第3章 絆 30話 「調査隊②」
「私が同行します。」
一番最初に名乗りをあげたのは、マルガレーテだった。
何となく予想の範疇ではあったのだが、おそらく彼女の同行は認められないだろう。
そして、その理由に思い当たったかのように、逡巡した表情を見せるルイーズと目があった。
「それは認められない。おまえが城を空けることは、王都を危険にさらす。」
諭すようにそう言ったのは、キャロライン公爵である。
俺はルイーズに苦笑を見せると、視線をマルガレーテに移した。
父親であるキャロライン公爵を、睨みつけるかのように見るマルガレーテではあったが、それ以上我を通すことはなかった。
状況をしっかりと把握してのことだろう。
調査のために俺が抜け、そこにマルガレーテやルイーズまでが同行してしまうと、万一の場合の備えとしては成り立たなくなってしまう。
「ルイーズ、お前もだ。理由はわかるな?」
ここぞとばかりに、ドレインセルク公爵も主張する。
絶妙なタイミングだ。
俺はドレインセルク公爵に視線を向けてみた。
俺の視線には気づいているようだが、敢えてこちらを見ないようにしているようだ。こめかみから一筋の汗が流れ落ちていた。
「····································。」
おもしろいので、少し位置を変えてドレインセルク公爵の視界に入る所に移動してみた。
彼はさりげなく体の向きを変えて抗った。
ため息が出た。
呆れが半分、諦めが半分という心境だ。
「タイガ殿、調査の有用性は理解をしている。しかし、万一の場合には備えておかなくてはならない。マルガレーテやドレインセルク家の2人には、この場に残ってもらう。」
キャロライン公爵が、毅然とした態度で言ってきた。
まあ、こうなるであろうとは、予測をしていたので問題ない。
「代わりに、オヴィンニクのメンバーを同行させるのはいかがだろうか?」
「全員をですか?」
「必要であれば、そうしてくれて良い。」
あまり詳しく聞いていなかったが、オヴィンニクの指揮命令系統はどうなっているのだろうか。国王やマルガレーテではなく、キャロライン公爵がその決断を下せるということに、ちょっとした疑問が浮かんだ。
「オヴィンニクは、キャロライン公爵閣下の私兵なのですか?」
「彼らを直接指揮できるのは、隊長格のマルガレーテだ。しかし、軍に属している訳ではなく、王家直属の部隊として機能している。」
だから、王家の血筋である自分にも指揮権があると言いたいのだろう。
有能だが、傲岸不遜なところが垣間見えている。
王家筆頭の国王や、現場指揮官のマルガレーテを差し置いて、自分で事を支配しようとしているのだ。
状況を考えれば、それも致し方ないのかも知れないが、やはり敵を作りやすい性格をしている。国王になれない理由かもしれない。
俺は国王とマルガレーテに、それぞれ視線を送った。
共に、やれやれといった表情で首肯していた。
オヴィンニクの実力を考えれば、足手まといになりかねない。しかし、俺には通信手段である魔道具を使うことができないのである。
彼らもチームとして戦う分には、魔族1体程度なら何とかするだろう。
最悪の場合は、可能な限りフォローを行い、無理な時は命を散らしてもらうしかない。
それに、このキャロライン公爵からの提案は、俺に監視をつけたい意味合いも濃いように思えた。
彼からすれば、俺は何をしでかすかわからないジョーカーに見えるのかもしれない。
自分の預かり知らない所でルイーズとビーツを竜騎士に覚醒させられたということもあり、これ以上自身の立場に影響を与えられないよう、常に俺の動きを把握しようとしているように思えた。
元の世界にも、似たような権力者が数多くいた。有能な者ほど、情報や危険分子の動向を把握する術に長けているものなのだ。
槍士ランダー、魔法士レーテ、盾士シン、双剣士イザベラ。
オヴィンニクのメンバーが勢揃いした。
俺の中では、一度名もなきモブキャラとして終わった彼らだが、運命の悪戯か、再び絡むこととなった。
「タイガと呼んでくれたら良い。これから出向く調査は、悪魔や魔族とあいまみれる可能性がある。悪いが、こちらの指示に従ってもらう。」
メンバー全員が固い表情をしていた。
先日の模擬戦での結果に思うところがあるのか、それとも悪魔や魔族に対して畏怖の念があるのかはわからない。何かしらに、嫌な緊張感をまとっているようだ。
しかし、精神的に不安定な状態では、本来のポテンシャルなど発揮はできない。
俺にとって、彼らには何の思い入れもない。だが、下手を打たれて窮地に陥る可能性は、できる限り潰しておきたかった。
軽いブリーフィングを行いたいという申し出に、国王は小規模ではあるが個室を用意してくれた。
幸い、ここにはメンバーと俺以外に人はいない。
調査活動に入る前に、少しチームとして機能するように配慮をした方が良さそうだった。
因みに、ブリーフィングとは、軍事用語で事前に行う説明や打ち合わせのことを指す。ビジネスや医療用語にも同じ言葉があるが、その業界によってニュアンスが異なる場合もあるので注意が必要だ。
「ブリーフィングの前に、1人ずつ話をしてもらおうか。テーマは不満、質問、要望についてだ。」
全員が「え!?」という表情をしたが、気にせずに進行することにした。
「まずはランダー。言いたいことを言ってくれ。」
「あ···俺?って、何を言えば···。」
「何でも良い。」
「いや···そうは言われても···。」
「なんだ、コミュ症か?」
「ち、違う。あんたと、どう接して良いかわからない。」
「一時的に指揮をとらせてもらうが、フランクで良い。」
「·····························。」
困ったように黙りこむランダー。
もっと豪快な性格かと思ったが、俺やルイーズ&ビーツ姉弟に叩きのめされて、自信を失っているのかもしれない。
「じゃあ、俺から質問をするぞ。」
「あ···ああ。」
「マルガレーテは怖いか?」
「!?」
ぎょっとした顔をして、体を引きぎみにしている。
「そうか、怖いか。」
「え、いや···違う。」
「そうか、違うのか。だとすると、マルガレーテよりも、悪魔が怖いということか。」
「それは···。」
「わかった。マルガレーテに報告しておこう。」
「え···報告って、何を?」
「そのままだ。」
「そのまま?」
「ランダーはマルガレーテが怖い。だが、悪魔はマルガレーテなど足下にも及ばないから、もっと怖いと言っていたと報告しておく。」
「いやいや!?ちょっと待て、あんたが一番怖いわっ!」
ふむ、どうやら緊張がとけたようだ。
「じゃあ、次は···。」
ランダーをいじってみたが、意外なほど真面目な返しをされたので不完全燃焼ぎみである。
客観的に考えれば、俺のやっていることはおふざけに思えるかもしれない。
しかし、これは重要なことだった。
即席でチームを組むということは、それなりの危険が伴う。ただ人数や戦力が増すという安易な考えには走らない方が良い。
個々の実力を把握することも大事だが、何よりその特性や性質を見極めることが必須と言える。
そうでなければ、いざという時に背中を預けたり、重要な役割を担ってもらうことができないからだ。
エージェントの職務では、ソロを基本として真価を発揮する者と、チーム内での分業を得意とする者とで大きく二分されていた。
ソロはジェネラリストとも呼ばれ、知識や技術、スキルなどが広範囲に渡ることが必然である。
対して、分業が得意な者はスペシャリストとも呼ばれ、例えば暗殺や爆破、電子ロックの解錠やハッキングなど、特化した専門分野を持つ者を言う。
俺は前者ではあるが、チームとして任務に対処した経験もそれなりに豊富だった。
これから行う調査は、チームとして実施する。
戦闘力だけを考えれば、2度の模擬戦で見た内容で、ある程度の実力を知ることはできた。
しかし、チームとして共に行動するのであれば、さらに把握すべき重要なファクターを無視してはいけないのである。
では、そのファクターとは何か?
それは···。
「あの···質問をしても良いですか?」
俺の脳内での熱弁を遮ったのは、おどおどとした仕草で片手をあげる魔法士のレーテだった。
ルックスで言えば、色香を漂わすお姉さん系なのだが、小動物を思わせる態度に好感が持てた。
いや、はっきり言って良い。
じっとしていれば、キレイで色っぽい。しかし、ちょっとハスキーなアニメ声と仕草がカワイイ系へと進化をさせていた。
そう、一見キレイだけど、実は天然かわいい系というのは正義なのである。
「どうぞ。」
「模擬戦で···私の魔法があなたに触れた瞬間に消えてしまったのはなぜですか?」
「それを聞いてどうするんだ?」
「今後の参考にさせてください。魔法を打ち消すスキルが存在するのなら、それに備えた研究をしなければなりませんから。」
少し眉間にシワを寄せて、必死という感じでの質問だった。
良い。
どうやら、彼女は真面目な努力家といった感じのようだ。
人間、真面目が一番···良い。
「わかった。教えるから、ちょっと耳を貸してもらえないかな?」
俺はレーテを手招きして、小声で種明かしをすることにした。
···え?
いつものように、耳に息を吹きかける気だろって?
バカなことは言わない方が良い。
あれは、相手やタイミングを選ばなければ、ただのセクハラだ。
俺は女性の軽蔑の視線には耐えられない。
やるはずがないだろう。
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