第3章 絆 33話 「調査隊⑤」

「では、いきます。」


「マジか···マジであれを撃つのか···。」


ちょっとした打ち合わせの後に、シンとレーテを対峙させたのだが、こいつ···小心者か?


「シン、おまえは伝手でオヴィンニクに入ったのか?」


「なっ!?そんなわけがないだろうが!」


「だったら、腹をくくった方が良い。精神的に弱腰になると、本来の実力は出せない。」


「く···。」


目を閉じたシンは、すぐに動揺から抜け出したようだ。


因みに、レーテには普通の炎撃を放つように言ってある。未完成とはいえ、バックドラフトは範囲攻撃だ。盾で遮るのは至難の技と言える。


しかし、それを打ち明けてしまうと、対策を講じることが可能となってしまう。


実戦にはそんな余裕などないのだ。


常にアンテナを張り巡らし、非常時に備える。そして、その場で最善の策を即時に実践する。


それが戦いに身を置く上で、生き残るための最低限の条件なのだから。


「来い!」


シンの言葉と同時に、レーテから無詠唱の炎撃が放たれた。


でかい。


予想していたよりも威力のある炎。


直径2メートルほどの炎塊がシンを襲う。


「ウィンドシールド!」


気迫を込めた声と共に、シンを中心に風が渦巻いた。前で構える大盾を起点に、円状の竜巻がシンを覆う。


レーテの炎撃がその竜巻に衝突するが、風の勢いに横に逸れようとする。


「ふんっ!」


裂帛の気合い。


風の流れがさらに加速し、炎撃を巻き込み、やがて消失させる。


なるほど。


風の力を利用して相手の魔法の力をそらし、霧散させるということか。


理にかなった対処術と言える。


「なんだ、そういうことができるのか···。」


「そういうこととは?」


荒い息を吐きながら、シンが疑問を呈する。


「力任せではなく、技で相手の攻撃を受け流すということだ。」


「···俺は魔法士じゃない。同等の力で魔法を打ち消すなんて、できるわけがないだろう。」


「それはそうだが、物理攻撃ではなぜそれをやらない?」


「大盾を持っていて、そんな器用なことができるわけがない。」


「じゃあ、盾を違うものにすれば良い。」 


「·······························。」


シンが無表情になった。


「大盾にどれほどのこだわりがあるのかは知らない。だが、今度の相手は悪魔だ。攻城戦や大型の魔物と闘うのとは訳が違うぞ。」


「·································。」


タンクというのは、相手の攻撃を一身で受ける、もしくは最前線で注意を引きつける役割である。


地味ではあるが、仲間に攻撃の機会を与えるための重要なポジションでもある。


しかし、悪魔や魔族が相手となると、勝手が違う。


個対個の闘いでもあり、自らも攻撃に打って出る必要が生じる。


「···あ。」


「·································。」


「·································。」


「もしかして、今気づいたのか?」


「···まあ、その···そうだ。」


···この脳筋を埋めても良いだろうか?




騎士団長に話を通し、急拵えではあるが2つの形状の盾を用意させた。


1つはシンが装備している大盾と外観こそは酷似しているが、2回りほど小さな物である。こちらは強度については同等であるが、サイズに比例して軽量で取り回しのしやすいものとなっている。デメリットとしては、地面に底辺を突き刺して使うには小さいため、壁という役目を担うには不安定のものとなるところだろう。


そしてもう1つは、盾というよりも籠手に近い形状をしていた。中心は円形だが、装着した場合、拳よりも先まで鋭角に伸びた突起が出張っている。攻撃にも使えるアームシールドというやつだ。


「これを装着するのか?」


シンは2つの盾を見て、苦い表情をしている。


「タンクとしては不本意か?」


「まあ···タンクらしい装備ではないと思うが···。」


「じゃあ、俺がこれを使ってシンの守りを崩せたらどうだ?」


「···あんたが強いのは知っている。だが、そんな装備で俺を崩せるとは思えないな。」


「わかった。それなら実技を見せてやろう。」


大盾に挑むための装備としては心許ない。普通はそう思うだろう。盾を防御のための武具だと決めつけるのであれば、それが然るべき判断だと言える。




「いくぞ。」


俺は2つの盾を装備して、大盾を構えるシンに告げた。


「今度こそ負けん!」


シンが気合いを入れ直した。


「始め!」


俺とシンのやり取りに興味を抱いたランダーが、開始の合図をした。


イザベラや、魔力を使いすぎて休憩をしているレーテも近くで見学をしている。


俺は真正面から間合いを詰めた。


シンは腰を落とし、カウンターでシールドバッシュを狙ってきた。


「うおらぁーっ!」


巨体を思わせぬ瞬発力。


なかなか良い動きをする。


だが、動きが直線的過ぎた。  


俺はシンと接触する手前で斜め前方に踏み出し、シールドバッシュをかわす。


そのまま軸足を起点に体を横に1回転させて、左の手持ち盾を裏拳の要領で叩きつける。


面ではなく、盾の角を使った攻撃。


「ふぬお~!」


ガンッ!


シンが予想以上の反応を見せ、大盾で攻撃を弾いた。


一度後方に下がり、体勢を立て直そうとしたシンに対し、俺は体を逆回転させて、振り子の作用でさらに加速させた攻撃を右手で加える。


「ぬぐっ!」


ガンッ!!


またもや大盾で防いだシンではあったが、俺はその右手を戻さずに装着した盾で大盾を押し出すようにした。


そのわずかな力で、大盾の取り回しが一瞬遅れるシン。


俺は無防備となったその体に、左手に持つ盾を叩きつけた。


「ふぐぉっ!?」


下から掬い上げるように尾てい骨を強襲した盾は、運悪くその角をシンの大事なところにヒットさせた。


「···あ···く·····················。」


言葉にならない叫び。


申し訳ないが、こういった状況ではよくあることだ。


大盾を取り落とし、空気を掴もうかとするかのように両手を前に出したシンは、内股で数歩前進してからバタっと倒れてしまった。


口からは盛大な泡を吹いている。


「「「····························。」」」


唖然とした表情で黙りこむオヴィンニクのメンバー。


···さて、どうしたものだろうか。




「ふむ···幸いにして、潰れてはいないな。」


「ほう···シンは、ずいぶんと強固なモノを持っているんだな。」


宮廷治癒士統括のスティンベラーだ。


シンの治療のために、王城で一番腕の良い治癒士を寄越して欲しいと依頼すると彼が来た。


「うむ。これがなければ、彼の男としての人生は終わっていただろうな。」


スティンベラーは、傍らに置いてあった革と鉄でできた部分鎧のようなものを見せてくれた。


「それって···貞操帯!?」


「はっはっは。違うぞ。確かに似てはいるが、彼のような重騎士は鎧の下にこういったアンダーアーマーを着けるのだよ。」


「へ~、初めて聞きましたよ。」


「フルプレートは頑丈だが、その反面で素肌を痛めやすいからな。アンダーアーマーを着けないと、いろいろと擦れて大変なことになる。」


なるほど···確かに、俺もテトリアの鎧を纏うと、たまに擦れて痛かったりする。幸いにも、股間の辺りに余裕を持たせた空間があるから、俺の魔王や球体が損傷することはなかったが···。


ん?


テトリアのは、確か矮小だったような···いや、深く考える必要はないな。


実際に見たわけではないし、本人の発言を勝手に解釈するのは失礼だろう。


「それにしても助かりました。命はともかく、1人の男の人生を転換させるところでした。」


「まあ、今後は狙う箇所に注意を払った方が良いだろうな。」


「そうします。ところで、シンはどのくらいで復帰できますか?」


「そうだなぁ···アンダーアーマーのおかげで外傷らしきものもないし、2~3時間も安静にしていれば動けるようにはなるだろう。」


「では、意識が戻ったら、ここに来るように伝えていただけませんか?」


「それはかまわないが···まさか、すぐに激しい動きをさせるわけではないだろうな?」


「何か問題でも?」


「今の出来事がトラウマになっているかもしれない。」


「ああ、だからこそですよ。」


「何がだね?」


「トラウマは早い段階で克服しなければならない。」


「まあ、そうだね。」


「同じ箇所に何度も攻撃をもらえば、克服できるでしょう。」


「いや、さらに重症化すると思うが···怖い冗談を言うね。」


「え?本気ですよ。」


「き、君ね···。」


「俺は幼少期にそうやって克服しましたから。」


「······································。」


「スティンベラーさんも、やってみます?」


「い···いや···遠慮しておこう。彼の治療を急がなくては···。」




「なあ、あのやり取りをどう思う?」


「···スパルタね。」


ランダーの問いかけに答えたイザベラは、どこか上の空といった様子だった。


「···レーテはどう思う?」


「師匠がそうおっしゃるのなら、そうなのだと思いますよ。」


「···そうか。俺には、あの男が物語に出てくる魔王のように思えるよ。」


ランダーは、ある意味で正解に至るのだった。
















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