第3章 絆 29話 「調査隊①」

「なるほど、そういうことか。」


悪魔の遺体をマルガレーテに処理してもらっている間、狙撃地点と着弾点の位置関係を考えた。


簡単なことだった。


AMRー01から発射された弾丸にも竜孔流をまとわせていた。


普通に考えれば、悪魔たちがその色彩に気づかないはずはない。だが、よくよく考えれば俺は無意識に狙撃地点を選択していた。


エージェントはスナイパーではない。しかし、その技能は、至るところで重宝するのは事実だった。


使い勝手の良い技能は、当然のごとく身につけて磨きあげる。そのすべてを刷り込むがごとく修練を積み、基本的な動作は無意識化でも可能となるよう体に定着をさせるのだ。


狙撃時の位置関係もそうだ。


何かを考える前に、息をするかのごとくポイントを選定する。


着弾点にいた悪魔たちにとって狙撃地点は逆光となっており、殺気さえ打ち消しておけば、狙撃手である俺を視認することは難しかったはずだ。


また、竜孔流をまとった弾丸に関しても、逆光と速度を考えれば同じことが言えるだろう。


SGー01からの狙撃で初めて見たかのような驚きを見せていたのは、そういった背景を考えれば不自然なものではない。


「マルガレーテ。」


「何でしょうか?」


「君が悪魔を屠ったあの光の剣は、神威術と考えて良いのか?」


「···そうですね。広い意味合いでは、神威術と言えます。」


顎に手をやり、思考をするかのように答えるマルガレーテ。どんな仕草も絵になる。うらやましい限りだ。


「狭義では?」


「私の神威術は母···スワルトゥルの加護によるものです。」


四方の守護者は、この世界では神に匹敵する存在と言える。その加護であれば、超常的な力である神威術と同等、あるいはそのものと言っても過言ではないのかもしれない。


「俺の拙い経験では、悪魔は魔法や物理攻撃では倒せないと認識している。すぐに自己修復を始め、超速で回復をしてしまうからな。」


「母の受け売りですが、悪魔の本体は体内にある小さな核だそうです。」


「その核を壊せれば倒せるということか。」


「はい。しかし、残念なことに、その核の位置は定まっていないようです。」 


アメーバのような原生生物をイメージしてしまった。


「まさか、核が体内を自由に動き回っているとかか?」


「いえ、基本的に核は動かないそうです。ただ、個体によって核の場所がばらばらだと聞いています。総体的に、胸部から上のどこかにあるようですが。」


「なるほど。魔法や物理的な攻撃で倒そうと思うと、胸部から上を吹き飛ばすしか···そう言えば、雷撃が直撃したはずなのに、自己修復を始めていたぞ。」


「悪魔は魔法への耐性が強いですから、そのためかと···タイガ様は魔法が使えないのでは?」


「ああ、魔道具を使った。」


「···そうですか。まだまだ私の知らない秘密をたくさん抱えられているようですね。」


···俺の秘密を暴いてどうするというのだろうか。


やはり、ババ球で与えられた屈辱をはらすチャンスを窺っているのかもしれない。


気をつけよう···。


「俺の竜孔流もそうだが、あの光の剣も悪魔を倒すのに有効なんだな。」


「はい。四方の守護者が操る神力は、悪魔の力と対をなしています。」


一番最初に闘った悪魔は、竜孔流をまとわせた"真・風撃斬"で無力化することができた。意図して使った技ではないが、竜孔流の力が悪魔に有効なのは既に実証済みと言える。


「悪魔の力と言うのは、何なのかは知っているのか?」


「瘴気そのものだと聞いています。自然に漂うものとは異なり、悪魔が発生させるそれは、闇の力を宿した災いそのものだと。」


瘴気とは、ある種の土地や空気から発せられる厄災である。


古代ギリシアのヒポクラテスが提唱し、近代以降の学者たちが反論を示すまでは、インフルエンザやペスト、コレラなどもこれが原因であると考えられていた。


確かに、甚大な被害をもたらすこういった感染症は、細菌などが原因であるという科学的な結論が出ている。


しかし、そういった細菌の発生源が特殊な環境から生まれるという風に考えれば、広い意味ではそれが瘴気そのものと言っても良いのかもしれない。


加えて、悪魔の瘴気は闇の力を宿しているという。


対になる力が神力だとすれば、それは光と闇の力に他ならない。


現代社会に置き換えて考えれば、正と負の力ということになる。


例えば、人間の感情にも正と負のものがある。生が陽性、負が陰性と解釈するのであれば、負の感情というものは、過剰すぎると心だけではなく身体のバランスまで崩してしまう危険性があった。


負、陰、闇の力。


これらはすべて共通している。


一概に言って良いかはわからないが、正、陽、光の力とバランスを取ることで、正常な状態を保てると言っても良いのではないだろうか。


では、光···神の力が強すぎた場合は、どのような状況に陥るのか。


安易な解釈をすれば、光の力が強ければ世の安寧をもたらせると提唱することができるだろう。


だが、本当にそうなのか?


対をなす力の均衡が崩れると、それはさらに大きな厄災を生むのではないか?


神であったシュテインが堕神となったように、光あるところに必ず闇は発生する。


それは、世の理そのものに違いないのではないだろうか···。


「どうかされましたか?」


取り留めのない思考に陥ってしまっていた。マルガレーテの声を聞いて、正常な状態に戻ることができた。


「いや、少し思考に耽っていた。」


「···大丈夫ですか?そんな無防備な姿を見せられるとは思いませんでした。」


心配するような目線に、思わず苦笑いをしてしまった。


「そうだな。マルガレーテが傍にいるから安心しきってしまった。」


ここは、つい先程まで悪魔たちと闘った場である。


気が緩みすぎるにも程があると、自戒した。


そして、その傍らでは、何かを勘違いしたマルガレーテが耳まで真っ赤にしていた。




「調査隊じゃと?」


「ええ。今回の悪魔の攻勢は計画的でした。魔族を使い、陽動を二段構えにしている。推測ですが、指揮を取る者がいる可能性が高いと思えます。」


「···そなたは、これからも悪魔の攻撃が続くと考えているのか?」


「おそらく続くでしょう。今回のは序の口と言えるかもしれません。」


王城に戻り、国王にこれまでの経緯を説明した。その場にいた者たちは、全員が安堵のため息を吐いていたが、これで終わりではないことを認識してもらう必要があった。


「根拠は?」


「悪魔がなぜ王都に攻めこもうとしたと思われますか?」


「それは···我々が邪魔であったからであろう。」


「では、なぜ邪魔だと思っているのでしょうか?」


「·································。」


「悪魔の力は人間の比ではありません。排除をしようと思えば、持てる戦力を投入すれば、例え王都とて1日ともたない可能性が高い。しかし、なぜあんな回りくどいことをして、王都に攻めこもうとしたのか。」


一瞬、場に沈黙が走る。


「···なるほどな。」


真っ先に声をあげたのは、キャロライン公爵だった。


「君は悪魔が人間を排除したり、王都を壊滅したいのであれば、真っ向から攻勢を仕掛けてくればそれで事足りると言いたいのだな?」


「そうです。」


「ふむ···確かに、悪魔3体と魔族が12体。それに砦に現れた魔族と魔物を合わせれば、この国を蹂躙することなど難しいことではないだろうな。」


冷静かつ、理知的な回答だ。


普通の貴族であれば、自国の戦力があてにできないような発言は、立場上あまり公にするものではない。


まして、目の前には国主たる国王が耳を傾けているのだ。もっと言葉を選び、抽象的な物言いをするのが常識であると考えられる。


しかし、それが俺にはしっくりときた。


キャロライン公爵は、どの貴族よりも貴族然としていると言えるのだ。


王家の血筋であることも理由かもしれないが、国王が目の前であろうが、事の是非をはっきりとさせている。


国王よりも、その素質が備わっていると言っても良いのかもしれない。


冷静で計算高く、広い視野を持っていると言っても良いだろう。


だからこそ、無慈悲にもマルガレーテを捨てる行為に及んだのだ。


家の繁栄に影をもたらす可能性を、親としてではなく、貴族としての思考で切り捨てる。


そして、成長して絶対的な力を持ったマルガレーテを再び引き入れ、その力を強固なものとしてきた。


人としては、情に厚いドレインセルク公爵の方が好感を持つことができる。しかし、国を治めるために適しているのは、間違いなくキャロライン公爵の方だと言えるのだ。


「今回の討伐で気を緩めたところで、同じ状況が何度も続く可能性にしか行き当たりません。元凶を叩く、もしくはその情報を得るための動きは必要でしょう。」


再び、沈黙が支配した。


国王も両公爵も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


元凶を調べるための調査隊を編成するにも、その適任者は多くない。


悪魔···最低でも魔族に対抗できる者でなければ、その任は重荷にしかならない。


そして、その戦力が王城から離れることは、万一の際の不安を募らせることとなるのだ。












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