第3章 絆 32話 「調査隊④」
さて···イザベラに課題を与えたところで、オヴィンニク最後の男と面談だ。
「く···うぅ···くそ···くそっ!?」
ふむ···何やら目を押さえながら、呪いの言葉を吐いている巨漢がいるな。
「つぅ······ああ·······クソッタレが!?」
隣には、同じような悪態をつくランダーもいる。
さて、どうしたものか。
レーテとイザベラについては、俺が見てすぐにわかるほどの資質が備わっていた。
しかし、目の前にいる野郎2人については、ありきたりな資質しか見えてこない。
良く言えば、人並みの資質にも関わらず、血の滲むような鍛錬を繰り返してきた努力の天才というべきだろうか。
人の心とは弱いものである。
先天的に備わった資質に感づくと、無意識にそれに頼り、傲ってしまうのが常というもの。
レーテやイザベラは確かに資質を伸ばし、人並み外れた実力を身につけてはいた。しかし、目標軸が低かったのは、マルガレーテを前に圧倒され、隷属するような態度をとっていたことで明白である。
人とは、周囲のレベルに合わせてしまい、狭い範囲で自他比較をしてしまいがちなのだ。
ゆえに、現状の殻を破ることで、彼女たちは一段階上へと上がることができる。
一方、凡庸な資質しかなかったシンとランダーは、愚直に努力を行い今の地位を築くことになった。
これまで積み重ねてきた日々が彼らの支えとなり、自負となっていることは間違いない。
しかし、一見重厚なバックボーンではあるその背景も、はるかに高い壁を見ることで停滞に陥るものである。
やはり、ここでもマルガレーテの存在が大きな影響を及ぼしている。
努力だけでは決して乗り越えられない圧倒的な才能。
それを目の当たりにしたことで、彼らの高みを目指す意識は途絶えてしまっていると言えるだろう。
それでは、標準的な資質しか持たない彼らを、どのようにして高みに引き上げるのか。
ふと俺の頭に、資質・能力の3つの柱という日本の文部科学省が掲げた改訂学習指導要領が浮かんだ。
確か、あれは幼児教育から高等教育までを対象にしたものではあるが···脳筋には最適なのではないだろうか···。
3つのうち2つ、学びに向かう力や人間性、そして知識及び技能については既に備わっているだろう。着目すべきは、未知の状況にも対応できる思考力、判断力、表現力。
よし、これでいこう。
ここで、シン&ランダーの改造···もとい鍛錬カリキュラムが具体化した。
ランダーの槍が横薙ぎに襲ってきた。
バックステップで間合いを取り、かわす。
「そこだっ!」
軸足の重心を瞬時に変えたランダーが、後ろ足を前に出して踏み込む。
手もとを器用に持ちかえて、刺突にスイッチした。
一気に伸びるリーチに、俺は紙一重で体をずらしてかわし、前に踏み出した。
腰を落としたランダーは槍を回転させ、刃とは逆位置にある石突で俺を狙ってきた。
バシッ!
俺は束を掴んで槍を止める。
「やるなぁ。」
率直な感想をランダーに送った。
「···なんで、なんでだ?」
不思議そうな表情で槍を見つめるランダー。
その手もとにある武具は、彼が普段使用しているスピアではなかった。
「ランダーは体幹が強い。それにバランス感覚にも秀でているからな。」
「それだけで、これの方が俺に適していると思ったのか?」
「同じ槍には違いないからな。それに、これまでに積んできた鍛錬がものを言う。」
「確かに、何かを考えるよりも先に、体が自然と動いた···。」
ランダーに提案をしたのは、武具を変えることだった。
変えると言っても、剣や斧を持てと言った訳じゃない。
槍の穂先を変更させたのだ。
頂端は槍部だが、根元に斧頭とその反対側に拘爪が備わった、いわゆるハルバートを装備させたのだ。
バランスを取りやすいように丈を少し短くし、石突の重量も少し上げてある。
「おまえの体は、バランス良く鍛えあげられている。槍だけに特化せずに、普段は使わない部分も鍛えてきたからだろう。」
「まあ···いざという時には、その場にある武器で闘わないといけない可能性があるからな。」
「その成果がそれだ。普通はハルバートはそれに見合った訓練が必要だと聞く。だが、普段から斧や剣を振っていたのだろう。それを振り回すための筋力や技術が自然と身についていたというわけだ。」
スポーツでもそうだが、体つきというのは取り組むジャンルによって大きく見た目が違ってくる。
水泳選手など、同じ泳ぐにしても種目ごとに発達する筋肉がまるで違う。
ランダーの体つきはスピアに特化したものではなく、適応力の高いものだった。それを加味して提案をしたのだ。
「確かに、これなら刺突や払うという動作だけでなく、斬ったり引っかけるという多様性か出てくるな。」
スピアをメインとして鍛錬を積んできたランダーにとって、同じ槍ではあっても形状が異なるハルバートを装備することへは抵抗があったようだ。
それを説得するために使った言葉は、たった一言だけだった。
「未知の分野に踏み込めたら、おまえはマルガレーテに武技だけでも追いつけるかもしれない。」
ランダーは純粋な強さに憧れを抱いているように思えた。
それは、マルガレーテのオヴィンニクのメンバー各自への評価に表れていた。
「ランダーは努力家だけど、英雄に強い憧れを持っているみたい。それが彼の強さでもあり、弱さでもある。」
要するに、理想やこだわりが強く、頭が凝り固まっているという意味だと解釈をした。
強くはなりたいが、どうすれば良いかわからない。だから、伸びしろの少ない今ある強さを伸ばそうと躍起になってしまい、さらに閉鎖的になっていくという悪循環に陥っていた。
「それをスピア以上に使いこなすことで、戦術の幅は格段に広がる。あとは、それでどう表現していけるかは、自分で経験を積むと良いのじゃないか?」
ランダーは手応えを得たという表情をしていた。
元々強い武人だからこそ、こういったアドバイスをくれる者などいなかったに違いない。
「なんか···ずっと目の前にあった靄が晴れていく感じだ···。」
そう言ったランダーの口もとが、少し緩んでいる気がした。
「がはっ!」
またもや膝をつくシン。
実力を計るために1対1の模擬戦を強行したのだが、結果は何度やっても同じだった。
シンが得意とする盾術とは、相手の攻撃を正面から受け止める、いわば壁役に近い。
強靭な肉体と並外れたパワーを持つ巨漢に似合ったパフォーマンスを得意としているのだが、如何せん視野が狭すぎる。
フェイクにすぐに引っかかり、そのリカバリーも鈍重過ぎた。
「···なあ、それでこれまで通用してきたのか?」
「く···あんたの動きが特殊すぎるのだ!」
そうきたか···。
確かに根性はあるのかもしれない。
愚直な性格も嫌いではない。
しかし···。
「魔法に対しては、どうやって防いできた?」
「俺は風属性魔法を使う。盾そのものに魔法をかけ、それで受け流していた。」
ほう?
そんなことができるのか。
「ちょっと見せてもらっても良いか?」
「構わないが···まさか、あの魔道具を使う気か!?」
使わねーよ。
というか、膝が笑っているぞ。
「レーテ。」
俺は今だにバックドラフトの練習に励むレーテを呼び寄せた。
···いや、修練場が穴だらけになっているぞ。よく魔力が続くものだ。
「何でしょうか?先生。」
「···先生?」
「はい。タイガ様は、私にとって先生です。」
「·························。」
「あの···師匠とお呼びした方がよろしかったでしょうか?」
「いや、どちらでも良い。」
深く考えないようにした。
新しい魔法にテンションが上がっているだけだろう。
「シンに魔法を撃ちこんで欲しい。」
「わかりました。全力でバックドラフトを撃ちこみますね。」
レーテは異常にうれしそうだ。
「ちょっ、ちょっと待て!?」
「何ですか?」
「レーテが言うバックドラフトって、さっきまで練習をしていたやつか?」
「そうですよ~。」
にっこりと微笑むレーテ。
「いやいやいやいや!あんなの喰らったら死ぬわ!!」
「······························。」
「······························。」
俺とレーテは無言で視線をかわす。
「···まさか、マジでやるつもりか!?俺をこの世から消すつもりなのか!!」
「死ぬ気でやれば、何とかなるだろう。」
「は!?何を···。」
「ちょっと打ち合わせをしてくるから、頭の中でシミュレートしておいてくれ。」
俺はレーテを連れて、修練場の端に行った。
視界には、水を得た魚のようにハルバートを振り回すランダーと、苦悩を顔に浮かべたイザベラが入ってくる。
良い兆候だ。
調査に出向いた先で悪魔や魔族と交戦になった場合、最悪のパターンでは、オヴィンニクを見殺しにしなければならないかもしれない。
俺にフォローができる余裕がない可能性があるからだ。
だが、ここでの時間で少しでも実力を伸ばすことができれば、彼らの生存率は向上する。
闘いに打ち勝つ必要はないのだ。
個々の実力を伸ばすにしても、それほどの時間はない。だが、チームの総合力を一段階上にさせることはできるだろう。
俺を置いてでも、逃げ延びるだけの力を持たせることが今回のテーマなのだから。
過信をするつもりはないが、俺1人であれば、ある程度の状況は打破できる。最悪の場合は、転移を駆使すれば良い。
だが、人をかばって闘うというのは、足枷にしかならない。
そのような状況に陥ると、間違いなく死に直面する。
そうならないためには、彼らに変化を及ぼすしかないのだから。
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