第3章 絆 31話 「調査隊③」
「そ、そんなことが!?」
魔力を持たない俺には、魔法が効かない。
それをわかりやすく説明した。
この世界で魔力のない存在などいない。
ことある事にそう言われてきたのだ。魔法士として真摯に探求を続けるレーテにとっては、にわかに信じがたい内容に違いない。
「まあ、信じられない気持ちはわからないでもない。だが、それが事実だからこそ、俺は魔族との闘いで生き残ることができた。」
「·······························。」
呆然自失。
レーテの表情から読み取れる状態は、その言葉が最も適していると言えたものだった。
魔法に自らの人生を捧げた比重が大きい者ほど、受けるショックも比例して大きいらしい。
それはそうだろう。
有限である時間の大半を注ぎ込んだ魔法そのものが否定される。
俺の特性は、そういったものに違いないのだから。
「レーテは、悪魔が魔法耐性に優れていることは知っているのか?」
「···知っています。マルガレーテ様から聞いたことがあります。」
「だったら、それと同じだと思えば良い。」
「································。」
さらに困惑が深まった顔をしている。
例えが良くなかったのだろうか。
「どうした?」
「悪魔は···胸部より上にある核を破壊すれば、倒せると···。」
「···ああ、そうだな。」
ここで、間違った例えをしてしまったことに気づかされた。
「あなたも···そうなのですか?」
語尾が震えていた。
悪魔が相手であっても、魔法の実力を磨くことで倒せるのだと励ますつもりだった。
自身が捧げてきた魔法に関する時間は、決して無意味ではない。そう教えてやりたかった。
しかし···。
「教えてください···あなたに、詠唱第五節の超級魔法を使ったらどうなりますか?」
「···視覚的に恐怖を感じる。」
「そういうことじゃなくって!?」
怒られてしまった。
根が真面目なレーテには、質の悪い冗談に聞こえたようだ。
因みに、第五節の超級魔法とは、国内でもレーテのみが使用できる最上位の魔法だそうだ。
「わかった···はっきり言おう。どのような魔法であっても、魔力そのものに触れてしまえば瞬時に消滅させることができる。」
「·······························。」
「······························。」
「悪魔は怖いです···。」
「そうだな。」
「でも···。」
「でも?」
俺を見上げたレーテの瞳には、涙が浮かんでいた。
「一番怖いのはあなたです!」
···ランダーと同じセリフを言われてしまった。
どうやら、今回はこのパターンらしい。
俺は深々とため息を吐くのだった。
「仕方がない。あまり話したくはなかったが、良いことを教えてあげよう。」
「な···何でしょうか···。」
100%嫌われた感のある表情で、腰が引けていた。
レーテの態度にショックを受けなかったと言ったら嘘になる。だが、いちいち気にするほど、彼女に対して何かを思っている訳ではない。
「他言無用だぞ。」
俺は再びレーテの耳に口を近づけて、ある秘密を明かした。
「そ、それって···どうして私に?」
「一時的にせよ、チームだからな。」
「でも···そんな重要なことを打ち明けても良かったのですか?」
俺がレーテに明かした秘密とは、魔法で俺にダメージを与える方法だった。
以前にアッシュがやらかしてくれた一部始終をそのまま伝えたのだ。
「問題ない。レーテは信用できる···気がする。」
ソート・ジャッジメントには何の反応もない。
彼女が裏切るかどうかは、今後の俺次第だろう。要するに、信頼を構築すれば良いたけの話だ。
とは言え、俺にとってはそれほど重要な内容でもない。
マルガレーテあたりなら、魔法を使った物理攻撃が俺に有効だということは、すでに理解をしているだろうしな。
「そういえば、レーテが模擬戦で使った魔法は、重力を操るものなのか?」
「コンプレションですね。あれは、風の魔法で空間を圧縮させるものです。」
「なるほど、レーテは風属性ということか。」
「得意なのはそうです。」
「···え?」
「私は先天的なトリプルです。」
「トリプル?」
「数百万人に1人程度のレア体質で、3つの属性魔法が使用できます。」
マジか?
そんなレア体質って、初めて聞いたぞ。こちらの世界では、それぞれに適性のある魔法属性は単一だと聞いていたからな。
「そうか、すごいな。」
「とは言っても、最上位は風属性だけですけどね。」
なるほど···と言うことは、1人で融合魔法が使える可能性があるということか。
「火属性も使えると考えて良いのか?」
「はい。火属性なら、中位程度なら···。」
ふむ···。
「あの···どうかされましたか?」
俺はもう一度、レーテの耳に口を近づけてあることを囁いた。
「!」
「理論的には実現可能だと思うが、どうだろうか?」
「···確かに、可能かもしれません。しかし、コンプレションに火属性魔法を組み合わせて、そんな爆発を起こすことができるなんて···。」
「火事の現場などで起こる事象だからな。任意でその現象を起こすためには、タイミングを合わせなければならないが、1人でその2属性を扱えるなら可能ではないかと考えた。」
「すごい···そんな発想は、これまでにありませんでした。」
高位の魔法士は探求心が旺盛だと聞く。レーテも、先程とは別人のように瞳をキラキラとさせていた。
「良かったら、実際にできるかどうか試してみてくれ。」
「はい!因みに、その魔法は何と言う魔法でしょうか?」
「名前は···そうだな。その事象と同じ"バックドラフト"で良いのじゃないか?」
「バックドラフト···格好良いです。必ず、修得してみせます!」
こうして、偶然とはいえ、レーテの信用を回復させることに成功するのだった。
ドォーンっ!
「·····························。」
「なあ、何でレーテは急に魔法を···しかも、あんな強力なやつを撃ち始めたんだ?」
「知らん。」
「あの···タイガって人と話をして、おかしくなった?」
「································。」
「俺と同じだ。」
「同じ?」
「よくわからないが···奴は頭がおかしい。俺たちをいじって遊んでやがる。レーテも鬱憤がたまったのを、発散でもしているのだろう。」
「ランダー···発言には気をつけた方が良い。」
「ああ、俺もイザベラの言う通りだと思うぜ。」
「な、何でだ。おまえらは奴の肩を持つのか?」
「マルガレーテ様は、あの男と一緒にいる時はおとなしい。」
「ああ。それに、普段は見せたことのない笑みを浮かべたりしているな。」
「······························。」
「奴を無下にしたら、マルガレーテ様の機嫌を損ねる。」
「···ああ。俺たちに明日はない。」
「·······························。」
レーテを除いたオヴィンニクのメンバーは、揃って蒼白な顔をしていた。
「お、おい···手招きをされているぞ。」
「そうだな。がんばって来い。」
「いや、呼ばれているのは、お前だろイザベラ!」
「でかい声で私の名前を呼ぶなシン!」
「お、俺の名前を叫ぶな!」
双剣士イザベラと盾士シンが不毛なやり取りを始めていた。
「はあ~、おまえらは本当に似た者同士だな。良いから、さっさと行ってこいや。」
「いや、だから呼ばれているのは私じゃ···。」
「イザベラ。」
「······························。」
「「やっぱり、おまえじゃないか。」」
「···何でしょうか?」
イザベラは何かを諦めたかのような表情で俺の前まで来ると、投げやりに答えた。
「···ものすごく嫌そうな顔をしているが、俺のことがそんなに嫌いか?」
「い、いえいえ!好きです!!大好きです!!!」
「······························。」
「あ!?ち、違います!マルガレーテ様には及びません!!私の好きなど、好きのうちには入らない好きで···。」
「何を言っているのかわからないが···これをやろう。」
「は!?そんな···プレゼントなど···。」
「頼りになる武器だ。」
「武器···ですか?これが···。」
俺がイザベラに渡したのは、粉状のものがつまった麻袋だった。
「中を見てくれ。」
「···何やら、赤い粉が入っています。」
「それを手ですくってみて欲しい。」
「はい···。」
「よし、じゃあランダーとシンの顔に投げつけてみろ。」
「はい。」
バサッ!
「「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁ!め、目があああああああああ!!」」
「···こ、これは!?」
「チリパウダー····目潰しだ。」
「め、目潰し!?そんな騎士道に反するようなものは使えません!」
こいつ、騎士だったのか。
まあ、騎士も様々な武具を使うと言うし、その呼び名も戦士階級の名誉的な呼称と聞く。あまり深くは考えないようにしよう。
「俺の知る騎士道とは、弱者の守護や主君への忠誠、名誉と礼節を重んじることだと理解をしているが···違うのだろうか?」
「い、いえ。その通りかと···。」
「悪魔は強大だ。戦って勝てない場合、誰かを救うことなどできないのではないか?」
「それは···。」
「君は身軽で、スピードもずば抜けている。無理に自分を今の枠内に置く必要はない。」
「私は···。」
「強くなりたければ、殻を打ち破れ。何かを守りたいのであれば、今の自分から脱却しろ。それができれば、イザベラは本当の強さを得ることができる。」
「·······························。」
イザベラの闘い方を見て、もったいないと感じていた。
何かにこだわりを持つがゆえに、それが足枷となっている。そんな風に思えたのだ。
「今からシンと話をしてくる。その間に、自分が本当に目指すものが何なのかを考えてみて欲しい。」
俺はそう言って、イザベラの前から一度立ち去った。
このメンバーの中で、もっとものびしろがありそうだと考えてのことだ。
だが、本人の意識が逸れていては、その能力を伸ばすことは難しい。あとは、どのような解釈をするかは、本人に委ねるしかない。
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