止める。


「··································。」


「今の違いがわかるか?」


「1度目は型通り。2度目は···殺気がこもっていました。」


「フェイクだからと言って、型通りに動いただけでは強い奴には通用しない。本気で殺気を送る、一撃目で相手を仕留める。そういった意思が必要だ。」


「それが、自分自身をも欺くという意味···。」


「この技法は、誰にでも身につくものじゃない。他者を圧倒できるスピードと、集中力が最低でも必要になる。」


騎士という概念は一つではない。


元の世界では、中世に騎馬で戦う者に与えられた名誉的称号であり、それ以降は様々なものに派生した。


今いる地域では、騎士というものは国や民を守る上位の兵士を指す。ゆえに、正々堂々、真っ向勝負を行うことが称賛され、それが騎士道とされるに至ったようだ。


イザベラの心情は、そういった背景にあったのだろう。


フェイクを用いた技法をどう捉えるかは、彼女の思考次第といったところになる。








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